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『資本主義の家の管理人』~市場の時代を乗り越える希望のマネジメント⑩ 第二章 会社 第七節 会社の本質を考える 

第二章 会社 ~企業活動の全体像

<第二章構成>

第四節 企業活動の入口と出口
1.What for(何のために) ~旗を立てる
2.How(どのように) ~資源・資産・資本
3.For what(何に) ~利潤の使い道

第五節 事業と経営 ~時を刻むのではなく、時計を作る
1.事業家と経営者の違い
2.事業経営(Business management)、会社経営(Company management)、企業経営(Enterprise management)
3.時間が創り出す価値 ~ローマは一日にして成らず

第六節 会社の基本構造
1.会社の基本構造その1:運営の仕組み
2.会社の基本構造その2:所有の仕組み
3.会社の基本構造その3:財務の仕組み

第七節 株主の権利と義務
1.自益権と共益権 ~お金と権力の合体
2.出資株主と非出資株主
3.PBR(株価純資産倍率)の罠


第七節 会社の本質を考える
1.会社はヒトかモノか 
2.テセウスの船
3.会社は資産でできている


第八節 会社の機能
1.会社の機能その1:契約の統合とリスクの引き受け
2.会社の機能その2:知見の貯蔵、熟成、活用
3.会社の機能その3:機会を提供と社会的公正の実現


第七節 会社の本質を考える


1.会社はヒトかモノか

前節まで、会社の全体像と基本構造、事業と経営の違いを考えてきました。以下にその要点をまとめておきます。

①企業活動の入口には「何のために」(What for)という目的があり、出口には「何に向けて」(For what)という投資がある。利潤が目的化した会社は、入口と出口を見失った「ハムスターの回し車」であり、内部留保だけが積み上がる。
②事業と経営は別の仕事である。事業は時を告げ、経営は時計を作る。人に働いてもらうことが仕事である経営者には、人格が必須である。事業家は人格を問われない。
③経営には、「事業」(Business)と「会社」(Company)と「企業」(Enterprise)の3つのスコープがある。企業のスコープで経営することで会社の資本は強化され、持続力が高まる。
④法律や会計はフィクションとしての会社を可視化する方法だが、それによって見えるのは会社の一部である。しかし、経営が対象とするのは会社の全体である。

以上の全体像と基本構造を頭に置いた上で、この節では会社の本質について考えてみます。

最初の問いは、「会社はヒトか、モノか」です。

これは、経済学者の岩井克人氏が『会社はこれからどうなるのか』(2003年平凡社)で問い掛けた、会社とは何かを考える重要な視点です。

会社は、会社法によって法人格が与えられています。法律は人と人以外を厳格に峻別しますが、その法律構成の世界に、自然人(人間)以外で唯一権利義務の主体となる、法人という概念を設けました。

法律上、法人は、他のヒト(自然人と法人)と契約し、モノを所有する主体となることができます。

同時に法律は、会社は株式(持分会社であれば持分)に分割され、出資者が出資比率に応じて所有するという仕組みを定めています。誰かに所有されるということは、会社はヒトではないということです。奴隷制の時代ならいざ知らず、ヒトは誰にも所有されないというのが近代以降の世界のコンセンサスだからです。

モノである会社は「商品」になります。商品とは、誰かが所有し、値段が付けられ、売ったり買ったりできるものです。会社は出資者によって所有され、時価総額という値段が付けられ、株式や持分に分けて切り売りすることができます。ヒトならば値段を付けたり、手や足を切り離して売ることはできません。

しかし、会社は権利義務の主体者となり資産を所有することができます。会社の資産の所有者は、会社であって出資者ではありません。出資者は株式や持分を通じて間接的に会社の資産を所有していますが、株主が勝手に会社の在庫や備品を持ち出して処分したら、それは窃盗行為になります。自ら資産を所有することができ、所有権が法律によって保護される会社は、モノではなくヒトなのです。

法律は、法的擬制として「架空のヒト」である法人を作ることで、自然人同士の無数の権利義務や契約をそこに集約させ、自然人が死んだ後も法人によって契約事項が保護されるようにしました。法人という概念は、このように自然人同士の複雑な権利義務の関係を簡素化・効率化し、法人と契約することで契約当事者の権利をより強力に保護し、これによって社会関係の安定化を図ることを目的として創り出されたのです。

しかし、複雑な権利義務の関係を簡素化・効率化させ安定化させる仕組みとして考案された法人ですが、法人というヒトの擬態を被せられたことによって、会社は単なる仕組み(モノ)から現実のヒトとしての側面を持つようになりました。

会社を単なる仕組み(モノ)でしかないとみる立場を「法人名目説」、仕組み(モノ)以上の存在であるとみる立場を「法人実在説」といいます。「会社とは何か」という問いへの答えは、このどちらの立場をより強く採るかによって大きく変わります。

「株式会社の所有者は株主である」。法人名目説の立場では、これは議論の余地がありません。株主は、出資比率に応じて会社の重要意思決定に関わり、会社の財産を手にする権利を有します。株主は、法律によって会社の経営に判断を下す権利(共益権)と、自らの利益を保護する権利(自益権)が与えられ、この2つの権利によって実際に会社の支配者となります。

しかし、いかに法人名目説の立場を採ろうとも、会社には明らかに単なるモノ以上の側面があるという事実を無視することはできません。会社の本質を理解し、適切に経営するためには、ヒトの集合体としての会社の側面を見ることが必要です。

実態として、会社は人の集合体であり、それ自体が一つの社会です。言うまでもなく、社会は誰かに所有されるものではありません。法的には株主によって所有されているかもしれませんが、実際には株主に会社を所有することはできないのです。

その一例として、岩井克人氏はサーチ&サーチというイギリスの広告会社の事件を挙げています。チャールズ・サーチとモーリス・サーチという二人の兄弟が始めた会社は、一世を風靡する有名なキャッチコピーを次々と打ち出し、1980年代半ばに世界最大の広告会社に成長しました。しかし、90年代に入って業績が悪化する中、過度な報酬を得て派手な生活を続けていた兄弟が機関投資家によって追放されます。兄弟のいなくなった会社から幹部社員が次々と流出し、会社は重要顧客との契約を失って業績が一段と悪化し、株価が低迷して投資家は大きな損失を被る結果になりました。

サーチ兄弟が優れた経営者であったかどうかはさておき、この事例は会社が単なる仕組みや株主の所有されるモノではなく、株主が完全に所有したり支配したりできない人間の集合体であることを象徴しています。

Comnapy(会社)の語源は「ともにパンを食べる仲間」を意味するラテン語であり、「会社」はラテン語でSocietas、イタリア語ではSocietaと言います。Sociは「メンバー、仲間」であり、Societa(会社)は「仲間の集団、共同体」という意味です。英語のSocietyはもちろん「社会」ですが、その語源から明らかなように、元来「会社」は「仲間の集団」であり「社会」なのです。従って、会社は本質的に誰かが所有されることができないものです。

株主が会社を所有するという法律構成は、会社の限られた側面を照らしているに過ぎず、会社の全体像を示すものではありません。Societa(仲間の集団)=Society(社会)である会社は、そもそも所有の概念では説明できない存在なのです。最近はあまり聞かなくなりましたが、かつてよく言われた「会社は公器である」という言葉はこの事実を示しています。

ヒトであり、モノであるという会社の二重性は、市場の時代の拡大によって「商品」としての会社の側面がクローズアップされ、所有者としての株主の権利(株主主権)が声高に強調されるようになりました。会社を商品と考えれば、値段の高いもの(時価総額の大きいもの)が価値があるということになり、経営の目的は会社という商品の市場価値を高くすることになります。

しかし、会社のモノ化、商品化が進めば、その分、会社の本質であるSocieta(仲間の集団)としての価値は毀損され、構成員であるヒトのモラルは低下し、不正や不祥事が発生したり、ハラスメントや心の病が広がることになるのです。

会社をヒトと見るか、モノと見るか。どちらの見方が優れた経営につながるかは言うまでもないでしょう。

2.テセウスの船

テセウスの船は、古代ギリシャの英雄テセウスが怪物ミノタウロス退治にクレタ島に向かった時に使った船です。ミノタウロスを退治してアテナイに戻った船は、傷んだ箇所の修繕を重ねている内に、すべての部品が新しいものに入れ替わってしまいました。

テセウスの船

さて、すべてが新しい部品に入れ替わった船は、元の船と同じ船だといえるのか。さらに、もし元の船で使っていた部品で新しい船を組み立てたとしたら、どちらが本物のテセウスの船なのか。

これが「同一性のパラドックス」と言われる有名な問い掛けです。

古今東西、これに似た考察はたくさんあります。

紀元前6世紀のギリシアの自然哲学者ヘラクレイトスは、「川には常に違う水が流れており、人は二度と同じ川に二度と入ることはできない」と言い、「万物は流転する」という有名な言葉を残しました。

まったく同じことを、平安末期の歌人鴨長明は、『方丈記』に「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」とに書き記しました。

英語には、「おじいさんの古い斧(Grandfather's old axe)」という口語表現があります。「刃や柄を何度も交換しても、それは元の古い斧だ」という意味のこの言葉は、歴史や伝統を継承しているという肯定的な意味合いと、変化を受け入れない頑固さという否定的な意味合いの両方を持っています。

人間の体も、ほぼ6-7年でほとんどの細胞が入れ替わると言われています。それでも10年前の自分と今の自分は同じ自分です。

城や神社仏閣などの古い建築物、学校、スポーツのチーム。これらも、部品や構成員などの中身がすべて入れ替わっても、同じ建物、同じ学校、同じチームとして歴史を刻んでいると見なされます。

会社も同じです。創業者が死んでも、会社の理念や価値観、組織のノウハウや文化は、時代に合わせて変化しつつも新しい世代に引き継がれ、会社は生存し続けます。

投資家は、より短い時間でより多くの利益を期待します。1年で30の利益を生み出す事業の方が、10年で100の利益を生む事業よりも投資家にとっては価値が高いのです。

経営者はそうではありません。経営者の仕事は、自分がいなくなった後も利益を生み出し続ける強靭な器を創ることです。経営者にとっては、1年で30の利益を生むよりも、10年かけて100の利益を生み出すことの方が重要で価値があるのです。

それは、個人の中に留めていたら消えてなくなる知識や技術を会社という器に保存し、多様な知見を混合させ、熟成させることで価値を高め、未来に受け渡すことがとても大事なことだからです。自然人である人間の有限性を超えて、長い時間の経過に耐えるテセウスの船を創り上げる。それが、経営者の役割であり、経営という仕事の価値なのです。

法律や会計では可視化できない会社の真の価値はここにあります。

3.会社は資産でできている

「第六節会社の基本構造」で見たように、財務諸表は会社を数値で可視化するツールです。

人間に例えれば、貸借対照表(バランスシート=BS)は「どういう人か」、損益計算書(Profit & Loss Statement=PL)は「この1年で何をしたか」、キャッシュフロー計算書(Cashflow Statement=CF)は「生きる力」(CFがプラスである限り会社はつぶれない)を表しています。

BSはいわば履歴書のようなものであり、右側の「負債と資本」は、生まれ育った環境や、どんな学校で何を学び、どんな経歴を積み重ねてきたかなど、自分を作り上げてきたものを表します。左側の「資産」は、その結果として、今の自分がどういう自分であるか、どんな能力があり、何ができるかを表しています。

これまで自分を形成したきたもの(インプット)が右側、その結果として今の自分がどういう状態であるか(アウトプット)を示すのが左側です。

履歴書を見れば、その人の人物像がひと通り分かるように、BSを見ればその会社がどんな会社かがだいたい分かります。

バランスシート

会社のBSの右側の「負債と資本」(インプット)は、基本的にお金です。「負債」は借入金、買掛金、未払債務などの借金で調達したお金、「資本」は資本金や内部留保(過去の利益の蓄積)などの自己資金です。

調達したお金が何に変わったか(アウトプット)を示すのが左側の「資産」です。

資産は企業が生産活動を行うために必要なものなので、業種・業態によって構成が大きく変わります。製造業なら機械設備や建物、不動産や倉庫業なら土地・建物、運輸物流業なら自動車・船・航空機、医薬やIT業界ならソフトウェア(知財)、金融業なら貸付金や現金・債券などの金融資産が、資産構成上で大きな比重を占めるでしょう。

資産は会社の個性を示すものです。右側の負債と資本はどれも同じお金ですが、左側の資産は会社の性格によって多種多様です。資産を見ればだいたいどんな会社か想像が付きますし、その会社が健康体か、病気にかかっているかなども分かります。

そう、会社は資産でできているのです。そして、資産とは「企業が所有する財産」であるというのが一般的な理解ですが、実際は、企業は「所有が不可能な資産」も活用して活動しており、これらすべてがマネジメントの対象となります。

これらの多種多様な資産を、有形か無形か、BSに載っている(オンバランス)か載っていない(オフバランス)か、社内の資産か社外の資産か、所有可能か不可能か、有限か無限かなど、パターンに分けて以下に書き出してみます。

【社内、有形、オンバランス、所有可能、有限】
→土地、建物、機械設備、製品、原材料、現金、預金など
【社内、無形、オンバランス、所有可能、無限(量的捕捉が困難)】

→特許権、営業権、商標権など
【社内、無形、オフバランス、所有不可能、無限(量的捕捉が困難)】
→個人のスキルやモチベーション、組織力(共感、信頼、連携、協力の度合い)、人的つながり、企業理念・経営戦略・経営ノウハウ、人事ポリシー、組織文化など
【社外、有形、オフバランス、所有可能、有限】
→天然資源、動物・植物などの生命体
【社外、無形、オフバランス、所有不可能、無限(量的捕捉が困難)】
→自然環境(気候、景観、生態系)、社会環境(法律、行政、治安、教育、文化、家庭、地域社会など)

資産の分類(表)
資産の分類(図)

これまで繰り返してきたとおり、バランスシートに計上されているのは会社の資産の一部でしかありません。それ以外にも会社は、目に見えず、所有できず、会社の外にある資産(誰の所有物でもない共有資産)も活用して活動しています。これらのオフバランスの資産も視野に入れて経営を行うことで、会社は様々な環境の変化に対応して長く持続する力を持つことができるのです。

資産を最大限効果的に活用することはマネジメントの重要な役割であり、従ってマネージャーは何よりもまず、自分たちがどのような資産を使っているのかを知っておかなければなりません。


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