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松岡和子によるシェイクスピア全訳が完結した。

 松岡和子によるシェイクスピアの全訳が完結した。五月十二日に上梓される三十三巻目は「終わりよければ、すべてよし」である。

 松岡が初めて手がけたシェイクスピア訳は、一九九三年の『間違いの喜劇』だから、費やした年月は、二八年に及んだことになる。
その多くは、故・蜷川幸雄によって、上演されている。
 特に、九八年からは、彩の国さいたま芸術劇場で、全三十七作品を上演するプロジェクト「彩の国シェイクスピア・シリーズ」が立ち上がり、そのほぼすべての舞台が、松岡訳によっている。

 松岡訳の特質は、いくつかある。
 ひとつは、平易にして、こなれた日本語でありながら、原文を裏切らない姿勢に貫かれていること。

 次に、特に男女の台詞は、英語から日本語に移したときに、変質を迫られるが、これまでの翻訳とは異なり、関係性を現在の目で見直したこと。

 最後に、戯曲文学ではなく、あくまで上演台本としての完成度を追求し、俳優たちの語感を信じたところにある。

 特に最後の上演台本へのこだわりは重要で、私は蜷川の稽古場を訪ねるたびに、松岡が必ずといっていいほど、演出席の斜め後ろに座って、ペンを手にしている姿を目撃した。また、休憩になると、俳優の率直な疑問に、穏やかな態度で答える様子も見聞きしてきた。

 上演台本の作成は、書斎のなかだけに終わらない。今回、全集としてまとまった、ちくま文庫版は、松岡が稽古場で費やした労力と時間がぎっしりと詰まっている。

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年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。