見出し画像

土とともに

10年ほど前に、私の父親が"週末田舎暮らし"ってのに憧れて、とある田舎に家を買った。思っていたほど楽しめてはいなかったようだけど、私たちきょうだい家族も1年に一回くらいそこに集まってバーベキューしたりしてまぁ気軽に楽しませてもらっていた。だけど父親も75歳になって足を運ぶのが大変になってきたようで、いよいよその家を手放すことを決心したようだった。少しもったいないような気もしたけれど、私の家から車で1時間半の距離。いっそ移住するならまだしも、でもそこまでの覚悟はないし、かといって通いで所有するのは大変だし、まぁ仕方ないよね、と思っていた。昨年末くらいには荷物もおおかた引き払ってほとんどすっからかんになった。でも、ちょうどそれくらいの時期にその流れを引き止めるようなことが起こり始めた。

これからのビジョンを考えた時、自然というキーワードが出てきたり、その家を何かに使うのはどうかと言われたり。周りの人にそういう話をすると、興味を持つ人が現れたり。そして、私自身も土を耕すというか、自然農みたいなことに興味があったり。まだ明確なビジョンは見えないのだけれど、まずは自分のやりたいことを小さく始めてみようかと思った。1㎡からでもいい。土を耕してみよう。じゃがいもでも植えてみよう。父親には「思ってるようにはいかんよ」「鹿やイノシシに全部やられるわ」と言われた。そうかもしれない。そうかもしれないけど、失敗もまた経験だし、やってみたいんだよ!ムキになる自分と、なんでわざわざそんなことしようとしてるんだ?っていう自分。よくわからないんだけど、気持ちは畑づくりに向かってる。本読んだりYouTube見たりして付け刃的に知識を入れて植え付けから逆算したらもう土を耕し始めないと。やってみたらまた思ってたのとは違うことが起こったり。とても畑とは呼べないような。わからないことだらけだけど、やりながらわかっていくことなんだろう。そうやって自然の循環について色々知っていきたい。頭でっかちな知識だけじゃなくて、知ってるつもりじゃなくて、"ほんとうを知る"ためにとりあえずやってみようかなって。

野菜を育てることよりも、どちらかと言うと土を育てるということに興味がある。もちろん、そこで野菜が育ってくれて、その恵みを受け取ることができたらどんなに素晴らしいだろうと思う。だけど、土が見えない微生物たちによってどんなふうに変化するのか、どんなふうに育っていくのか、それを肌で感じてみたいっていう思いも強い。

この間、家の坪庭の草取りをした。半日陰の少しじめっとした庭。だけど、雑草が案外すんなり抜ける。実はとてもふかふかしたいい土なのかもと思った。暗くてジメジメとしたイメージだったけど、一部分は冬場でも陽があたることがわかったし、見た目にちょっと気持ち悪いゼニゴケも多いけど、ふかふかしたかわいいコケも生えていたりする。ホトトギスやツワブキの葉っぱがかなり肥大化してたりするけど、これって土が肥沃な証拠では?土の手入れは全然してなくても、勝手にいい土が出来ている。まさに自然循環型の庭が自宅にあったのだ。今まであまり手入れはしてなかったけど、時々草取りや枯葉取りをするようになって、徐々に愛着も湧いてくる。春が近づいて、小さな坪庭にも陽だまりができて、しばしボーッとしたりして、気持ちよさを味わう。街には街の中に、田舎には田舎の中に、豊かな時間が流れている。土とともにいる時間が私にとってはとても満たされる時のような気がする。アラフォーでこんな感覚持ってるのはやっぱりマイナーな人間なんだろうな。だけど一方で、田舎に移住する人たちも結構いるような気もするから、そういう世界観持ってる仲間もきっといるんだろうと信じてる。自分にとって心地いいかどうか。人のジャッジに振り回されないこと。誰もがあるがままを生きる時代になるといいな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?