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猿渡哲也最新作『エイハブ』発売だあ~~~~っ 感想開始だーーーーGOーーっ


◆この猿漫画は…!?

猿渡哲也先生(猿先生)の『エイハブ』の単行本が2023年12月19日に発売された。

本作は表紙等には表記されていないが、アメリカの小説家・ハーマン・メルヴィルによる『白鯨』が原作小説となっている。平たく言えば、猿先生には珍しいコミカ・ライズの部類である。(脚本・構成は猿先生本人によるものだが)
グランド・ジャンプの増刊誌であるグランド・ジャンプ・むちゃ2022年7月号~2023年3月号に不定期で連載されていた。猿先生はグラ・ジャン系列では名作『ロックアップ』や『ZIG』を連載されており、今作は5年ぶりの里帰りと考えられる。

当初は全3話短期集中連載の予定だったのだが、例によって突発性イイカゲン病が発症したのか、全5話へと延長された。
しかし全3話で完結させるのは苦難を超えた苦難。八木敏雄氏の翻訳による岩波文庫版(上中下巻)が1500ページにも及ぶほどの大作だ。そりゃあ延長してもいいだろう。ぼくは原作は未読なので細かい差異は言及できないのだが、猿空間入りするような引っかかりのある要素はなく、ひとつの洋画のように一読させる完成度が極めて高い。

無事完結したはいいのだが、最終話発表10ヶ月後になってようやく単行本化された。まあ龍継ぐとの連載も兼ねているし、猿先生も忙しかったのだろう。

『ヤンジャン!』アプリ
『少年ジャンプ+』アプリ

なお来年1月1日まで『少年ジャンプ+』『ヤンジャン!』のアプリで80ページ試し読み可(第2話途中まで)なので、気になった人は今すぐ読みに行け…鬼龍のように

◆悲しい過去

物語は至ってシンプル。
突如強大なマッコウクジラに襲撃され、復讐を誓うエイハブの悲しい過去がはじまる。冒頭から猿成分溢れる画面作り・台詞回し(ex.なんだあ)になっているのだが、

本作の第一印象としては、猿先生の超絶画力がページ全体に忌憚なく活かされている。大海原を舞台にしただけあって、やばっスケールがタフの3倍に見える。増刊誌連載だけあってもちろんめちゃくちゃ作画コストに全振りしたんだ。満足か?

はい!一生懸命こんなにも描き込んだから満足させられますよ!

でかっ
でけーよ

できる限り大きな媒体、もっと言うなら本誌で読むべきなのかもしれない。猿作品すべてに言えることだが。
しゃあけど、本作は格別を超えた格別だ。紙版でも電子版でも白鯨の圧倒的な巨躯に視線を奪われること間違いなし。もちろんめちゃくちゃビッグピッグを遥かに凌駕するくらい、白鯨は目に映るものすべてを破壊しまくる。画力が暴力過ぎる。鬼龍がゴリラのおもちゃにされたのがマジで画力の無駄使いに見えてくる。

それにしても、やはり猿先生は水を超えた水の表現が上手い。
海中そして白鯨に差し伸べる光の描写も上手いんだよね。凄くない?

猿先生のファンになったシーン

タフ本編にも通じることやが…水を支配するヤツが脅威を誇る!

これでも私は慎重派でね
エイハブを徹底的に読破・分析させてもらったよ
その結果真摯に読者を引き込む力が強くて愚弄要素が何もないことがわかった

第1話は白鯨に襲われ唯一生き残ったエイハブが復讐を誓うまでの悲しい過去にしてプロローグなのだが、悪魔を超えた悪魔(バケモノ)と称される白鯨の説得力が凄まじい。情報量は多くはないのだが、これはもう引き込まれるしかない。こんな悪魔白鯨に復讐を誓うエイハブも強き者なのだが、これは次項にて詳しく掘り下げていきたい。

◆白鯨とエイハブ

先程も消化したこの見開き。とても人類は容易く抗えない存在感・畏怖を表現できているのだが、ぼくがガチでギョッとさせられたのが、

こわっ
こえーよ

目がドアップする演出は基本的にバースト・ハートしかねないのだが、この白鯨も瞳が合わさった瞬間死を覚悟させられるのがすごい。

モンキー・ナレーションとモンキー・アートの饗宴。
決してクドさがなく、寧ろ読みやすく頭に入りやすいナレーション。引き込まれるような作画。お見事です猿先生。やはり私がにらんだ通りあなたは強い漫画家だ。
鯨と言われると、個人的には大体デフォルメ化されたキャラクター(ホエルコ、ホエルオー、アルクジラ、ハルクジラ、ファッティホエール)を連想させられがちで、あまり怖いイメージはなかった。

本作はストイックに時間と労力と金と愛情をかけて築き上げた鯨のイメージをグチャグチャに崩壊させるんだ。これはもうセックス以上の快楽だッ

仲間を奪われ、片足も失い、復讐に囚われるエイハブ。
「第1話の巻頭カラー部分のジェットコピペイケメンや単行本表紙の逞しい老兵」どこへ!!と言わんばかりにエイハブも見るからに悪魔を超えた悪魔のような形相と化した。
第1話時点では別に悪魔ジジイ等と称されていないのだが、話数を重ねて読み進めると悪魔扱いされていて解釈違いではないのだなと安堵した。猿先生も原作一読時「悪魔ァ悪魔がいるゥ」とドンヒキしていたのかも知れないね。

猿漫画恒例のキメ・シーンでリアル・フェイスになるのは本作でも健在だが、復讐に囚われた男を物語るにしっくりくる。

◆"地獄の復讐劇"に相応しい地獄絵図

単行本の帯には「地獄の復讐劇!!!」とあるのだが、決して欺瞞ではないのが分かる地獄展開が3話から幕を上げる。うえーーーーこ…怖いよーーーっ

特にこのへんの絶望感が凄まじい。
ネームド数名含めた船員数十名が白鯨に噛み砕かれ飲み込まれてゆく。無情を超えた無情な仕打ち。地獄を超えた地獄。
元より死亡フラグをバリバリ立ててくるし、次々と死者が続出するのはホラー洋画のようなダイナミックな展開だ。本当に読んでいて心無い。

また、鯨たちが人間どもへ宣告するモノローグも演出として面白い。鯨の立場を踏まえると、確かに人類が聖域を穢し侵しにやってきたとも考えられる。

白鯨…ひとつだけ言いたいことがあるんです。あなたはクソだ。

白鯨をただ討つのみ。復讐に囚われた哀しき男・エイハブ。
スターバックさんが「白鯨を追うのはやめて帰りましょう」と正論を超えた正論をぶつけてくるのがエイハブの狂気を際立たせてくれる。

悪の支配者である"アハブ"は、英語では"エイハブ"と読む。これもエイハブの狂気を物語る肉付けとして面白い。

◆短くまとまった人情劇

本作のネームドキャラは片手で数える程度だし、短期集中連載だけにそこまで掘り下げられていない。だが、数ページだけで好きになってなれるキャラ造詣が巧い。これだけで死が惜しくなってしまった。
原作ありきとも言えるが、数ページだけで魅力的にアウト・プットさせる猿先生の技量に感服させられた。

特にぼくは本作ではスターバックさんが好きで、回想が始まった瞬間からもうモロに死亡フラグ立てまくりだったのだけれど、捕鯨遠征出向後、出生した息子と3年後には再会できないもどかしさを物語っているのがすごい好きだ。原作もこのようなエピソードなのかもしれないが、ここは如何にも猿先生が得意とする人情劇になっていて、猿先生が考えたのではないかと幻魔を喰らわせた気分になった。

エイハブに導かれてしまった、約束された死の運命。
そんな不憫な末路でありながらも、クィークェグさんやスターバックさんの死に様はカッコよかった。

◆猿展開あるよ(笑)

◆この19世紀初頭らしからぬメカ・フットは…!?

前以て「エイハブには致命的な弱点がある。終盤の猿展開や」という話は聞いていたし、読む前は少し不安になっていた。ところが読み進めるにつれて「これは本当に猿先生が描いているのか!?」とびっくりするほど真面目なつくりだし、夢中になって読み入っていた。それだけに突然のメカ・フット参戦には流石に腹筋がバースト・ハートした。『ゴッドイーター』に出てきそうなデザインである。

因みに掲載時は「◆最終決戦!!」とやけにノリの良い煽り文が付いている。決してまちがってはいないし、本腰を入れたくなるアオリとして機能しているが、本誌組は「◆何故…?」となってもおかしくない。(単行本ではシームレスに次話へつづく流れになっていた)

義足には致命的な弱点があるのも緊張感を引き出せていたんだ

でもまあ、すごく面白かったので何でもいいですよ。
いちおう「バルコ…"特別製の義足"を頼む…」「しょうがねェなァ」的な前フリがあったし、足が腐りかけて絶体絶命な状態故に自ら因縁の敵を討つための銛と化すという見方が出来る。これくらいの猿展開なら軽くスルーできるんだ。可笑しくはあるけど空気を壊して重箱の隅を突く気にはなれないんだ。

まあ本音を言えば、ぼくは地獄展開にめちゃくちゃゾクゾクさせられたからこそ、この猿展開突入は変に水(というか銛?)を差されたみたいでコレジャナイ感があったのは否めない。エイハブの狂気じみた執念だけでも十分だったのでは?とさえ思えてくる。

◆まとめ:猿漫画初心者にオススメの一作

やばっ 最高傑作に見える

高密度のモンキー・アート。助長過ぎずあっさりしすぎずな丁度良くまとまった構成。猿先生が自ら最高傑作と認めるのも納得を超えた納得。「・・・・たぶん」じゃねえだろ えーっ

猿漫画初心者にはよく『ロックアップ』(全4巻)が勧められるが、もう10年前の作品になってしまった。電子版は今でも購入できるが。本作は単巻なので、猿先生の漫画が如何にどんなものかを気軽に体感できる一冊としてオススメだ。無論、異常原作愛者にもオススメできる。

ただそこまでネタ要素(猿要素)はないので、それを期待して読むのは肩透かしを喰らうかもしれない。だがここは偏見を持たずに素直に読み入って「猿漫画セクシーすぎる 本気で惚れちゃうかも」とマネモブになっていいだろう。

◆付録:原作『白鯨』とは…?

冒頭でも述べたが、本作はアメリカの小説家・ハーマン・メルヴィルによる『白鯨』が原作小説となっている。世界の十大小説のひとつとも呼ばれている。

今から一世紀半前と大昔の作品だけに大変有名な作品だ。
現在では『海の野獣』『海の巨人』『バトルフィールド・アビス』『白鯨との闘い』等のタイトルで数々の映画化がされている。

日本では1997年に『白鯨伝説』というタイトルでNHKにてTVアニメ化されていたとのこと。但しそのままアニメ化ではなく、西暦4701年が舞台だったりアンドロイドが登場したり、猿漫画を彷彿とさせられる大胆アレンジがなされているそうだ。だからといって原作ボボパンによるSF滑りと愚弄されたわけではなく、寧ろ当時ならではのセル画を中心に高く評価されているらしい。

なおこちらのエイハブは大塚明夫さんが演じている。35さいとジジイではなくおっさんだが。また、当初は3クール予定だったのが2クールに短縮という悲しい過去があったらしい。

ぼくは本作を読んでいの一番に連想されたのが、ドリーム・キャストないしゲーム・キューブの名作RPG『エターナルアルカディア』である。もう23年前のゲームなので、知っている人は500億人中一人しかいないかもしれない。
このゲームでも白鯨に仲間と片目片腕を奪われ、復讐を誓う老人が主要人物として登場していたのだ。今更になって調べてみるとやはりこのゲームでも白鯨がモデルにされたようだ。本作を経てこのような発見を導かせてくれた猿先生に深く感謝致したい。

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