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ep.4 - 治安 | 就賭紀行 ワーホリ@バンクーバー

いつでもどこでも、見渡せばアジア人はいる。交差点に立って四方を見れば、一台以上のテスラ車がいる。
それがバンクーバーだ。
そして歩いていれば日に数回、大麻の匂いを嗅ぐことになる。

私はチャイナタウンを観光していた。観光していたと言っても通りを歩いただけだ。ミレニアムゲートをくぐると街灯の柱は赤くなり、至る所に龍の像や絵が散見でき、目に入る文字は全て漢字になった。物凄く中国っぽさは感じられたが私は特にそれが好きなわけでもなく、独特のフォントで大きく漢字が書かれたそれらの店には入らず、中国の繁華街はきっとこんな感じなのだろうと思いながら歩いていた。本当の四千年の歴史にもいずれは触れてみたいと思う。

あるところで赤い柱の街灯と漢字が目に入らなくなった。それと途端に場の空気が一変した。これは大袈裟に言っているのではない。本当に、文字通り、一変したのだ。正確に言えば、赤い柱の街灯と漢字が目に入らなくなったのが先か、空気が一変したのを感じたのが先か、はっきりとは覚えていない。ただ事実として言えるのは、その時私が立っていた場所はチャイナタウンを本当に通りを一本だけズレただけだった。
ボロボロのテントがいくつも歩道に張られている。そこが浮浪者の多い地域だというのはそのテントを見ればすぐに分かった。観光地から一本通りを違えただけでこんなところに出た事にも驚いたし、こんな立派な住居を持った浮浪者は私にとっては珍しかった。東京でも多くの浮浪者を見たが———新宿駅から西新宿に歩いて帰ることが多かったため、毎日のようにその前を歩いていた———彼らの"住"に当たるものは傘か精々段ボール、寝袋を持っていればリッチに見えた。テントを張っているのは見た事がない。「浮浪者ではあるが、ホームレスとは呼べないのか。それよりこんなにどっしり構えてしまっては立ち退きを指示されないのだろうか。」鼻で笑いながらそんなことを思っていた。
甘かった。段ボールかテントか、そんなことよりもっと決定的な違いが日本とカナダにはあった。
ドラッグが合法なのだ。

私は一瞬立ち止まった。そして目にしている光景に背を向け、首から下げていたカメラをリュックにしまう。サングラスを取り出してかける。曇天だ、全くその必要は無い。さらに口角を意図的に水平にして、さっきまで左右に振っていた首を正面に固定する。
明らかなる身の危険を感じたからだ。
しかし、私の好奇心はそれに勝った。私は再び振り返って歩き始めた。さっきまでの、小バカにする考えを持つ余裕はもう無いが。

街灯についている表札で通りの名を確認する。
「Hastings St.」———ヘイスティングス・ストリート———と書いてあった。

サングラスの内側で眼玉だけを動かしてながら歩いた。顔は完全にまっすぐ前を向いている。
目にする全員がジャケットのフードを被り、赤みを帯びた———三月上旬のバンクーバーの気温は10℃に届かない程度———カサカサの手でしきりにライターをカチカチしている。咥えているのは先端が丸く膨らんだプラスチック製のパイプだ。中身は知らない。

だいたい、濁声で小声を言っている。老人か否かそれに関わらず、首が折れ曲がっているか、腰が折れ曲がっている。そしてだいたい、指か腕か脚がない。

リアル『ウォーキング・デッド』だ。
これはおもしろ比喩表現ではない。そこは全くを持ってあの世界そのものだった。

写真はかなり頑張って撮った。良く撮るのを頑張ったのではない、隠して撮るのを頑張った。真正面からレンズを向けたら何が起こるか分からない。当日はとてもカメラを出せなかった。私はこれらの写真を撮るために、後日もう一度この通りを歩いたのだ。同じようにサングラスをし首を固定して、カメラを必死で隠しながら。

もう用は無い。行くことは無いだろう。

「バンクーバー 観光」と調べれば出てくるガスタウンやチャイナタウンに非常に近い。気を付けて欲しい。

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