見出し画像

[書評]彼女の顔の秘密を知れ『彼は彼女の顔が見えない』(アリス・フィーニー)

夫婦関係が行き詰っていたアダムとアメリアの夫婦。そんなふたりに、くじでスコットランド旅行が当たる。ふたりきりで滞在することになったのは、改築された古いチャペル。彼らは分かっている。この旅行が自分たちの関係を救うか、あるいはとどめの一撃になると。猛吹雪によって外界と隔絶するふたり。そこに奇妙な出来事が続発し――。だれが何を狙っているのか? 『彼と彼女の衝撃の瞬間』を超える、今年最高の衝撃が待つ傑作!

Amazonより

まず、秀逸なのがタイトル。
このタイトルを一読して、あなたはどんな内容を想像するだろう?
彼は、本当に彼女の顔が見えないのだ。

物語は冷え切った夫婦関係をもとに戻すべく、妻のアメリアが夫のアダムを誘って郊外の教会へと車で出かけていくことから始まる。
豪雪の中やっと宿泊先の教会に着いたかと思うと、奇妙な出来事の数々が2人に襲い掛かるのだ。

一見、ただの夫婦間サスペンスかと思う。
私も途中までは、腹に何かを抱えた夫婦のばかしあい的な展開がされていき、きっと「やっぱりあなたを愛してる」なんて薄っぺらなハッピーエンドで終わってしまうのかと思った。
それはものの見事に裏切られてしまうのだけれど。

夫のアダムは映画の脚本を書いており、妻のアメリアは犬の保護施設で働いている。そんな2人の視点に3人目の視点が加わったとき、物語は大きなうねりに生む。
何よりも重要なのは、脚本だけとはいえ映画業界という華やかな世界にいるアダムには、そういった業界の社交に必要なものが致命的に欠けている。それがこの物語の重要なキーワードになっているのだ。

ここから少しネタバレをします……。
アダムは「相貌失認」という、相手の顔を認識できない病気にかかっている。
つまりタイトルの「彼は彼女の顔が見えない」というのは、アダムがきちんと妻のアメリの顔を認識できていないことを示唆しているように思えるのだ。
もちろん、声や体つき、話し方や服の雰囲気でアダムはアメリアをアメリアだと分かって夫婦でいるのだけれど、ちょっと考えてみてほしい。
顔の部分に霞がかかっていて、でも声や雰囲気はその人そのもの。
こんな状態で本人だという確証が得られるか、不安ではないだろうか?

物語はこの「相貌失認」が大きな役割を果たしている。
上記で言った「アダムが社交に必要なものが致命的に欠けている」というのは、「相貌失認」のことである。
彼は映画業界において、自分の脚本を使ってくれた監督や映画関係者の顔を認識することができいのだ。
それを助けてくれたのは、いつも妻だった。

2人は一見すれば互いを思い、やり直す糸口を見つけようかとしているように見える。
だが、各々の視点を読んでいけばいくほど読者に見えてくるのは双方が腹に据えかねている爆弾だ。
この時限爆弾が爆発するのはいつだろう?と読み進めていくことになるのだ。

夫婦間のいざこざがとんでもサスペンスへと転がり落ちていくさまは、恐ろしくもあり、ある種滑稽であるかもしれない。
時間のあるときに、どうぞ一気読みしてください!
この裏切られ方は爽快だ。

はるう




この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?