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『バンオウ-盤王-』(少年ジャンプ+連載)という将棋漫画がドチャクソ面白いので全力で推す話


◆動機

少年ジャンプ+2023年2号(2022年12月16日)より毎週金曜日配信の『バンオウ-盤王-』という将棋漫画がある。

ぼくはリアルタイムで1話からずっと追っていたわけではない。
ジャンプ+は毎日チェキっていないので、「いつの間にかそんな漫画が始まっていたのか」という感じだった。
だが今年7月になり、たまたまサムネを見かければ「絵が良いな」と気になり、そんな軽い気持ちで試しに読んでいた自分がいた。1話からではなく、途中からである。

ぼくは途中参戦というものが案外好きである。
気まぐれでテレビを付けてみて、番組の途中から「おお~(前後の流れはよく分からんが)なんかええやん」と入り込めるのが好きだ。情報を断片的に拾い、たとえ見当違いだろうが推測するのも好きだ。そのように、本作は途中からでもなあなあでも楽しめる漫画だった。
まあ、もっと言うならば月山さんの顔の良さとか、秀逸なカッコイイ演出とか、ヴィジュアルで魅せる視覚的な強さが大半を占めていると言える。そこは原作と作画に分けられた強みを意識している。

で、最近は名作アニメ定番の野球回をやっていたり、月山さんの顔が良かったり、ギャグが面白かったりと、なんとなく軽い気持ちで段々気に入って読み続けていたのだが、

最新第32話が単独エピソードとして素晴らしく刺さった。

扉絵もかっこよかった!
できればPCやタブレットではなくスマホで1ページずつ読んでいただきたい!!

だから遂に単行本1巻2巻を買ってきた。

超面白かったです。毎週リアルタイムで読んで毎週感想書けばよかったと本気で悔しくなるほど面白かった。

◆「将棋の面白さ」の秀逸な主張

大まかなあらすじは、三百年生きる吸血鬼の主人公・月山さんは将棋を嗜む棋士であり、小さな将棋教室やネット将棋で将棋を指していた。彼の本心としては大会に挑みたいのだが、吸血鬼であることをバレてしまうのはマズいため、目立つ事を避けていた。
だがある日、月山さんは経営困難により将棋教室を閉めてしまう事を知る。自分にとっての心地良い居場所でもあり、年代を問わず将棋を愛する多くの棋士たちのために、月山さんは大会へ挑むことを決心するのだった――

人気を博しているのも頷けられる、理想的な第1話だった。
将棋が題材なので、それを知っておくハードルは高いかもしれない。

かくいうぼくもそういうハードルに躊躇の二文字はなくはなかったが、全然心配ご無用だ。この漫画はヒューマンドラマで魅せるタイプだ。もっと言うならば、『ヒカルの碁』のように題材が分からなくてもサクサク読める好例だ。
月山さんが将棋に惹かれる理由。主人公の目的開示。なにより素晴らしかったのが、将棋がさっぱり分からないぼくに将棋の何が面白いかが伝わっていることだった。

数世紀もの間、人々を楽しませる将棋。
時代の変化に伴い、新たな戦法が生み出されるというのがゲーム脳のぼくにブッ刺さった。本作を読むまでは大変恐縮ながら「将棋って何が面白いんだ?」と疑問に思っていたクチなのだが、このワンシーンだけでちょっと将棋をやってみたくなった魔力を秘めていた。
これを実感できるのは三百年も生きる吸血鬼の月山さんならではある。歴史の生き証人とも言えるだろうか。吸血鬼設定の活かし方が巧い。

因みに肝心の将棋描写は1から10まで丁寧に描かれているわけではない。今後きっちり描かれるかもしれないが、細かく描かれている譜面だけでも過程を匂わせられるだろうし、なにより将棋知らないぼくに「肩の力抜いて読んで大丈夫ですよ」と分かり易く伝えてくれているようだった。

◆主人公・月山さんの魅力

そして、月山さんの好感度が高くて、かっこよくて、顔も良い。
単行本帯で「イイやつすぎる主人公」とド直球なことが書かれていたのは苦笑してしまったが(御尤もすぎる真実なのだが)、この月山さんという吸血鬼は将棋と棋士へのリスペクトと説得力が半端ないのだ。

この第1話で早速月山さんと将棋との出会いの回想が描かれるのだが、吸血鬼としてただ長々生きるだけのつまらない人生を一変させてしまったほどの沼として徹底的に描写されている。勝利と敗北を積み重ね、移動中も将棋のことばかり考え、時代によって変化する戦法を吸収していく。回想はダイジェスト気味だが、十分と言っていいほどの沼描写だ。間違いなく廃寝忘食するほどなのだろう。それを想像みるととても微笑ましい。
あとネット将棋でも対局後は頭を下げつつ「ありがとうございました!」と礼儀正しいのも好感度が高い。もはや習慣となっているのだろう。良いことだ。

月山さんは自分を変えてくれた将棋が大好きだからこそ、三百年指し続けてきた強者の説得力を画で魅せてくれる。

完璧と言っていいほどの主人公造詣。
だからこそ、吸血鬼バレの危険性を踏まえてでも、自分にとっての居場所である将棋教室を救いたい目的に強く共感できるのだ。

なにより面白いのが、竜王戦という大舞台で勝ち取って小さな将棋教室を救う、スケールのギャップである。因みに改装工事は4000万必要とのこと。逆に言えば、賞金さえゲッツすれば解決できる現実問題である。金さえあれば、だが。

だが、十年間お世話になった恩がある。三百年もの培ってきた棋士としての実力で勝ち取ってみせる。こんなの燃えるしかない。上等じゃないか。

あ、因みにこの人あざとかわいい要素もあるよ(笑)
天草先生からサインもらい忘れたのが未練になっている月山さんのファンボーイっぷりは本当にあざとい。こんなの好きになっちまうだろうがアアアア!!!!

◆本筋と面白く噛み合う吸血鬼設定の企画性

第1話時点で吸血鬼設定は出オチではなく必要不可欠なものとわからせてくれたのだが、ぼくのようなゲーム脳を刺激させるデバフ要素にもなっているのが面白い。月山さんは強キャラだが、気軽に俺TUEEEEEさせない作り手のサディスト精神を感じさせられる。当然褒めています。ぼくは気に入った。

本作における吸血鬼はやはり日光がニガテだ。
ただでさえ将棋は長時間続けていると緊張も相まって精神を擦り減らすわけだが、それに加えて日の光が差すと吸血鬼ではないぼくでもどれだけつらいのかがわかる。
それを克服すべく第3話で身体を慣らしておく月山さんのクレバーさに大変好感触。まあ、大会に挑むことを決心する前から前以て日常的に克服出来ただろうが、それでも万一下手なことをして吸血鬼バレしちゃったらマズいだろう。ネットで「吸血鬼出現か!?」なデマを流されたら一環の終わりだ。ただでさえSNS社会の現在において相当厄介である。

吸血鬼とは一体いつから誕生したのか?というバックボーンについては現時点では掘り下げられていない。将棋という本筋とかけ離れているので、終盤でやるかもしれない。いちおう、ヴァンパイアハンターらしき新キャラと謎組織が登場する。8話は将棋漫画らしからぬ破壊描写が見られるのだが、別にさほどノイズではない。
なお本作におけるファンタジー要素はそれくらいです。『ヒカルの碁』の藤原佐為もだが、極めて現実味が強い世界観にほんのひとつまみのファンタジーが刺激的な独自性を生み出す。それでいて「有っても良い」と許せちゃうんだよな。たぶん、ファンタジー設定がそこまで作中で強く主張されすぎていないから安心感があるのだと思う。

◆堅苦しくない、それでいて満足度高い構成

「毎週リアルタイムで読んで毎週感想書けばよかったと本気で悔しくなるほど面白かった」と上述したが、この漫画は毎話内容が濃い。ぼくは単行本で一気に2巻まで読破したが、良い意味で疲労感があった。故に、「これは毎週リアルタイムで一話ずつ読んだほうがいいかもしれない」と判断した。

とはいえ一気に2巻読破できたのは、読者を飽きさせないメリハリのある全体の構成が起因している。というのはこの漫画、縦展開(竜王戦)と横展開(人情話)を交互に描いているのだ。流石にずっと竜王戦目指してばかりではなく、時には将棋教室で子供たちと触れ合ったり、上述したように月山さんが吸血鬼体質の慣らしも兼ねて他の大会に挑んだり、野球回やったり、意外と一本道の漫画ではなかった。原作者の綿引先生の引き出しが豊富だ。

この漫画は脇役含めてキャラが立っているのも飽きさせない要因だ。
例えば松岡修造ソウルな塩谷さんは如何にもなネタキャラかと思わせて、将棋との出会いに関しての描写が「真摯にこの世界に生きているひとり」だと認識させてくれた。もっと出番が増えてもいいくらい魅力的な脇役だ。尺を許すならスピンオフもできるそうなくらいに。敗北後もそのまま退場せず、対局を観戦してくれたのが嬉しかった。

いちおうこの漫画はヘイト要員として、埼玉代表おじさんが如何にもあからさまなのだが、この人のヘイトバランスが絶妙に巧すぎてぼくの中で「安心して読める信頼できる漫画」に昇格した。
ちゃんと強いし、ヘイトキャラなりにちゃんと弄ってくれる。それでいて虐め過ぎない(擦りすぎない)塩梅の良さもある。「憎めないキャラ」「出しゃばらない限り再登場大歓迎」の領域に達してしまった。すごい。

他にも将棋の楽しさに憂いを抱く宮内さん、ライバル枠として解像度高めるたびに沼らせてくれる天草先生、将棋に沼るおもしれー女・アンナさん、めちゃくちゃキャラ立ちまくっててこの漫画で一番おもしれーお兄ちゃんと、とてもここに書ききれないくらい魅力的で濃いキャラが多い。故に毎週一話ずつ読むべき理由のひとつがこれである。

そうそう、この漫画はギャグがジワるくらいとても面白い。
これも軽い気持ちで読ませてくれる要因
だ。今思えば、途中から始めた頃は「やけにギャグも面白いぞ?」と気に入っていたな。
単行本の空きページの描き下ろしネタも面白いし、幕間補完としても機能しているので、ジャンプラで一度読んだ人もおたのしみのひとつとして捉えられる。オススメ。

***

この漫画を読んで実際に将棋を始めようと思ったのかと言われると、正直まだその域に辿り着いてはいない。だが、間違いなく将棋への印象は大きく変わったほどに影響を受け、心を打たれた。なんならもう、ぼくがクソガキの頃に出会いたかった漫画だった。

邪道と王道の悪魔合体だが、はじめての将棋漫画としてオススメです。多くの方に読まれ、もっと評価されて欲しい。

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