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お探しものは”なおしま”まで

「前に行ってた、日本一周の旅、延期することになった。今日本いるけど、近々オーストラリア戻るから、7月末くらいに会えないかな?」

「うん、それなら私も無職になるところだからちょうどいいかも。」

「おけい。せっかくなら、旅するどっか?島とか行きたいじゃんね。」

「いいね、私も行きたいと思ってた。瀬戸内の島とか、まだ行ったことないんだよね。直島とか、小豆島とか。」

「私、直島ずっと気になってたじゃんね。」

「じゃあ、決まり!直島へ行こう。」

そう言って、私は久しぶりに会う友人のなおちゃんと一緒に、直島へ旅をすることが決まった。

久しぶりのなおちゃん

お互い夜行バスに乗って、高松駅で朝7時すぎに合流した。
なおちゃんには会えない確率も高かったので、まず会えてホッとした。
しばらく休職しているからなのか、けれどなのか、この間はオーストラリアにいて、そのあとはネパールにいて、そのあとは東北にいて、愛知にいて、大阪にいて、本当にどこにいるか消息がよくわからないのでお互いの日程がきれいに合わさったときには、京都の鴨川でオオサンショウウオを偶然見かけたときみたいな、奇跡的な気分になった。

「ほんと、いつもどこにいるかわからないから、会えないかと思った。」
「うん、私も、自分でもコロコロ予定が変わりすぎて今困ってる。」

そう言ってなおちゃんは自分自身のことなのに、本当に困った表情をしていた。2年前くらいに最後に会ったときよりも髪の毛が明るくなってて、学生時代みたいで可愛かった。そんななおちゃんは、ネパールに行ったおみやげに茶色い塩をくれた。

なおちゃんの島、直島

島の選択肢は他にもいくつかあったのだけれど、なおちゃんは直島がいいと言った。なぜなのかはいまいちよくわからなかったけど、高松港に到着して目の前にきた直島行きの船に「なおしま」とひらがなで書いてあるのをみてピンときた。

「今気づいたんだけど、なおしま、ってなおちゃんの名前の島だね。」
「そうだよ。だから来てみたかったんだ。」

そう言ってなおちゃんはうれしそうにしていた。

何も変わらないなおちゃん

とりあえず直島行きの始発が出るまで、カフェで軽く旅の打ち合わせをした。正直、私は別になおちゃんに会えればどこでもよかったので、ほとんど調べていなかったのだけれど、予想通り、なおちゃんは、行きたいところをある程度目処つけてばっちりと調べつくしていた。さすがだった。すぐに1日の見通しがついてカフェを出て港に向かう。

「あれ、どっち行ったらいんだっけ?」
「え、こっちだよ。左の方に行って、信号渡ったら右。」

なおちゃんは地図を見なくても方向がある程度わかる女だ。観光地に興味がない、東西南北がわからない、googleマップすらまともに読めない私からしたら旅をするにおいて、心強すぎる存在だった。やっぱりその頼りになる背中は、学生時代から変わらない。
けど、船が無事直島に到着して、船から降りようとしたとき、なおちゃんは大きな荷物を普通に席においたまま、島に上陸しようとしていた。

「荷物忘れてるよ。」
「おっと、危ない。私こうゆうとこあるじゃんね。」
「うん、知ってる。」

すごくしっかりしているように見えるのに、結構な確率でドジなところも変わっていなかった。

暑い夏、輝く太陽、透き通った海とわかめ

今年の夏は本当に暑い。ちょっと歩いただけなのに、まるでサウナに入ったように穴という穴から汗が噴き出てくる。とにかく少しでも体力を温存するため、島についてまず、大きな荷物を先に、その日の宿に預けに行った。身軽になって、宿の裏にある、海に出てみた。

驚くほどに透き通った海だった。踏み入れた足が揺らいでくっきりと見えた。足にまとわりつく砂の違和感が心地よいくらいに、ひんやりと冷たくて、さっきまでのべたべた汗がすうっと引いていって、足元の海からゆっくりと目線をあげていくと、透明から、水色の、青色の海へ、さらに空へ、白い雲へとつながって素敵なグラデーションになっていて、そしてまた、かもめが飛んで、人はどうして哀しくなると、海を見つめにいくのかの理由がはっきりとわかった気がした。 

「ねぇ、透き通って、すごくきれいな海だね。」
「ねぇ、見て。すごくきれいなわかめだよ。」

透き通った海に感動している私の横で、ふわふわと心地よさそうに海に浮かんでいたわかめを両手いっぱいに掴んで、なおちゃんはにっこりと微笑んでいた。

クラゲじゃなくてかぼちゃなの

今や、知らない人はいないのではないかというくらい有名になった草間彌生さんのかぼちゃアート。直島イコールのイメージが一番強いのではないかと思う。

たどり着いて、思ったよりも大きくて、思ったよりもよくわからない場所に2つ置いてあったので驚いた。  


そして疑問に思った。なぜそもそもかぼちゃだったんだろうかと、なぜ赤色と黄色だったのだろうかと、そして、なぜ赤かぼちゃと黄色かぼちゃがこんなにも立地的に離れているのだろうかと必死で考えて自分なりの結論を出してみた。

もしも、私が島にシンボルとなるアートを作ってほしいと頼まれたとしたら、まず、かぼちゃじゃなくて海に合わせたクラゲにしていたと思う。
そして、そのクラゲをイメージ通りの白カラーにして、今の赤かぼちゃが置いてある、島に船で到着してすぐに見える位置に、1つしか置かなかったのだろうと思った。

これが、凡人の私の発想との大きな違いだ。

大切なことは、クラゲではなくかぼちゃだったこと。そして、赤と黄色、島の玄関口と島の芸術の中心の場所に2箇所、設置されたこと。

シンプルだけれど、これらの要素があったからこそ、今や世界を魅了する直島のシンボルとなりえたのではないかと勝手に解釈して、勝手に感動した。

コンクリートと斜線と三角形と

地中美術館、少し薄暗くて怖い入り口を抜けると、意味はわからないけれど、心惹かれる空間が広がっていた。見渡す壁は、どこもかしこもコンクリート。毎日、コンクリートの上を歩いているとは言っても、四方を囲まれるという経験はない。まるで入ったことはないが、獄中にいるみたいな感覚だ。見事に太陽の光が遮断されているからだろうか、ところどころの隙間から入る光が、いつも見て感じている太陽の光よりも何倍も貴重で、尊いものに見えた。

そして、館内に入ってからずっと抱えていた違和感に気づく。斜線と三角形だ。建物内のデザインのいたるところがとにかく斜めで、角だらけなのだ。
いかに自分が普段、直線と四角形の中で生きているのかを思い知らされる。
まっすぐに、正確に、角をたてずに、隙間を作らず、まっすぐに。

そういう人生は自身の心に安心と落ち着き、そして正確に決められたルールの中で、適切な地位と立ち位置などをもたらしてくれる。

けどね、けっこう、つまらないし、息苦しい。

だから、いつだって斜めに構えてナナメって、突き刺さるくらいの角度でカクバって、そうやって生きてたいと思って、そうやって生きてきたはずなのに、いつのまにか斜線と三角形に違和感を感じてしまうくらいに、どこまでも直線的で、四角形の世界に慣れすぎて、あやうくその一部になりそうだった自分に気づいた。

性的な世界観が好み

外観の世界観が好きすぎて思わず足を踏み入れてしまった、アートを楽しみながらお風呂に入ることができる、直島銭湯「I♡湯」
外観だけではなく、中もとっても素敵な空間だった。

性的な表現や、エロスみたいなものに対して、閉ざされている、触れてはいけないものとして、ときに差別的な目線さえ注がれる国、日本。
そんな、少し性に対して、いやらしい、きたならしいみたいな考え方に私はずっと違和感を持っていて、だからこそ、性をアートだったり、美しいものとして扱っている空間や表現にフェチがある。
まさに、そんな空間だった。中はいやらしい、というよりは色っぽい、艶かしく色気のある空間で、けれど別に露骨すぎるではない、一歩間違えればみたいなスレスレのところで、日本の性の概念にチャレンジングしていて興奮した。
こういう空間がもっと日本に広がって、差別とかなくなればいいのになってシンプルに思う。


アートたちに囲まれて

こんなにアートについて、感じたことを力説してみたけれど、私は正直言って、芸術とかそういったものに対して、感度が高いわけでも、いわゆる通なわけでも、センスがあるわけでもまったくない。ちなみに優等生だった中学生時代、オール5を逃した原因は美術の3だった。

こんなことを言ったら失礼かもしれないが、そんな自分にもできるかもって、アートたちに背中を押されているように感じるのは私だけだろうか。
正直、めぐりあったアートの意味は結構わからなかった。なんでこんなものが人々を魅了するんだろうって。けど、そうやって、最初は受け入れられなかったものが、いろんな角度で異なり続けて、戦い続けた過程と結果がそこにはあって、何が刺さるかわからない、けれどそこまで続けてみないとわからないみたいな、芸術の面白さみたいな、人生の楽しみ方みたいな。
そうゆう芸術に定期的に触れていきたいなって思った。

空をあおいで、昼寝して

夕方に予約していたBBQまで、少し時間があったので、海を見ながらなおちゃんとベンチに腰かけた。夜行バス明けで朝早かったし、とんでもない暑さだったし、その中をずっと歩いたりしていたせいで、結構疲れていたらしい。2人とも座っていられなくて、ベンチに寝そべって空を見上げた。

「こんな風に空見上げたのいつぶりだろう。」
「学生の頃から一緒だったじゃんね。ぼうっとできないの。」
「そう、ずっとさ、ぐるぐる頭がフル回転。疲れてることにさえ気づかないんだよね。」
「そうそう、眠るときぐらいだよね、何も考えてないの。意識してほんとちゃんと適度に休まないと。」
「うん、休まないとだね。考えすぎてショートしちゃうもん。」

見上げた松の木には、まつぼっくりがひしめき合っていて、雲のまだら模様がゆっくりと形を変えながら流れていた。いつのまにかなおちゃんとの会話が途絶えた。
心地よい波音を聞きながら、幸せな眠りに落ちていった。


お腹がすいて、お腹いっぱいに食べて

お待ちかねのBBQの時間になった。久しぶりに1日中動き回ったおかげで、驚くほどにお腹が減っていた。
とりあえず、島ビールを注文して、乾杯する。時刻は18時。働いているときのことを考えたら、罪に値するくらいの時間帯だった。

島ビールのパッケージがかわいかったのでパシャリ。そして右端にわざと、お兄さんの背中を入れた。いい筋肉をしたお兄さんの背中は、ビールのおいしさをさらに引き立ててくれた。
おいしいお肉に、野菜に、バター焼きに、アヒージョに、そして白ごはんまで、がっつりと食べた。白ごはんに至っては3杯もおかわりした。

「ねぇ、自分でもびっくりするくらい今日食べてる。普段、白ごはんなんてまったく入らないのに。」
「思ってたけどさ、結構やせたじゃんね。やっぱストレス?」
「そうかも。それなりにすごく体力使う仕事だったし、だからそれでやせてるのかと思ってたけど、今思った。私ストレスで、食欲落ちてたんだね。数日前辞めたばっかりだけど、今日ちゃんとお腹すいて、今ちゃんとごはん食べてる。」
「またあとから気づいてる。ちゃんと自分自身を労わらなきゃだめだよ。やせたなって思ったし、疲れてるなって思ってたよ。」
「やっぱり。ほんとすり減らしがちなんだよね。」
「わかるよ。けど、そういうときこそ、まず栄養とらなきゃ。休むとかの前に、たらふく食べてさ、エネルギーチャージだよ。エネルギー切れしてたら、休みだって休みじゃなくなっちゃうよ。」
「そだね、ありがとう。」

私たちは黙々とBBQを進めた。おいしくて食べるのに夢中だった。お腹も心もいっぱいになった。
あとで確認すると、撮影したBBQの写真は、アヒージョが焼きあがる前のこの写真だけだった。いつもそうだった。おいしいものを目の前にするといつだって、写真をとることすら忘れて、私たちは夢中で食べていた。

「ねぇ、覚えてる?バイト終わりに一緒にラーメン食べに行ったとき。」
「あー、前話してたやつか、私全然記憶ないんだけどね。」
「お金ないけど、明日死ぬかもしれないし、スペシャルセットにしようって。メニューの金額見比べて結構な時間悩んでたのに、急に新しい方角から結論出す人はじめてみた。」
「言ってたね。けどその頻度高くて困るときあるけどね。」
「たしかに。頻度高すぎるのも考えものだね。ほんとにお金なくなっちゃう。でも社会人なってから、結構何回もその出来事に救われたことよ。ほんとに。今もそんなかんじかも。」
「それはお互い様だな。明日死ぬとかの極論の前に、なかなか気軽に会えなくなるからね、大人になると。」
「そうだね。」

夕暮れの海をながめて

私たちは、BBQを終えてしばらく、海をながめることにした。
夕方の19時をとうに過ぎているというのに、まだ空に赤色が残っている。

「あ~、お腹いっぱい。大満足だわ。そして島に住みたくなった。」
「それ今日ずっと言ってるよね。」
「うん、山にはもう住んだし、次は海の近くみたいなかんじある。波の音好きだし、それに島の住人の立場で、旅に来た人をさ、港のギリギリまで全力で走って涙ながらに見送るシーン再現してみたい。なおちゃんはない?」
「それはいいね。あるよ、いつかは島にってね。旦那さんが出身沖縄だから、ちょうどよくて、けど老後くらいかなとは思ってる。だから他のやりたいことを優先させよっかなってかんじ。」
「老後の立ち位置なんやね、島は。そういえば日本一周は?」
「しようと思ってたけどさ、今は違うかなとか思ってきてる。」
「前話してたときは、中東の旅か日本一周かで迷ってなかった?」
「あ、中東の旅も言ってたね。そうね、そっちも行きたいんだけどね。」
「うん。」
「結婚してさ、子ども産んだりとかして時間なくなる前に、いろんなとこ行ってみたくてさ、海外とか住んでみたら、自分の価値観変わるかなって思って、ワーホリとりあえず行ってみたけどさ、私は私のままだったわ。根っこの部分は全然変わらなかった。」
「そのようだね。今日1日いろいろなおちゃんを見渡してみたけど全然変わってない。なんというか、一言で表せないけど、やりたいことは全部やるみたいなかんじ。」
「そう、長年蓄積されてるんだよね。たぶん、小さい頃から、お父さんに、好きなことをやりなさい、って育てられたからさ。感謝してる。だからね、日本一周はどっちかというと、いろんな人に会って、また自分の価値観変わったり、新しい自分に出会えたりするのかなって思っての選択肢だったんだけど、海外に住んでも変わらなかったし、だから、その目的で行っても結局自分自身って変わらないだろうなって。」
「なるほどね。じゃあ、自分探しの旅みたいなのは終わったんだ。」
「終わったのかもね。けど、自分探しって形じゃなくて行きたいところはもうちょっとあるから、あと半年くらいはいろんなとこ行くわ。それにね、もう次は、旦那さんと一緒に住む家をどんな設計にするか考えてるんだ。」
「またまた、展開が早いね。」
「屋上作って、そこで今日みたいなBBQできるスペースつくりたくて、あと、図書室も作りたいんだよね。」
「書斎じゃなくて、図書室?」
「うん、図書室。」
「そっか、いいね。やっぱりなおちゃんはなおちゃんだ。」

それからまた、いろんな話をして、気が付いたら日が暮れてて、かぼちゃがライトアップされていた。夜のかぼちゃはお昼よりも、なんだか輝いて見えた気がして、私は夜の方が好きだった。

ゲルで眠って、朝がきて

私たちが宿として選んだつつじ荘では、モンゴルのゲルが置いてあって、私たちはそこに泊まった。まるで、本当にモンゴルにいるみたいな、ちょっとした異国体験みたいだった。

2人ともお風呂に入って、また、お酒を呑んで、いつの間にかぐっすりと眠っていた。

そして朝7時半、意外にも、早くに目が覚めた。そこまで早く寝たわけでもないのに、寝足りないみたいな感覚はなくて、目がシャキッと冴えて、身体も気だるい感じはなくて、しっかり充電されている。朝から何か音がするなと思ったら、それは波の音だった。

トイレと歯磨きを済ませようとゲルの外に出て、洗面所に向かう。
隣のゲルに泊まっていたおそらくヨーロッパ系の観光客のお姉さんが、外のテーブルで洋書を読んでいた。結構分厚めの本だった。朝から読書。そんな心の余裕なんて、ずっと前からなかった。

身支度を済ませて、朝の海を見に海辺へ行く。小学生くらいの男の子が2人、朝っぱらから、魚を捕まえようと奮闘していた。

「ねね、昨日残してたシュークリーム、一緒に食べよ。」
「うん、ありがとう。朝ごはんだね。」

なおちゃんと2人、海辺においてある椅子に座ってシュークリームを食べた。魚を捕まえている2人の男の子のうち、1人の名前は吉原くんというらしいことがわかった。一度短いコミュニケーションをとったあと、また2人はそれぞれの形で、黙々と魚を捕まえはじめた。
頭脳派の吉原くんは、海に浮かんだプラスチックの島の上で、どこで収集してきたのか、細い糸の先にエサを付けて、海に垂らして、魚がくるのをひたすらじっと待っている。
体育会系の吉原くんじゃない方は、見た目からして結構がっちりしていて、魚とり網を持って、とにかく海辺を歩いて力技で魚を取ろうとしている。

「頭脳派の吉原くんと、体育会系の吉原くんじゃないほう、どっちがタイプ?」
「うーん、体育会系の方かな。」
「わかる、タイプ昔から一緒だよね。」
「うん、ちょっとお馬鹿さんなかんじ好きだったよね、お互い。」

しばらくして、あまりにも魚が取れなさすぎたのか、2人は協力して、作戦を立てはじめた。最初は、網と釣り糸の道具を取り替えて、チャレンジしてみたり、場所を変えてみたり。赤の他人の私たちから見ても、明らかに2人の性格もタイプも違うのに、仲良しみたいで、どっちが魚をとるかを競うというより、一緒に捕まえようと協力するかんじがかわいらしくて、ほほえましかった。

「ねぇ、なおちゃん、私さ、無職になってすぐ、今回なおちゃんと直島来れてよかったわ。」
「急にどうしたん。」
「いや、私さ、ちょっと自分が今計画してること終わったらさ、普通にすぐ再就職手当とかもらうために早めにまた、仕事はじめようとか思ってたんだけど、辞めた。すぐに進路決めすぎないことにする。とりあえずギリギリまで失業手当もらおうかなって。」
「いいと思うよ。人生の夏休み。」
「そう、人生の夏休み。さっきさ思ったんだ。隣のゲルの人、朝起きてさ、時間も気にせず、外で波の音聞きながら読書するなんて別世界の人みたいで。同じ世界でさ、同じ時間を与えられてるはずなのに、毎日私なんでこんなに焦って、急いでるんだろうって。」
「わかる。性分なんだろうけどね、私たちの。じっとしてられないというか。でもね、私は先にもう半年くらい前から休職して、だいぶお休み期間過ごしてるけどさ、途中から気づいたんだよ。もっと予定減らそうって。減らそうっていうか余裕持とうって。」
「余裕?」
「そう、ほら、休みだからって暇になるの嫌だからさ、ずっと詰め詰めで予定入れてたの。そしたらさ、ふと気になった景色とか、ふと仲良くなった人とか、そういうふとした瞬間の新しい風みたいなのが全然入ってこなくてさ、何のために休んでるのかわかんなくなったんだよね。だから今は、できる限り、急に自分が何かに興味を持ったときに身軽に動けるように、きっちりとは予定入れないようにしてる。」
「なるほどね、すごく腑に落ちたわ。余裕ね、大切にする。」
「ほんとに自分の好きなこと、やりたいことに時間使わなきゃね。」
「そだね、すっかり忘れてたわ。ありがとう。」

2人の男の子は、まだ、目の前で魚とりに熱中していた。
とりあえず、釣り糸を垂らす方が効率的だと判断したらしい。2人で交代しながら、釣り糸を垂らす作戦を実行しはじめていた。

私となおちゃんも学生の頃から、熱中しているものの方向性はよく似ていた。彼らの魚とりみたいに。あと、基本的な性格の部分とか、好きな異性のタイプも。
けど、生き方とか、慎重さとか、フットワークの軽さとか、そういったいくつかの点では、全然違う。
けどそういった全然違うところから、新しい気づきを得ることも多かった。この2人の男の子みたいに。
あぁ、だからずっと一緒にいたんだなって、なんとなく納得できた気がした。

次会うときは、春島で

「ねぇ、ほんとに会えてよかったわ。ありがとう。」
先に帰るなおちゃんをバス停で見送ることにした。
「うん、こちらこそ、やっぱりさ、同じ価値観とか考えが近くて理解し合える友人の存在って大切じゃんね。」
「うん、それは間違いないわ。今度さ、いつ会えるかわからないけど、もし会えたら、もしあったらだけど、春島に行くの付き合って。自分の名前の島行ってみたい。」
「いいよ。いつになるかわからないけど。けどたぶんまたきっと会える。」
「それじゃ、気をつけて。」

ひらひらと手を振って、私たちはそれぞれの人生に戻ることになった。
旅にくる直前まで、心の中に渦巻いていた、不安とか、怖さみたいなのが、不思議とすうっと消えていた。

きっと、探していたものが手に入ったのだと思う。なにが、と言われたら、簡潔に答えることはできない。

けれど、ずっと見つかりにくかった私のおさがしものは、なおちゃんと、彼女の名前をした島への旅の中にちゃんとあったみたいだ。

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