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『資本主義の家の管理人』~市場の時代を乗り越える希望のマネジメント⑪ 第二章 会社 第八節 会社の機能 

第二章 会社 ~企業活動の全体像

<第二章構成>

第四節 企業活動の入口と出口
1.What for(何のために) ~旗を立てる
2.How(どのように) ~資源・資産・資本
3.For what(何に) ~利潤の使い道

第五節 事業と経営 ~時を告げるのではなく、時計を作る
1.事業家と経営者の違い
2.事業経営(Business management)、会社経営(Company management)、企業経営(Enterprise management)
3.時間が創り出す価値 ~ローマは一日にして成らず

第六節 会社の基本構造
1.会社の基本構造その1:運営の仕組み
2.会社の基本構造その2:所有の仕組み
3.会社の基本構造その3:財務の仕組み

第七節 株主の権利と義務
1.自益権と共益権 ~お金と権力の合体
2.出資株主と非出資株主
3.PBR(株価純資産倍率)の罠


第七節 会社の本質を考える
1.会社はヒトかモノか 
2.テセウスの船
3.会社は資産でできている

第八節 会社の機能
1.会社の機能その1:契約の統合とリスクの引き受け
2.会社の機能その2:知見の貯蔵、熟成、活用
3.会社の機能その3:機会の提供と社会的公正の実現


第八節 会社の機能


人はなぜ、会社で働くのでしょうか。

会社は人の集合体であり、集団は個人の自由を制限する側面があるので、もし束縛されるだけで得るものが少なければ、人は会社に入らず一人で働くことを選ぶはずです。

最初に思いつく答えは、「安定した収入を求めて」でしょう。個人で働いていれば大きなけがや病気をすると収入が途絶えてしまいますが、会社で働いていれば、治療で数か月休まざるを得なくなっても、傷病休暇などの制度によってある程度収入が保障されます。出産や育児、介護などの場合も同様です。

しかし、国家が十分な社会保障制度を整えていれば、会社のこの機能はさほど重要ではなくなります。セーフティーネットとして会社が社会で果たす役割は明らかですが、会社の機能はそれだけではありません。

この節では、普段はなかなか見えにくい会社の隠れた機能と、個人や社会に対して果たす役割について考えてみます。

1.会社の機能その1:契約の統合とリスクの引き受け

会社には、個人と個人の間の複雑な契約、つまり無数の権利・義務の関係を統合し簡略化する機能があります。もし会社がなければ、顧客と生産者はそれぞれ個別に取引することが必要になり、その結果、膨大な数の契約が発生します。しかし、顧客と生産者がそれぞれ会社に所属していれば、会社同士が契約すればよく、一つの契約で済みます。

このように会社は、膨大な数の個人と個人の権利・義務を集約し、事務の簡略化を図ることで社会全体の生産性を向上させる役割を果たしています。

さらに、自然人である個人対個人の契約では、相手方の事情(事故や病気、死亡など)により契約不履行のリスクが高くなりますが、法人である会社との契約は、そうしたリスクを軽減してくれます。会社は、多数の契約を取りまとめて個人よりも大きな単位の取引を行うため、取引に関わるリスク(契約不履行のリスク)を分散することができ、契約の安定性が確保されるのです。会社が安心感を提供することによって取引が活発化し、社会全体の活力が保たれるのです。

さらに会社は、取引の規模を大きくしリスクを分散することで高めた信用負担能力によって、投資家や取引先から多額のリスクマネーを調達し、大規模な事業を推進することができるようになります。

このように、複雑な社会関係を簡素化し、安定化させ、多様な契約当事者に信用負担能力を提供することで、社会における取引を促進し、経済を活性化させる役割を果たしています。

個人は会社に参加することで、収入の安定はもとより、事務の負担の軽減や、取引のリスクからの解放という効果が得られ、安心して効率的に働くことができるようになります。

これが、「契約の統合とリスクの引き受け」という会社の機能その1です。

会社がない場合
会社がある場合

2.会社の機能その2:知見の貯蔵、熟成、活用

会社には、過去の成功や失敗から得た様々な知見が蓄積されています。

知識や経験は、個人に帰属していればその個人の死とともに消滅しますが、会社という器に蓄積することで、その知見は、時空間の制約を超えて、多くの人に活用されるようになります。さらに、個人に分散していた多様な知見が組織に集約されるため、それらの知見が相互に関連付けられ、新たな価値を生み出し、熟成させる作用をもたらします。そして付加価値の付いた知見が後世に受け継がれていくのです。

会社の中で磨かれ、熟成され、受け継がれていく無形の資産には、知識や技術・ノウハウに留まらず、顧客との強い信頼関係、企業理念や価値観、自由で健全な組織風土なども含まれます。これらの目に見えない資産は財務諸表で可視化することはできず、商品にして所有したり、売ったり買ったりすることはできません。しかし、この目に見えない、所有できない、商品化できない資産が、その会社の真の強さ、すなわち「テセウスの船」としての持続力を創り出していくのです。

会社の機能は図書館に似ています。先人の英知を集め、保存し、広く活用できる状態にすることで、図書館も会社も人間社会に重要な資本を提供し続けます。これらの英知は時間の経過によって熟成し、人びとに広く活用されることによってさらに価値を高めていきます。

これが、「知見の貯蔵、熟成、活用」という会社の機能その2です。

3.会社の機能その3:機会の提供と社会的公正の実現

会社は、社会の中で人が帰属する「場所」のひとつです。詳しくは次章「働く」で考えますが、ここでは何かの目的の下に人が集まり、互いに刺激し協力しながら、一人では達成できない成果を生み出すところを「場所」と呼ぶことにします。

「場所」は参加する人々に社会とのつながりや成長の機会を提供し、構成員の間に「社会的公正」を実現します。そして会社は、社会を構成するもっとも重要な場所のひとつです。

「機会の提供」とは、蓄積された知識や経験に触れ、世界とつながり、たくさんの人に出会い、個人では参画困難なプロジェクトに加わって学習し、能力や技術を修得し、自己の世界を広げることができるということです。会社で働くことによって、一人では得にくい成長のチャンスが与えられます。

「会社はお金をくれる学校である」。かつて働き始めて間もない頃、職場の先輩からこんな言葉を聞いた記憶があります。確かに会社は学校に似ていて、クラスメートは同僚であり、教師は上司や先輩であり、PTAや地域社会は取引先や株主などのステークホルダーになぞらえることができます。営利法人である会社と非営利法人である学校はもちろん違いますが、いずれも成長の機会を提供する「場所」であるという点で共通します。学校を卒業した後も、会社という社会人のための学校が人生の終盤まで成長の機会を提供してくれるのです。

「機会の提供」に比べると、「社会的公正の実現」という機能はあまりピンとこないかもしれません。

世の中に会社が存在しなければ、個人はすべて必要なものを市場で他の個人と直接取引して手に入れなければなりません。個人は自分の労働(役務)を商品として提供し、その役務を必要とする別の個人が市場でそれを購入します。それがどのような世界か考えてみます。

ある役務を50円で買いたいと思っている顧客が5人いるとします。この役務の市場規模は50×5=250円です。

その役務について、提供者がやはり5人いるとします。Aさんは70円の価値の役務を提供する能力があり、Bさんは60円、Cさんは50円、Dさんは40円、Eさんは30円と、それぞれ異なるレベルの役務提供能力があるとします。この役務の市場規模は250円です(図A)。

図A

この場合、50円の役務提供能力を持たないDさんとEさんは、顧客の発注を獲得することができません。発注は、50円以上の役務提供能力を持つAさん、Bさん、Cさんの3人に集中し、250円の市場はこの3人で分けることになります。Dさん、Eさんは収入を得ることができません(図B)。

図B

その次に、さらにAさん、Bさん、Cさんの間で競争が起きます。Aさんが50円で受注してもよいと考えれば、発注はすべてAさんに集中します。結果として、250円の市場はAさん一人が手に入れることになります(図C)。

図C

市場は競争を通じて淘汰を繰り返すので、完全に規制のない状況を仮定すれば報酬は最後まで勝ち抜いた一人に収れんしていきます。これが市場の原理です。

しかし、会社がこの発注を束ねることによって、Aさんも、Bさん、Cさん、Dさんも、それぞれが提供可能な役務を提供し、それぞれの貢献に応じた報酬を得ることができるようになります。DさんもEさんも、そのプロジェクトに参加する機会を得、AさんやBさんの指導の下で知識や技術を身に付け、経験を重ねてやがて50円以上の役務提供能力を身に付けることができます。

そして、会社が一定の利潤を留保することにより、仮に何かの事情で今は50円の役務を提供できない人も、会社に留保された利潤を財資にして生活を支えるのに必要な収入を確保することもできます。時短勤務や各種休業補償などの制度がこれに当たります(図D)。

図D

こうした説明には反論もあるでしょう。市場には価格調整機能があるので、Aさんは70の報酬を得る一方、Bさん、Cさん、Dさん、Eさんもそれぞれの提供する役務に応じた報酬を得ることができる、だから市場は公平である、という主張です。

しかし、Aさんが何らかの意図で50円もしくはそれ以下の金額で受注すれば、他の人たちは全員市場からはじき出されます。確かに市場には価格調整機能がありますが、同時に市場は競争を繰り返して勝者を強くしていくので、必ず一極集中と格差の拡大という歪みを社会にもたらします。

会社は市場に代わってそこに参加する人たちに、知識や経験、能力に応じた役割を割り当て、その役割と成果に応じて報酬を分配します。「ふさわしいものをふさわしい人に」という原則に従って、このルールを定めるのが会社の人事制度なのです。

誰にどの役職やポジションを担ってもらうか、それぞれの人の役割期待は何か、この会社ではどんな行動や考え方、能力を評価するか、目標をどれくらい達成したか。これらの観点から個々人が受け取るべき報酬が検討され、適正な金額レベルが設定されます。

会社は、様々な制度やルールを作って市場の機能を調整し、参加する人たちに成長の機会を提供し、蓄積した知見を共有し、役割とルールに基づいた成果配分を行います。その目的は公正さの担保です。これが、「機会の提供と社会的公正の実現」という、会社の機能その3です。

会社は、「公正か否か」という物差しの使い方次第で社会を良くすることも悪くもするもできます。会社は社会における最も重要な「場所」なので、必然的に、良い会社所が増えれば社会は良くなり、悪い会社が増えれば社会は劣化していくのです。

会社法や財務報告書では可視化できない会社の機能を理解することが、会社の適切なマネジメントにつながり、良い社会を形成していくのです。


<第二章 会社 まとめ>

この章では、企業活動の全体像、事業と経営の違い、時間と持続力が生み出す会社の価値、会社の基本構造や見えない本質、会社を構成する資産の範囲、会社の社会的機能など、会社という巨大なフィクションの全体像を把握することを試みてきました。

円錐が丸や三角にしか見えなかったり、飛んでいる鳥が目の前の透明なガラスに衝突するように、部分的で歪んだ世界像に基づいて会社を経営をすれば、いびつな会社が出来上がり、いびつな会社が歪んだ社会を作り上げていきます。格差や分断、気候変動など、市場への傾斜がもたらした社会の歪みは、正しい会社像を頭に置いて会社を経営することで、必ず是正されていきます。

会社は株主利益の最大化を求めて終わりなき高速回転を続ける「ハムスターの回し車」ではありません。会社が公正で均衡のとれた社会を作る「場所」であるためには、マネジメントに携わる人たちの会社に対する解像度の高さが求められるのです。




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