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離しても離しても繋がるものと、二度と出会えない手のひら。

からからに乾いた田んぼに水が張られ、青々とした苗が植え付けられる。その苗がぐんぐんと育ち、稲穂の先にぷっくりとした米の粒が実り始めている。田んぼの景色はそのまま、季節の移ろいでもある。

旦那との別居を決めてアパートに越してきた当初、夜になると部屋に暖房を付けていた。1階の住まいなので、ひんやりと冷たい空気が床下から流れてくる。その寒さに末端冷え性である私の足先は、わかりやすく固まった。古傷がかすかに痛む。寒さと気圧はいつだって、昔痛めたあれこれを容赦なく責め苛む。こたつを買おうか、ずっと悩んでいた。でももうすぐ温かくなるし今はあるもので凌ごうと思い直し、足先に毛布を巻き付けて冷え込む夜をやり過ごした。
今は反対に、冷房を付けて過ごす夜もある。冬の終わりから春へ。そして夏本番まであと少しというところまで季節が流れた。


アパートの裏のあぜ道を、散歩中の親子が通る。

「夏休み、もうすぐだね」
「そうだね」
「でも今年は、どこにも行けないね」
「そうだねぇ…」

はしゃぐような声から段々とトーンダウンしていくその様は、おそらく世界共通で見られている光景だろう。我が家とて例外ではない。

「プールに行きたい」
「友だちとバーベキューをしたい」
「旅行に行きたい」
「飛行機に乗りたい」
「試合がしたい」

叶えてやりたい願いばかりなのに、叶えることが正しいのか間違っているのか、いつもわからなくなる。情報が錯綜していて、どれが真実なのかがわからない。

別居当初から始まっていた感染症問題は、田んぼの稲が実り始めた今になっても相変わらず世界中を騒がせている。


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