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カレーライス

ずいぶん昔の話しですが、音楽療法をやっている友人から、知的障害者施設で演奏会をやるので手伝ってくれと頼まれ、同行したことがあります。
当時私は、心理療法を学んでいたこともあり、既にその道を歩んでいた友人から、勉強も兼ねてのお誘いでした。
これは、その時の体験記です。
ただの体験記というのではなく、私の人生を左右するくらい大きな出来事となりました。

施設には、幼児から40歳位までの人達が100人近く入寮していました。
その中に入って、演奏会をして、みんなで歌ったりゲームをしたり、お昼を一緒に食べて一日過ごすというプログラムです。
正直、初めてでも何とかなるだろうと思っていました。
でもそんな自信は、施設に入った瞬間に一瞬で打ち砕かれてしまったのです。現場は違うのです。
何とかしてあげようなんて、思い上がりもはなはだしかった。

会場には、50人近く集まっています。
演奏は、友人夫妻と私の三人でやります。
アコーディオンと笛とタンバリン。
みんなの知っている童謡を演奏しました。
はじめはみんな照れくさくて、遠巻きに聞いていましたが、施設の人達にのせられ、手拍子したり歌ったりしているうちに、だんだん距離も縮まり、すぐそばで歌ったり踊ったりするまでになりました。
大盛況でした。

そんな楽しい演奏会も終わり、昼食の時間となりました。
昼食は施設の食堂です。
みんなの大好きなカレーライスです。
テーブルは、4人テーブル。
私は、ボランティアで参加した女子高生、施設の30歳くらいの男性2人と同じテーブルにつきました。
彼らは、外見だけで判断すれば30代の男性です。
でも仕草は、小学生といったところでした。
子どもが照れている仕草そのもので、私たちに興味をしめします。
隣の女の子は、「おいしい?」とか「カレーでよかったね」などと、普通に彼らと会話をしています。
自分より年下の男の子にでも話すように。ごく普通に。
でも私は、どう接して良いのか、何を話して良いのかさえわからなくなり、ただただおどおどすることしか出来ません。
視線を落とし、カレーを食べる事しかできませんでした。
何も出来ない。

ふと顔をあげると、前の席の彼と目が合いました。
彼は、微笑みを浮かべ、「おいしい?」って声をかけてくれました。
私は「…うん。おいしい」って言うのが精一杯です。それどころか、その何気ない言葉で胸が一杯になり、不意に流れ出した涙が止まりません。
泣きながらカレーを食べました。
涙でしょっぱいカレーを無言で食べました。

「おいしい?」
ただそれだけの言葉なのに、出て来なかった自分が恥ずかしい。
変に身構えていたのは自分です。
みんな受け入れてくれてるのに、さらけ出していなかったのは自分の方です。
人と接するときの基本なのに、自分から壁を作っていました。
大切なことを彼らに教えられました。
忘れられない大きな一日となりました。

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