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[書評]汚くありません、朝井リョウなら『そして誰もゆとらなくなった』(朝井リョウ)

『時をかけるゆとり』『風と共にゆとりぬ』に続く第三弾にして完結編。
怒涛の500枚書き下ろし!頭空っぽで楽しめる本の決定版!
修羅!腹痛との戦い
戦慄!催眠術体験
迷惑!十年ぶりのダンスレッスン
他力本願!引っ越しあれこれ
生活習慣病!スイーツ狂の日々
帰れ!北米&南米への旅etc……
一生懸命生きていたら生まれてしまったエピソード全20編を収録。
楽しいだけの読書をしたいあなたに贈る一冊です。

Amazonより

疲れてしまった日。
何も上手くいかなかった日。
理不尽な目に遭った日。
そんな日は、「そうだ、朝井リョウのエッセイを読もう」(「そうだ、京都にいこう」のナレーションで)と思ってほしい。

朝井リョウは弱冠24歳で直木賞をとった天才作家だ!……と思っていた。
彼のエッセイを読むまでは。
この「そして誰もゆとらなくなった」は3部作エッセイの最終巻にあたり、もし前作を未読の人がいたら早く本屋に走った方がいい。
え?今夜中だって?
Amazonか楽天で注文できるでしょうが!
とりあえず早く手にして、早く読むんだ。
いや、ホント、読んでください(土下座)。絶対に損はしないから。

このエッセイを読むと「天才作家の日常が垣間見れる!」というワクワク感はぶち壊され、7割排便、あとはバレーボールと余興と痔の話しかしてないという事実に呆然とすることになるだろう。
「え、排便?」と思ったそこのあなた!
朝井リョウを語る上で排便は外せない話題なのですよ、これが。
「汚い話で申し訳ない」と作者は謝罪しているが、前作から読んでいる組はそれこそ排便の話がないと「これは朝井リョウのエッセイではない!」と思ってしまうぐらいだ(「排便」を連呼してお詫び申し上げます)。

彼はとてもお腹が弱く、出かけると常にトイレを探している。
海外旅行なんか行った日には、「いちばん近いトイレはどこですか?」という文章を真っ先の覚えるぐらいにお腹弱い。
「かわいそう」と思うだろうか?
最初こそ私も「落ち着かないんだろうな」とちょっと同情してしまったけれど、読み進めていくと「これも運命」と割り切っていることが分かる。
自分の人生は排便とともにあり、排便とともに生きていく……。
でもそれを卑下せず、友達と旅行するときは「トイレ税」なるものを払い、「いつ何時何度もトイレへ行っても嫌な顔をしないでくれ」と頼むのだ。
彼なりの工夫である(工夫と言っても、ただ何度もトイレに行くことを許してくれ、とお金を払ってるだけなんだが……)。

やばい、私もトイレと排便のことしか書いてない!
もっと真面目に(?)魅力を語らねば……(いや、でも、ホントにトイレの話が多いので読む人は覚悟しておいてね!)。

こほん。
あなたは今日、おもしろい出来事に遭遇しただろうか?
声を出して笑った?
え?そんなおもしろい出来事にそんなしょっちゅう遭遇しないって?
そうなんだよね。
私はサンドウィッチマンとチョコレートプラネットが大好きなのだが、この人たちが芸人だからといって、毎日ネタになるようなおもしろい出来事に遭遇しているとは思えない。
一般人の私たちよりも確率は上がるかもしれないけど、正直、「なんかおもしろいことに遭遇したな~」という毎日は疲れると思わない?
そう。そうなのだ。
朝井リョウのエッセイは、なんとはない毎日の出来事を綴っているだけだからおもしろいとも言える。
それをそう思えるのは、私たち読者も遭遇し得る可能性の出来事が描かれているからなのだ。
「目の前でバナナの皮を踏んで転んだ人を目撃した」という特殊な出来事ではなく、友人の結婚式の余興で失敗しただとか、バレーボールのコーチを頼まれたけど実はバレー経験者じゃない人も混じってただとか、せっかくペルーに行ったのに豪雨でマチュピチュに行けなかっただとか。
そんな些細で、どうってことはない日常が書かれているから、私たちと同じ目線で書かれているから、このエッセイは心の底から笑えるのだ。

おもしろいというのは私にとって、様々な邪念が一切入ってこないくらい、素直に、そして真剣に生きているときに滲み出る”おかしみ”のことなのだ。

「そして誰もゆとらなくなった」より

真剣に生きようよすればするほど滲み出る”おかしみ”。
一旦、このエッセイのシリーズは終わってしまうけれど、朝井リョウの毎日は続いていくし、私たち読者の毎日も続いていく。
ちょっとした”おかしみ”を大切に生きていこうではないか!

あ、もう排便の話を汚いって思わなくなった私は末期なのかな?

はるう

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