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家族の漆 その1 8月29日

松本の朝は涼しい。
6時頃から遊んでいる(おままごとかな?)宮下家の子どもたちの声が聞こえてくる。布団の中にいながら、かわいらしいその声に耳を傾けながら夢うつつ。網戸からスーッと部屋の中へと運ばれてくる心地よい秋の風がまた眠りを誘う。
家ではここで確実に深く二度寝をしてしまうところだけれど、旅先の高揚感も手伝ってシャキッと起き上がる。
ショージくんとともにヨガの太陽礼拝。それが終わったら外に出てラジオ体操第一、第二を通しで行うとじんわりと汗が出る。なんて気持ちがいい一日のはじまりだろう。お腹もちゃんと空いて、パンもコーヒーもさらに美味しく感じる。なんたってこの地域の水は山の清水を引いているエリア。水道をひねって出てくる水はキーンと冷たく、そしてやわらかい。空気だって澄んでいる。三春も緑の匂いがしているが、間近に迫る山が緑の濃さを感じさせるからだろうか。澄んだ空気に全身が洗われるようだ。

今日は朝から宮下さんの個展DM用の撮影。
「家族の漆」というテーマで行っているこの展示は、もちろん漆の器が主役。その漆の器が使いこんで次第に艶が出て育っていくのと同じように、子どもたちの成長を重ね合わせられたらと、毎回宮下家のおふたりにモデルさんになってもらっているのだ。宮下さんの個展自体は東京の頃から行っているのでかれこれ15年ほどが経っているが、おふたりにモデルになってもらって、移住先の松本での撮影をするのは今回で4回目。ふたりのどちらかが「いやだ」と言い出さない限りは続けたい。

DMを発送しているお客様にも大変好評で、「大きくなったわねぇ」などと、会ってはいなくても二人の成長を見守るお声がとても多いのだ。
中には「冷蔵庫に貼って毎日見てるわよ」なんて方もいらして。
ペーパーレスになりつつある時代に逆行するようなかたちでDMを作り続けている者としては非常に嬉しい。「あぁ。あのDM良かったよね」とか「あの器が忘れられなくて」とか。きれいごとかもしれないけれど、「記憶に残る」豊かさもあるんじゃないかな、なんて。そんなことを言っているのも時代に逆行か、もしくは少数派だろうけれど。

DMが発送される頃には秋も深まり枯れた色合いとなっていることでしょう。首にはストールをくるくる巻いているかもしれない。その頃に届く眩しい日差し、そして真夏の格好をしたふたりとスイカが並んだ漆の器。
この夏の暑さを思い出して、
「今年の夏は本当に暑かったねぇ」
なんて会話が生まれるかもしれない。
手にした方々がフッと微笑んで、また冷蔵庫に貼ってもらえたら。


「いつか使ってみたい、使い続けたいと思える器を作りたいです」

東京でお店をやっていた頃、宮下さんの展示をはじめて開催したときに
宮下さんが言っていた言葉だ。もう15年近く前のこと。
宮下さんの器は核となる部分は変わらないが、松本へ移住をしてからは、東京の頃よりも肩の力が程よく抜けて、かたさがほぐれているような気がしている。この土地での暮らし、環境からの影響が大きいことは間違いない。子どもたちも会うたびにグングンと背が伸びていて、話す言葉も視点の鋭さや発想の豊にも驚かされる。

さて私はどうだろう。あれから少しは成長しているのだろうか。
前へと歩みを進められているだろうか。


8月29日(火)松本市 最高気温36℃ 最低気温22度
気温は高いものの湿度が低くて肌をなでる風が軽やか