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長谷部浩のノート お芝居と劇評とその周辺

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#蜷川幸雄

高橋一生、その光と影

 現在、東京芸術劇場で上演されている『兎、波を走る』(野田秀樹作・演出)で、高橋一生は、脱兎の役を演じている。『フェイクスピア』以来、二度目の野田作品での主役。髙橋は妄想の闇のなかで、孤独に生きる人間を見事に演じていた。  高橋一生は、まぎれもなく二枚目だけれども、明るいだけの好青年ではない。そこには、陰翳を礼賛する精神がある。蛍光灯の明かりではなく、行燈の灯りに揺れる人影の美しさ。その傾きを大切に生きる日本的な美意識をからだにまとっているのだった。  舞台俳優の幸福は、

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蜷川幸雄追悼文 2016年5月12日歿

 世界の巨匠という名にふさわしい偉大な演出家が亡くなった。ロンドンをはじめとしてニューヨークやパリでも演出家として観客をひきつける力を持つ唯一無二の存在だった。  大劇場から小劇場まで活躍の幅は広かった。近年、拠点としたのは、芸術監督を務める彩の国さいたま芸術劇場やBunkamuraシアターコクーンだった。客席700程の中劇場で、シェイクスピアや唐十郎ら日本の劇作家の作品を次々と手がけた。質だけではなく数をもこなす精力的な活動によって、息をひきとるまで、世界の現代演劇を牽引

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秀作『あでな//いある』を観て、俳優内田健司が、蜷川幸雄演出の『リチャード二世』で人間の本質に突き刺さる演技を見せていたことを思い出した。

 ほろびての新作『あでな//いある』(細川洋平作・演出)が、評判になっています。私も今年を代表する舞台が、新年早々生まれ、その誕生に立ち会えたことをうれしく思います。  この作品に、客/いべ役で出演している内田健司さんは、かつてさいたまネクスト・シアターのメンバーとして、蜷川幸雄さん演出の舞台に立っていました。  蜷川さん最晩年の傑作『リチャード二世』のタイトルロールを演じたのが、内田さんです。かつては、まさしく蒼白な青年の趣でしたが、7年を隔てて、たくましい役者に成長され

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確かな技術があると、どこかで古典性を持ってしまう。六代目染五郎の思い出。

 演出家蜷川幸雄が、はじめて舞台で出会った歌舞伎俳優は、六代目市川染五郎(現・二代目松本白鸚)だった。  現代人劇場、櫻社と小劇場演劇で頭角を現してきた蜷川に、東宝の中根プロデューサーから声がかかった。  演目は、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』。一九七四年、日生劇場での公演を、私は古文の先生と観に行った。私は高校生だった。  三重のバルコニーをロミオとジュリエットが疾走する舞台に圧倒されたのを覚えている。 「大きな空間で初めて演出する怖れが、全くなかったといえば

才能が七割。

 俳優の資質とは何か。才能と運の比重は、どちらが重いのか。ぶしつけにも、演出家蜷川幸雄に尋ねてみた。  「正直いって才能が七割でしょう。(中略)「おい、それはしゃべり言葉になっていないだろう」なんてダメ出しをするレベルのやつが、後に伸びたなんていうケースは、一度もないです。ちゃんと自意識を飼い慣らして、舞台の上でそんな会話でも普通にできるのは、最低条件でしょうね。会話ができなくても、全く可能性がないかといったら、そうは一概に言い切れないけれども、条件ではありますね」(蜷川+

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俳優の秘密。

 二○○○年に蜷川幸雄は、ジョン・バートンとケネス・カヴァンダーによる『グリークス』を上演している。十本のギリシア悲劇を再構成した戯曲で、三夜連続、もしくは十時間余りをかけて一日通しで上演された。  この作品は、蜷川にとって、これまでの演出家人生の総決算と言うべく作品だった。ギリシア悲劇を初演当時のように、仮面を使って上演するやりかたに、蜷川はまっすぐに異議を唱えた。 「コロスがあるから、ギリシア悲劇が成り立つ。けれどもコロスに仮面をかぶらせないで、どう演出していくか、ど

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蜷川幸雄、稽古場の思い出。

 コロナウィルスの脅威が、じわりじわりと効いてきている。  大劇場、小劇場の区別なく、無事、千穐楽を迎えられる舞台は、かなり運がよい。ここまで感染者が広がってくると、カンパニーから陽性者や濃厚接触者をひとりも出さないのは、至難の業になる。  以前から、ゼミの学生を上演の現場に、研修に出してきた。演出家の蜷川幸雄さんには、ずいぶんな数の学生がお世話になった。紹介する条件としては、必ず毎日、欠かさず稽古に参加すること。遅刻欠席は決してないようにと学生に厳しく申し渡した。

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追悼。ピーター・ブルックと会ったときの思い出。あの「手」の柔らかさ。

 演出家ピーター・ブルックがこの世を去った。享年九七歳。  演劇の本質を見据えた一生だったと思う。蜷川幸雄、野田秀樹らに与えた影響は大きく、舞台演出の概念をミニマルへと導いた。  個人的な話をする。  私は、ピーター・ブルックと三度会っている。  一度は、彼が銀座セゾン劇場の開場のために、一九八七年『カルメンの悲劇』を持って来日したときのことである。  蜷川幸雄が後年、語っているように、セゾンの杮茸落は、ブルック、蜷川、勅使河原三郎が予定されていた。けれども、ピータ

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あの蜷川幸雄でさえ、野田秀樹戯曲に手こずり、のたうち回った『パンドラの鐘』をめぐって。七枚。

 野田秀樹の戯曲を他の演出家が上演したとき成功例がほとんどないのはなぜか。 長年、疑問に思ってきたけれども、明解に言葉にできずに時間ばかりが過ぎていった。  シアターコクーンで上演されている『パンドラの鐘』(杉原邦生演出)を観て、いくつか考えることがあったので、書き留めておく。はじめに断っておきたいのは、この原稿は、杉原演出についての劇評ではない。また、その演出を貶めるために書くのではない。  今回の上演は、演出家蜷川幸雄の七回忌を祈念したNINAGAWA MEMORIA

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祝、文化勲章受章。七代目尾上菊五郎の自在。

 菊五郎さんと出会ったのは、『NINAGAWA 十二夜』の件で、ご縁ができたからのことである。  シェイクスピアの歌舞伎化のような難しい仕事には、困難がつきまとう。演出家蜷川幸雄のプランは、菊五郎さんが、原作のマルヴォーリオとフェステを兼ねるものだった。  この奇想は、歌舞伎役者が、二つ、三つの異なる役柄を自在に兼ねる能力に、蜷川さんが強く期待したところから生まれた。  すでに上演台本の初稿はできあがっており、丸尾坊太夫と捨助を菊五郎さんが勤めること二なっていた。とこが、あ

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【劇評238】街路灯が照らし出す人類の終焉。長塚圭史演出の『近松心中物語』。

 現代演劇として、秋元松代の『近松心中物語』を演出する。  長塚圭史演出の舞台は、この姿勢に貫かれているところをおもしろく見た。  一千回以上もキャストを変えつつ上演された蜷川幸雄演出の舞台との比較は、どうしても避けられない。また、秋元自身が、文楽の『冥途の飛脚』を原作としたと明言しているが、現在でも頻繁に上演される『恋飛脚大和往来』(「封印切」「新口村」)もまた、観客によっては強く意識されるだろう。  こうしたさまざまな幻影をまとった『近松心中物語』を演出するにあたっ

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松岡和子によるシェイクスピア全訳が完結した。

 松岡和子によるシェイクスピアの全訳が完結した。五月十二日に上梓される三十三巻目は「終わりよければ、すべてよし」である。  松岡が初めて手がけたシェイクスピア訳は、一九九三年の『間違いの喜劇』だから、費やした年月は、二八年に及んだことになる。 その多くは、故・蜷川幸雄によって、上演されている。  特に、九八年からは、彩の国さいたま芸術劇場で、全三十七作品を上演するプロジェクト「彩の国シェイクスピア・シリーズ」が立ち上がり、そのほぼすべての舞台が、松岡訳によっている。  松

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藤田俊太郎への聞書きを再読して思うこと、いくつか

 今回、「権力と孤独 演出家蜷川幸雄の時代」を書き進めるために、2016年9月12日に藤田俊太郎さんと行ったインタビューを再録した。  五年も前の、しかも、全体を公開する前提ではない取材である。もちろん、掲載に関しては、藤田さんの了解を取ったが、彼は、別に事前に見せて下さいなどとの条件をつけなかった。  筋からいえば、藤田さんの所属事務所の舞プロモーションに事前の了解を取るべきだったのだろう。ただ、舞プロは藤田さんの師、蜷川幸雄さんの所属事務所でもあった。そのため私も浅か

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藤田俊太郎 師・蜷川幸雄の思い出。その6(完結編) 蜷川幸雄と女優。大竹しのぶとの葛藤。

長谷部 蜷川さんは、唐十郎さんとか清水邦夫さんには、かつて恩があると思っていました。劇作家は恵まれませんから、晩年は、ふたりの作品を、自分が演出し上演して、上演料が入るようにしなきゃいけないって思ってたのかな。 藤田 それは、公に言っていましたね。唐さんの作品、清水さんの作品をどんどん大きい劇場でやりたいって言ってましたね。立場が逆転しているとは、蜷川さんは言わないと思うんですけど、若い時に唐さんがいたから、清水さんが居たから、演劇人として生き残れたってことを返していってる

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