見出し画像

追悼。ピーター・ブルックと会ったときの思い出。あの「手」の柔らかさ。

 演出家ピーター・ブルックがこの世を去った。享年九七歳。

 演劇の本質を見据えた一生だったと思う。蜷川幸雄、野田秀樹らに与えた影響は大きく、舞台演出の概念をミニマルへと導いた。

 個人的な話をする。

 私は、ピーター・ブルックと三度会っている。

 一度は、彼が銀座セゾン劇場の開場のために、一九八七年『カルメンの悲劇』を持って来日したときのことである。

 蜷川幸雄が後年、語っているように、セゾンの杮茸落は、ブルック、蜷川、勅使河原三郎が予定されていた。けれども、ピーター・ブルックは、出来上がったばかりの劇場客席をすべて撤去し、彼が理想とするベンチの椅子を再度設置することを求めた。
 また、『カルメンの悲劇』では、当時、日本の劇場では容易ではなかった本物の火を使うために、政策担当者は、事前に京橋消防署に日参したと聞く。
 ある意味では、日本の凝り固まった劇場環境を、外部から破壊するために、大きな力を尽くした恩人ともいえるだろう。


 この来日の折だったろうか、恵比寿にあったサッポロビールの工場のスペースで、レクチャーともワークショップといえないイベントがあった。このとき、ピーター・ブルックは、上手袖から、小さく拍手をしながら現れた。会った人すべてを虜にする笑顔で、ゆっくりと拍手のテンポや強さを変化させていった。彼を拍手で迎えた観客たちは、彼のアクションに吊られて、早く、ゆっくりと、強く、そして、柔らかく拍手をともに変えていった。

ここから先は

990字

¥ 300

年々、演劇を観るのが楽しくなってきました。20代から30代のときの感触が戻ってきたようが気がします。これからは、小劇場からミュージカル、歌舞伎まで、ジャンルにこだわらず、よい舞台を紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。