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マーケット感覚と主観的な満足度についての話

4年くらい前に流行っていて、当時、即買いして読んだ本。

久しぶりに読んだら、面白かったので、すこし掘り下げてみる。

4年ぶりに読んだ、現時点での私の解釈としては、
・主観的な価値基準を持つことの大切さ
・他人の価値基準と需給バランスを理解すると、幸せになれる確率が上がる

ということが書いてある本だなと。

しかし、読む前の、当時読んだ印象からの記憶によれば、「需給バランスが崩れている所で勝負するのが勝つためのコツ」「まだ市場化していないニーズを見つけて市場を作ることが尊い」みたいなことが書いてあった本という記憶だった。

本は読み手の知識や視点によって、解釈が変わってしまうんだなと思った次第。

今回の自分なりの解釈を書いておくと、

価値には、人が感じるもの、という主観的な側面がある。

ゆえに、価値の発見、価値を見出すことは、論理思考やAIにはできない。本書では、この価値を認識する能力、「マーケット感覚」に基づく思考法が論理思考と対になる思考法として紹介されている。

さらに、価値が市場で取引されるようになると、需給バランスによって客観的に価格が決まる。同じモノでも、こっちの市場では100の価値として取引されたり、あっちの市場では1の価値で取引されたりする。だから、どこの市場で売るかが大事だし、価値を認識する力が大事、そして世の中はネットなどによってどんどん市場化していくので、マーケット感覚はどんどん大事になっていくよ、そういうことが書いてある。

だけども、取引されたモノやサービスは、消費者の手にわたった段階で、主観的な満足度によって価値が評価される。故に、主観的な満足度と客観的な価格のギャップこそ、その人が幸せになるための唯一の抜け道みたいなモノなんだなと。

問題なのは、自分も含めた多くの人は、主観的な満足度を測る基準が、自分の中にほとんど無くって、客観的に示された価格や世の中のブームみたいなモノや、常識とされるものに寄ってしまい、結果、価値と価格のギャップを手にすることができず、あんまり幸せになれない。

自分のアタマで考えてない、からなのかも。

結局、自分のアタマで考えないから、マーケット感覚の本を読んで、「需給バランスが崩れている所で勝負するのが勝つためのコツ」「まだ市場化していないニーズを見つけて市場を作ることが尊い」みたいなことが書いてあったんだな、という記憶になって、大事なことが理解できないまま、知識にだまされたままになってしまう。

ブームになっているビジネス書を買って読んでる時点で、大半が自分なりの基準を持って考えて行動しているとは言い難い。そんな自分なりの基準で価値判断して行動していない人をターゲットにしている本なのに、自分なりの価値基準を持とう!ということを、自分のアタマで考えないとわからないように書く、というのは、ちょっと皮肉な感じなのかも。

ちなみに、主観的な価値基準を持つことの大切さと、他人の価値基準と需給バランスを理解すると、幸せになれる確率が上がる、と、考えた時に、思い出すのは、これ。

自分なりの価値基準に対して、他の人からの共感度が高いと、価値が上がって幸せの価格があがってしまうし、共感度が低いと奇人変人になってしまう。本人が幸せなら、それでもいいのかもしれないけど。

毎週、note書いてます

このnoteのテーマは「価値」なのかもしれない。結局人生は自己満足なんだけども、やっぱりちょっとは他人に共感してほしい。誰かに価値を提供できるという主観的な満足がある。







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