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自由な空は、ほんの少し苦い。

そのお店は、商店街の曲がり角にひっそりと建っていた。ガラス窓に張られた手製の紙に並ぶ不揃いな文字。そこには、こう書かれていた。

『雑貨、焼き物、お安くなっています』

”お安くなっています”の文字と、ほの暗い店内に惹かれた。このときの私はお金に余裕がなく、明る過ぎる場所に意気揚々と入れるほど元気なわけでもなかった。

押し扉を開けると、カラン、と乾いた音がした。
「いらっしゃいませ」
レジ奥の小部屋のなかから、穏やかな声が聞こえた。暖簾をくぐってひょいと顔を覗かせた店主は、そっと微笑みながら「ゆっくり見て行ってくださいね」と声をかけてくれた。そうして、またすぐに店の奥に引っ込んだ。その背中を見ながら、私はホッと胸を撫で下ろしていた。
商品を手に取るたびにお薦めポイントを熱く語ってくれる販売員さんがいる場合、私は逃げるようにその店を後にしてしまう。向こうも仕事なのだから仕方ないのだと分かっている。売上ノルマがあるのかもしれないし、店の教育方針でそのように指示されているのかもしれない。そう分かりながらも、どうしてもその強引な売り方が生理的に受け付けない。気になったものを手に取ってじっくり眺める。その時間は、誰にも何も話しかけてほしくない。どの部分に惹かれたか、どの部分が好きか、それは自分で決めたい。外側から入ってきた情報で、その商品の価値を決めたくない。

店内にはゆったりとしたピアノ曲が流れていた。耳馴染みのある曲だと思ったら、ジブリ作品の主題歌だった。歌詞のない曲を流しているところも、とても良かった。歌詞の言葉に感情を左右されなくて済む。

要するに私は、いちいち小さなことに心をぐらつかせる面倒くさい人間だった。


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