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クラシック演奏家ビジネス論2.0②コト消費時代に生徒を集める方法

こんにちは,音楽教育学者の長谷川です。

クラシック演奏家や音大生の今後をお節介ながら僕が勝手に案じる「クラシック演奏家ビジネス論2.0」の第2弾です。前回の記事を読んでいない方はまずはこちらからどうぞ。

前回の記事では,今後のレッスン産業は「現段階でトッププロ(大学講師レベル)のポジションについている演奏家による対面レッスン」と「トッププロには劣るが肩書きと実力をもっている若手によるオンラインレッスンおよび動画教材」に二極化し,これらのいずれにも該当しない演奏家,つまり「東京(あるいはヨーロッパ)では勝てないが地方でなら何とか…」と思っていた演奏家の仕事は徐々に減るだろう,といった内容について書いた(誤解する人はいないとは思いますが,地方の演奏家が下手だなんて一切言ってないですからね,念のため)。

今回の記事では,これらの演奏家が仕事を確保するための具体的な策を提示したい。前回の記事は夢も希望もない現実を叩きつける感じで終わってしまったが,今回はわりと明るい記事だと思います(今回も例により個人の妄想ですが,かなりガチで妄想して書いたので許してください)。

というわけで,よろしくお願いします。


1.レッスンでは何が売られているか

具体的な方略を考える前に,そもそも「これまでのレッスン産業は何を売ってきたのか」考えてみて欲しい。

いうまでもなく,知識や技術である。

多くの音大生は,これを得るために高い学費を払って音大に通う。音大受験をする高校生がレッスンを受ける理由も同様だ。演奏家になるには楽器を上手に演奏するスキルが必要になる。そのための知識や技術がレッスン産業における商品であると言えそうだ。

だが,結論からいうと,「レッスン=知識や技術を売るビジネス」だと捉えていると,新卒音楽家が勝つチャンスは限りなく少なくなる。

少し過去を振り返ってみよう。

例えばサックスだと,インターネット普及前において「このマウスピースにはこの厚さのリードを合わせるといい」みたいな知識は一部のプロしか持っていなかった。

それが,プロを含む多くの人がブログやmixi等に自分の「おすすめセッティング」を投稿するようになり,今ではなんとなく「selmer S90 180のマウスピースにはヴァンドレン青箱の3もしくは3半のリードがちょうどいい(ただし個人差あり)」みたいな一般論が漠然と共有されるようになっている。

つまり,かつては「selmer S90 180には3か3半くらいがちょうどいい」という知識を得るためにプロにお金を払う人がいたが,今日にはあまりいないということだ。インターネットの普及は,知識の希少価値を下げた,とも言えるだろう。

そして,5Gの普及で動画教材が簡単にダウンロードできるようになったりオンラインレッスンの音質が向上したりすると,「いい音と悪い音の違い」とか「いいアンブシュアとあなたのアンブシュアの違い」みたいな,今までのネット社会では取り扱えなかったテクニカルな知識も,インターネットを通して獲得できるものになっていく。対面レッスンの必然性はだんだん薄れて行くだろう。

インターネットは「知識や技術」を売るのがもともと大得意で,さらにその影響力が今後増すことを考慮すると,対面レッスンで「知識や技術を売る」という業態自体がオンラインレッスンに押されることが見込まれる。


2.「知識や技術」はコスパで考えるとオンライン一択

こういうと「いやいや,知識や技術に注目したとしても内容の深さでは対面レッスンの方が強いだろ」という人もいそうだ。それ自体は間違っていない。

だが,時間や費用や外出の手間といったコストと,得られる知識や技術というリターンを突き合わせて考えた時,オンラインレッスンの方がコスパがいい,という判断をするユーザーは徐々に増えてくるはずだ(費用だけでなく時間・手間あたりをきちんとコストに入れて考える必要がある)。

特に,お子さんのいる主婦の方などはオンラインレッスンや動画教材を積極的に選択するだろう。この辺は英会話ビジネスにおける実店舗対オンラインの構図と同じだ。

だからといって新卒音大生が何の勝算もなくオンラインレッスンや動画教材に手を出すのは危険だ。前回の記事に書いた通りだが,オンライン市場はマジモンの実力主義で,実績や肩書を持っている演奏家の商品しか売れないことが予想される(もちろんSNS運用等で新卒が売る方法はあると思いますが)。

つまり何が言いたいかというと,ステータスのない新卒音大生が戦うフィールドは消去法的に対面レッスンになるわけだが,「知識や技術を売る対面レッスンをやってます」という看板の出し方はめちゃくちゃ効果が薄い,ということだ。

ネイティブの英会話レッスンをオンラインで安く受講できる時代に,国内の英文学科を卒業した新卒が「実践的な英会話を教えます!」といって駅から徒歩25分の場所で教室を開いたとして,誰が行くだろうか?という話である。

コスパ重視勢はステータスホルダーによるオンラインレッスンまたは動画教材を選ぶし,時間的金銭的コストを払うことを厭わないガチ勢はトッププロの対面レッスンを選ぶ。わざわざ新卒演奏家の対面レッスンを選択する理由はどこにもない。これは「知識や技術」をメインコンテンツとして売ることにこだわる限りついて回る原理になるだろう。

じゃぁ新卒演奏家は何を売ればいいのだろうか?


3.上達の目的を売れ

いよいよ本題である(いつも前置きが長くて申し訳ない)。

そもそも音楽をする人がレッスンを受けているのは「素敵な演奏をしたい(素敵な音楽体験をしたい)」からである。そして「上手くなること(知識や技術を得ること)」は目的達成のための手段でしかない。

だが,従来型のレッスンは,「上手くなること」までは保証するが「素敵な演奏をする場」は各自で探してください,という発想だった。

生徒は演奏家のもとでレッスンを受け,得られた知識や技術を自分が所属する吹奏楽部や市民バンドに持ち帰り,披露して,そこで終わり。もしかしたら,どこにも所属がなく,上達したテクニックを披露する場がない人もいるかもしれない。でもその人に対して演奏家ができることは「上手くしてあげる」ことだけだ。

だからこそ,手段に加えて目的も与えることのできる演奏家は強いと思いませんか。「知識や技術」という手段だけならオンラインレッスンで補完できるが,上手くなる目的(上手に演奏したい場)を与えているレッスン講師はどこにもいない。

では生徒にどんな目的を与えたらいいんだろうか?

例えば,生徒とあなたが一緒に演奏できるステージを年に数回設ける,というのはどうだろうか。生徒はプロであるあなたと一緒に演奏できて嬉しいはずだ。福祉施設や学校,地域のお祭り等に「ノーギャラで構いませんので生徒と一緒に演奏させてください」と申し出れば,受け入れてくれるところは必ず見つかる。演奏家側のギャラは,合わせの時間をレッスンという名目にして生徒から徴収すればマネタイズ可能だ(複数人から徴収できるので時間単価は結構高いかもしれない)。

もちろん「福祉施設での演奏ならクオリティが低くていい」なんて言うつもりは全くない。生徒の技術が多少拙くても,その場が最高に盛り上がるように工夫するのが音楽の専門家である演奏家の仕事だ。

例えば参加者の実力に合わせてパート譜を編曲したり,場合によってはカラオケ伴奏等を効果的に使うことも重要かもしれない。あなたが管楽器奏者だとしても,ピアノや打楽器を演奏した方がいい場合もあるだろう。あと,MCもめちゃくちゃ大切だ(クラシックのコンサートを聴きに行くと,感動的なメインプログラムの後に「サークルの飲み会の締めかよ」と言いたくなるくらい雑なMCをしてアンコールに入るパターンが結構ある…)。この辺りは柔軟な発想が必要になる。

ちなみに僕は大学の授業で楽器経験のない学生と即興演奏をしたりするが,多くの人が思っている以上に即興演奏は簡単にできる。事前に簡単な決まりごとを作っておき,初心者には音階を指定してロングトーンのみを用いた即興演奏をしてもらい,経験者がメロディを吹く,みたいな枠組みを作っておけば,初心者用楽譜みたいな難易度で,めちゃくちゃおしゃれでライブ感のある演奏をつくったりできるわけだ。僕なら福祉施設のおじいちゃん達にも打楽器を渡して参加を促すだろう(多分かなり喜ばれると思う)。

また,テクノロジーを効果的に利用するのも有効だ。iPhoneにデフォルトでついているGarage BandというDAWアプリケーションでビートとベースだけ作ってBluetoothスピーカーに飛ばし,あとは生徒で即興演奏を回す,とかでもわりといい感じになる。生徒のソロが弱ければ演奏家であるあなたが手を貸して盛り上げてもいいかもしれない。

要は,表向きは生徒を集めてレッスンをして発表する場を作るという従来型のレッスン講師をやっているようで,実際はあなたの責任でもって聴衆と演奏者(生徒)を最高に楽しませる場を作るという総合音楽プロデューサーのような仕事をするということだ。

聴衆と生徒をどちらも楽しませるためにはその場が盛り上がらなければならないし,仮に生徒の技術が原因で盛り上がらなかったとしたら,それは生徒の責任ではなくあなたの設計ミスだということである。当然ながら盛り上がりは「音程が合っている」とか「指が早く動いている」とかだけで生まれるわけではない。本当の意味での音楽家の資質がまさにライブで試される仕事だと思う。

いかがだろうか。やり方自体はいくらでもあると思うが,とにかく生徒が他の誰でもないあなたのもとで上達したい理由(目的)を作為的に作ってしまい,それをウリに生徒を集める,という僕なりのアイディアである。


4.メリットとデメリット

この「目的ごとパッケージング作戦」のメリットは2つある。

第一のメリットは,レッスンを受ける目的をあなた側に置くことで,生徒の離脱率を減らすことができる,ということだ。

例えば,音大受験を目指している高校生は,「音大合格」が目的なので,受験が終わるとレッスンに来なくなってしまう。最後の吹奏楽コンクールに命をかけている中学3年生も同様だ。

これは究極的には「知識や技術」を売る商売のジレンマとも言えるだろう。「知識や技術」を効果的に獲得させてくれる教室には人は集まるが,「知識や技術」を身につけた人からさっさとやめてしまう。

だが,演奏家のそばにいること自体が目的であれば,あなたが嫌われない限り生徒が辞めることはない。これが一つ目のメリットだ。

もう一つのメリットは,同じ目的を共有する人が集まるので,横のつながりができる,つまりあなたを中心としたコミュニティができるという点だ。

生徒同士が繋がっているコミュニティは強い。現代ではSNS等でコミュニティの盛り上がりが可視化されるので,「この人にレッスンを受けたい」だけではなく「あのコミュニティいつもめっちゃ楽しそう,私も入りたい」という人が必ず現れる。

一旦コミュニティが盛り上がったら,生徒同士の横の繋がりが強化されるようなイベント,例えばアンサンブル合宿や食事会みたいなものを定期的に開催するのもいいかもしれない(ただし新規が入りやすいようなオープンな雰囲気は保つべきだ)。

そういうのをやっているうちに,「この演奏家のもとから離れたくない」という気持ちに加え「このコミュニティから抜けたくない」という気持ちが生徒に芽生えるようになれば,さらに離脱率が減る。いいことばかりだ。

デメリットととしては,演奏したり教えたりする以外に考えることがたくさんあるという点が挙げられるだろう。

営業をかけたり編曲したりMCを研究したり…即興やDAWなんてそんなそんな…。とても無理だと思う人もいるかもしれない。

でもね,あなたがもしどこの事務所にも所属しないでフリーの音楽家をしようと思っているのであれば,これらの業務をするのはある意味当たり前なのです。だって,あなたは卒業と同時に,演奏やレッスンをメインのコンテンツにした音楽サービス業を実施する事務所の個人事業主になるのだから。

フリーランスの音楽家という言葉を掲げていると,経済的に自立するための具体的な方略を考えずに何となく活動しても許されるような気がしてしまう。だが,個人事業主だと思えば,「自分で何もかもやんなきゃやばい」というイメージが湧くだろう。

それに,そもそも自分で何でもかんでもできるようになるために専科レッスン以外にもたくさんの授業を受けてきたはずだ(和声とか音楽史とか単位落としまくってないでしょうね…??☺️😭☺️😭)一方で音大はもっとビジネスの話を学ぶ機会も提供すべきでは,とも思いますが。

まぁ逆にいえば,あなたの覚悟と勉強次第でこのデメリットはどうにでもなるということだ。


5.目指すはコミュニティのブランディング

以上無理やりまとめましたが,いかがだったでしょうか。

具体的なプランを提示する,って言っておきながらそのプランが結構壮大でしんどくてがっかりした人もいるかもしれない(あとピアノみたいに持ち運びできない楽器だと難しいかもしれないごめんなさい😭)。

また,あなたが伝統的なクラシック演奏家の仕事,すなわち「作曲家が作った作品を忠実に再現する職人」としてのみ活動したいのであればこの話は全く刺さらなかっただろう。ごめんなさい。

でも音楽業界って結構きびしいじゃないですか。どうしても生きていけないと思った時,何かの参考にしてもらえたら幸いです。

ちなみにですが,自分の生徒を集めて年に一度発表会を開催して盛り上げている,生徒はめちゃくちゃ大事にしている,という先輩演奏家はもちろん既にたくさんいると思います。

だが,多くのクラシック演奏家は,生徒の発表会を,自分たちが試験前にやってきた試演会みたいに考えているようだ。つまり,あくまで「実力を試す場」としての発表会であり,参加者自身の音楽経験を第一に考えた建て付けにはなっていない。当然,生徒同士の横のつながりを積極的に組織しようともしていない(多くの発表がソロの演奏だしね)。

したがって,発表会に参加した生徒に達成感はあるんだろうけど,「発表会で演奏するのが楽しみだからレッスンを受け続けています」とはなっていない場合もあるはずだ。これは,上達という手段は提供しているが目的は提供できていない例だ。

そもそも多くの愛好家は「ガチガチの再現芸術職人」を目指したいわけではない。演奏を楽しむ手段として上達を目指していたはずだ。生徒の最終目的地である「演奏を楽しむ場」を他の誰かに任せるのはビジネスとして旨味がない。

その辺りを考えることが今後のレッスン産業において大切なような気がする。

もちろんこのやり方以外にも道はあると思いますが,何にも思いつかない人は,まずは一人生徒を捕まえよう。そして一緒に演奏できる場を探しに行こう。「ギャラいらないので演奏させてください,その代わり土日に合わせをする場所を提供してくれませんか」っていったら合わせの場所も手に入るかもしれないよ。

頑張って頑張って自分の門下コミュニティを超盛り上げて,最終的に「〇〇さん(演奏家)の門下生がやるコンサートってめちゃくちゃいいよね」というファンがコミュニティの外にできたらもう圧倒的勝ちオブ勝ちです。生徒を引き連れてオリジナリティあふれるパフォーマンスをしまくるというめちゃくちゃ充実した演奏家ライフが待っている気がします。多分。

以上です,今回も長文でした,ありがとうございました!

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