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母親と大喧嘩の末、笑われた話

母親とのベトナム旅行の最後に大喧嘩をした。

そこから2週間ほど話さなかった。
生活をしていく上でどうしても会話しないといけない場面があったが、
「はい」「分かった」という言葉で済むような投げかけしかしないし、されなかった。文章をしっかり使って会話すると喧嘩してしまうことをお互いが感じていたからだろう。

年末を迎えて、そして年が明けた。
親戚の家で過ごしており、兄も居たため比較的穏やかだった。母親との必要な会話は兄を何となく介して話していた。

年末年始、私はどうやって関係を修復できるのか考えていた。これまでに他の人間とこんな深刻な関係になったことがない。仲直りの仕方が全くわからなかった。

そんなことを考えながらも何も行動できずに過ごしていた1月4日、リビングに顔を出したとこをストーブ前で正座している母親に呼び止められた。

「あんたこのままやっていくつもり?」と言われた。そこから色々な話をされた。これまで兄2人も含め家族の中でこのようなことになったことはないこと、私の旅行の時の配慮の無さ、そして人間としての至らなさなどをしっかり説教された。説教の中で「こうやって育ててしまったことが残念」と言われた。あまりショックではなかった。なぜならその言葉に至るまでの説教は本当に正しかったからである。

母親もこの説教で解決しなかったらもう終わりだなと感じていたと思う。説教の中に愛と焦りを感じた。私がそれに気づけたことは良かったと思う。
私は自分の行動を正当化して傷つかないために、旅行後から母親を突っ撥ねていたのだろう。自分の行動を顧みることを怠って、ただ周りに敵意ばかりを向けていた。気をつける。

そして私がこの2週間くらい何を思っていたかを聞かれた。まず母親へ旅行を通して感じた不満をつらつら言いそうになったが、そんなのは説教の後だと馬鹿らしくなる。大きな問題があるのに、その前のゴミみたいな問題(問題とも言えない出来事)に文句ばっか垂れている自分が明らかに間抜けなのを感じてすぐ言うのを辞めた。

そして「謝り方が分からなかった」と大泣きしながら言った。
私は本当に分からなかった。

そしたら、母親が笑い始めた。久しぶりに笑った顔を見たなあ。
このタイミングで?
「やっぱそうなんだ〜」と笑いながら言われた。理由を聞くと、母親が私との関係について職場の人と話していた時に、謝り方が分からないという結論に至ったらしい。すご。恥ず。そしてその結論に至るまでの理論は私と同じだった。

私は兄2人と私の3人兄弟である。
昔から母親VS兄弟の誰か という構図の喧嘩はほぼ毎日起こっていた。そしてその仲裁にいつも残りの2人がいた。ちょっとふざけたこと言って場を和ませたり、なんだかんだ最後はみんなで笑って終わっていた記憶がある。怒られている兄弟って面白いし、ちょっかいを出したくなるもんなんだと思う。
このような環境であったからか、しっかり面と向かって謝ることがなかった。それが影響しているんだろうな、というのが母親と私の結論であった。

今は兄2人は実家に住んでいないため、母親と2人である。仲裁する人がいない中での大喧嘩が初めてだったのでこういうことになったのだと思う。けど、普通に考えてそんな背景があったとしてもそんなの関係なくて、しっかり謝れないのってめちゃくちゃ良くないよね。

私はその時しっかり母親に大泣きしながら謝った。
そうしたら母親はなんか言った後に、はあー!やっと楽になった!と言っていた。家の重すぎる雰囲気の終わりが来たからだろう。

私がこの経験から学んだことは
・自分が大切にしたい人、大切にしてくれている人には素直でいること
お互いが素直に向き合うことの重要さを感じた。謝り方が分からなくても、不器用であっても、まずはその気持ちを素直に伝えることが一番大切なんだと思う。素直に気持ちを伝えることから逃げることは、大切にしたい相手を前にしては無意味な行動だし、失礼なことなのかもしれない。

・説教をしてくれる人はありがたい
昭和チックなことを言っているかもしれないけれど、愛のある説教は本当に貴重だと思う。今回だって、私のことを見捨てる可能性だってあったけど、向き合ってくれてしっかり怒ってくれた。ここでもまだ自分の体裁を保つような行動をしたりして内省できないようだったらもうおしまいだと思う。それをまた説教してくれる人がいたらいいね。そうやって、周りに支えられて、少しずつ自分を理解することが、生きる楽しさの一つなのかな。

とにかく、仲直りできて良かった!成長できて良かった!
現在はすっかり元々の仲の良さになって最近では二人でスノボに行きました。

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