見出し画像

クラシック演奏家ビジネス論2.0①音大新卒は今後レッスンで食っていけるのか

こんにちは,音楽教育学者の長谷川です。

言うまでもないことだが,私たちの親世代と比較すると,現代の「働き方」は大きく変わってきている。

大企業に就職するのがステータスだった平成前半までと比べ,就職よりも起業に価値を見出す人がずいぶん増えた。「大企業は絶対に潰れない」という安心神話も相対的に崩れてきている。インターネットの普及により個人が自由に情報発信できるようになったことも,働き方の変革に寄与していると言えるだろう。

そして,この「働き方の変化の波」は,当然音楽家にも影響を及ぼし始めている。

特に「クラシックの演奏家」という仕事は音楽家の中でも非常に特殊であり,この「変化の波」の影響によって働き方が従来とは大きく変わる可能性が見込まれる。

にもかかわらず,このことを重く捉え,卒業前から対策を立てている音大生はあまり多くないのではないだろうか。

おそらく彼らも,「今後いろいろ変わるんだろうな」というのはなんとなく感じているだろう。しかし,具体的な解決策を見つけることは非常に難しい。結果的に,多くの音大生が「演奏が上手になればきっと仕事は来る」という信念以外に頼るものを見つけることができないまま,卒業を迎えようとしている。

そのことに僕は危機感を感じているのである。

音楽教育学者の僕がなんで勝手に音大生を心配しているのかというと,その理由は非常に個人的なものだ。僕の周りにはクラシック音楽を専門にする音大生の友達がたくさんいて,しかもみんないい奴なので,そのみんなが幸せに暮らせる世界になってほしいと願っている,というだけのことである。本当にお節介な話だ。うちの親も相当にお節介な人間なので,多分その遺伝子を継承してしまっているんだと思う。

ということで,このnoteには,「愛すべき仲間達が路頭に迷わないためにはどうしたらいいのか」と当事者以上に勝手に悩んでいる僕が個人的に考えていることを書いていこうと思う。僕はそもそもクラシックの演奏家ではないし,ビジネスの専門家でもなんでもないが,興味があれば参考程度にご覧ください。

※長くなってしまったのでこの記事では結論を書いていません…問題提起の記事ということでお許しください

1.多くのクラシック演奏家はレッスンで生計を立てている

多くのクラシック演奏家は,レッスンで生計を立てている(長谷川調べ)。

そう,「演奏家」といっても,演奏だけで食っていけるプレイヤーはごく一部であり,多くのクラシック演奏家が後進の指導に対する対価を主な収入源にしているのである。

クラシック音楽のコンサートチケットってジャズやロックのライブに比べて安いですよね。一つのコンサートのためにかける時間的コストは他のジャンルに全然負けないくらいなのに(むしろ圧倒的に多い場合もあるのに),チケット代が安いので諸経費を精算すると後は臨時収入程度の金額しか残らない。また,クラシック音楽はいわゆる再現芸術なので,演奏家は作品を作って売ることもできない(ここがクラシック演奏家の一番特殊なところだ)。結果的に,音楽で食おうとするとどうしてもレッスンで稼ぐしかない。

僕の感覚値だが,現在活躍している音楽家は,ピアニストのランランとかそういうレベルの人を除けば,収入の8割近くをレッスンによって得ているのではないだろうか。

そういった先輩演奏家の懐事情をなんとなく把握している音大生は,次のように考えることだろう。

演奏活動をしつつ名前を売って,レッスンの生徒を増やすことが音楽家としての経済的自立に近づく第一歩である。

至極真っ当な考えだろう。多くの人がそのように発想するだろうと納得できる。もしこれが10年前だったら,ということだが…。


2.レッスン産業のこれから

話は逸れるが,僕は1年くらい前からB’zというロックバンドにどハマりしている。世代的にど真ん中なのでハマるのが遅すぎたくらいだが,これまでちゃんと意識して聴いた経験がなかった。

そんでなんかの機会に10歳くらい年下の若者女子と飲んでた時にB’zの話になり,「なんで聴いてないんですか!?」と責め立てられて改めてB’zを聴いてみたところ(幅広い世代性別に愛されるとんでもないモンスターバンドなのだ),松本孝弘のギターの音色や歌心に感動してしまったのだ。その数ヶ月後にはレスポールを買ってコピーし始めるくらいにはB’zファンになってしまった。

で,B’zの曲を耳コピしたいんだけどCDだけじゃ上手く聞き取れないなーと思ってYouTubeを漁っていると,やたら上手い人がB’zのほとんど全ての曲を完コピしているチャンネルがでてきたのである。そう,B’zギター界隈では知らない人はいない,「ほぼ松本」ことTerrani氏のチャンネルだ(マジでカッコいいんで一度見てみてください)。

そのTerrani氏が,最近オンラインレッスンを主たるサービスとするTGO(Terrani Gutier-School Online)を開校し,これがにわかに注目を集めている。

Terrani氏は,楽曲のギターパートを完コピできる能力を生かし,B’zのみならずGLAY等の邦楽バンドに特化したギターコピー及び奏法の指導に目をつけた。これまで多くの人が興味を持ちつつも学ぶ場がなかった「Jpopおよびロックギターのコピー」という潜在的な市場を開拓し,オンラインスクールという形で一挙に囲い込んだわけである。

対面レッスンで多くの学びを得てきたクラシックの音大生からしてみれば「オンラインで何が学べるの?対面じゃないと無理でしょww」という感覚があるだろう。しかし,TGOには実際に多くの人が集まっており,コミュニティとしての盛り上がりを見せている(Twitterで#TGOを検索してみてください)。

結果的に,Terrani氏はこのレッドオーシャンの音楽業界で,自分がやりたいことをやって(大好きなB’zのコピーを仕事にして)経済的に成功した稀有な音楽家となった。

エレキギターがオンラインレッスンに比較的スムーズに進出できたのにはいくつかの理由があるだろう。管楽器や声楽とは異なり奏法が全て目に見える楽器であること,アンプやエフェクターのつまみの適切な数値を教えればとりあえず初心者が満足するくらいの音色を作ることができること,アンプのボリュームに気を付ければ自宅でも音を出せる楽器であること,等である。

これらの条件を兼ね備えていない管楽器や声楽のレッスンにおいて,オンラインレッスンや映像教材が今すぐ主流になることはないかもしれない。だが,5Gによりこれまで以上にオンラインレッスンが加速することは間違いないだろう。

5Gが実装されればレイテンシ(音の遅延)や音質の改善が見込まれるので,当然レッスンはしやすくなる。さらに,遠隔地同士での合わせも随分カジュアルに実施できるようになり,海外の演奏家を呼んでコンサートをすることのハードルもさがるだろう(例えばこちらの記事をご覧ください)。合わせのために滞在日を確保しなくて良くなるので,経費を節約できる。

これらを見越して,そのうちカメラ・マイク・スピーカーが完備された小さな部屋をたくさん備えるスタジオが地方にポツポツとできはじめ,オンラインレッスンを受講したり遠方の演奏家との合わせをしたりする人が集まる場になりそうな気がする(音大もカメラを買い込んで練習室の貸し出しビジネスをし始めるかもしれない)

もしあなたがこの先5年と言わず,20年後も30年後もクラシック音楽に携わって生きていきたいのであれば,単に「うまくなる」だけでなく,インターネット時代に合わせた働き方を模索する必要があるということは火を見るよりも明らかであろう。


3.これから訪れる二極化の世界

ここまの文章を読んだクラシック演奏家はこう思ったのではないだろうか。

時代の潮流に乗るには,自分でオンラインスクールや教材動画を作る,もしくは誰かが経営するオンラインスクールに講師登録させてもらってオンラインレッスンをしなきゃ!

それもひとつの答えではあるが,当然メリットとデメリットがある。

まずメリットとして挙げられるのは,今すぐ動き出せば,多分ギリギリ「先行者利益」を獲得することができる,という点だ。

現段階において,クラシック演奏家でオンラインレッスンや映像教材を提供している人はそんなに多くない。つまり,希少価値が高い,ということができる。

それに,「田舎に住んでいて講師を見つけることができない」「YouTubeのレッスン動画を見て頑張っているがどうも上手くいかないのでプロからのフィードバックが欲しい」という人からの需要も一定数ありそうだ。スタートダッシュを上手くやれば,ある程度の生徒を集めることができるかもしれない。

だが,オンラインレッスンを提供する人が増えて希少価値が下がるのに比例して,この先行者利益はどんどん減っていくだろう。これがデメリットだ。初めはうまくいったとしても,後が続かない可能性がある。

というのも,オンラインレッスンがポピュラーになったタイミングで,地方と東京(あるいは日本とヨーロッパ)の境界線はあっさりとなくなり,完全に実力主義の競争が始まるからだ。

簡単に言えば,「東京(ヨーロッパ)で活躍する一流奏者と比べられてもなおあなたのレッスンを受けたいと思える人をどれだけ集められますか?」ということである。

そう,テクノロジーの発達は,「その土地で一番上手い」という価値を破壊するのである。

「東京でやっていく自信はないけど地方でならなんとか生徒を集められるし演奏活動もできる」と思っていた人にとっては厳しい世界である。

一方で,現在音大で教鞭を取るレベルの演奏家が実施する対面レッスンは相変わらず残り続けるだろう(もちろん音大ビジネスが生き残ればという話だが…)

当然ながら,オンラインレッスンや動画教材で教えることができる内容とできない内容がある。またその先生との対面コミュニケーションによって得られる何かもあったりするだろう。対面レッスンの価値自体は下がったりしない。ただ,対面レッスンという高度な教育に従事する人の数は,相対的に減っていくということだ。

つまり,クラシック音楽のレッスン産業は,「ステータスはあるが音大には就職していない演奏家によるオンラインレッスンおよび動画教材」と「音大講師レベルの演奏家による大学や講習会での対面レッスン」に緩やかに二極化され,どちらにも該当しない演奏家の仕事は徐々に減っていく可能性がある,ということである。もちろん可能性の話だし,徐々に減っていくというだけで一気にゼロにはならないだろうし,グラデーションの中間に位置する仕事もある程度は残るだろうが,昨今のテクノロジーの発達の速さを見ていると,傾向としてはあり得そうな気がしてならない。


4.さぁどうする

ここまで語ってきた内容は本当に僕が個人的に考えていることで,明確なエビデンスに基づいているわけではない。でもあながち間違ってないような気がしませんか。

いうまでもなく対面レッスンの価値は決してなくならない。でも,動画教材やオンラインレッスンで代替できる内容もわりとあるということだ。

僕も昔吹奏楽部のサックスパートのレッスンをよくしてたが,夏のコンクール前だけ呼ばれる学校とかで最初にするレッスンの内容は概ねテンプレ化していた。

「リードの付け方はこうです」「可能であればマウスピースは買った方がいい」「こういうときは変え指を使いましょう」「手のフォームはこうです」「もっとこんな感じで力抜いてたくさん息を吸ってください」

この辺りは動画やオンラインでも代替できそうだ。そして,若手音楽家はこの「代替できる部分」のレッスンを担当することが多い。そこが問題である。だからといってみんなが動画を作っても,再生されるのは一流のステータスホルダーの動画というわけだ。

じゃあどうしたらいいのか?そろそろ具体的なアクションプランを提示しろよ。お前は不安を煽るだけ煽って答えを出さないのか?

おっしゃるとおりですが,うーん,僕もまだ考えているんです。

もちろんなんとなく考えていることはあるのだが,これ以上書くとかなり長くなるので,僕なりの答えは次の記事で述べたいと思います(答え出さずに記事が終わってほんとすいません)。

それに,こういうことについて自分の頭でしっかり考えるってめちゃくちゃ大事である(急に教育者ぶってごめんなさい)。僕が上に書いた通りの未来が来なくても,将来の生き方について考えた経験は無駄にはならない。この記事が音大生にそういう機会を提供できれば幸いです。

次回をお楽しみに。最後までお読みいただきありがとうございました!

↓☻☺︎次の記事執筆しました☻☺︎↓


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?