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【書評】毒のない透明な世界『世界でいちばん透きとおった物語』(杉井光)

発売日に買ったのに、今まで読めなかったこちら。
私はひねくれ者なので、あまりにも世の中で激推しされると読めなくなってしまう。
「そんなに人気なの?ふーん」と冷めた態度で積ん読行き。
しかも「電子書籍化不可能」。その文言でさらにこじらす私。
というわけで、発売してから約4か月経ってようやく読んだ次第なのである。

大御所作家の愛人の息子で、会ったこともないその父親が癌で亡くなった。
主人公はその大御所作家の父親を亡くす前に、交通事故で母親を亡くしている。
関わりも持たないようにしていたのだが、大御所作家の本妻の息子が父親の遺稿を探すように依頼してきて……というのがだいたいの本筋。
ミステリなのか?と訊かれれば、「大御所作家の人生を辿りながら遺稿を探す」という大枠で言えばミステリのような感じではある。
人は死ぬけれど、病気と事故なのでガチミステリを期待してはダメである。

主人公の燈真くんは、何やら横柄な態度の本妻の息子に押し付けられるような形で遺稿を探すのだけど、その遺稿を探すと今まで知らなかった「父親」のいろんな面が見えてきて複雑な思いをすることになる。
そりゃそうだ。女癖も悪く、金遣いも人使いも荒かった「大御所作家の父親」はちっとも「良い人」だと感じられる面がない。
自分の母親に手を付けて自分という存在を生み出したにも関わらず、ついぞ燈真くんの人生になんの影響も与えてこなかった「父親」。
しかし、遺稿を探しの中で出会う愛人3人は、女癖が悪いことを認めつつも決して「父親」のことを悪く言ったりしないのだ。
口が上手かったのもあるだろう。愛人には気前よく奢ったていたのかもしれない。
なんというか、「毒」というものが一切感じられないのだ。

そう、この本に出てくる人は「毒」を持っていない。
燈真くんの父親はそれこそ本妻と別によそでたくさんの女と遊び、散財をした。それは「毒」であったかもしれないけど、その人は今この世にはおらず、残された人たちは「遊ばれた」とか「裏切られた」というような「毒」を愛人の息子の燈真くんにも向けたりしない。
読んでいるとイヤな奴だと思わされた本妻の息子ですら、自分の中の「毒」を燈真くんへの毒牙にするのではなく、「最期の遺稿が読みたい」と散々振り回された「父親」へのはなむけにしているように感じた。

いい人ばかりが登場すると、作者のご都合主義のように感じられることはある。
確かに物語を円滑は運ぶためにはあまりにも「毒」を振りまく人物は登場させたくないし、多少この物語にもそれは感じるところがあることにはあるのだけど……。
しかし「毒」を持たない人物が、掘りを埋めるように「大御所作家の父親」を形作っており、それがこの物語には必要なことだと認識できる仕組みになっているのだ。
つまり「毒を持たない=ご都合主義のいい人」なのではなく「毒を持たない人=外堀を埋めていく物語の導き手」になっており、「毒」がないからこそそういう人物が作用する物語になっている。
全体を通して見てみると、風通しがかなりいい物語であることに気づかされるのだ。

普段毒々しい本ばかり読んでいるせいか、終始清らかな物語の運びと、文章の流麗さに心洗われた。
確かにこれは「電子書籍化不可能」。
それはなぜか?
ぜひ「最後まで」読んで確かめてください。

西桜はるう

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