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お手本は自転車屋さん

家から10分弱歩いたところに、自転車屋さんがある。チェーン店じゃなくて、お兄さんが一人でやっている、こぢんまりとしたお店だ。

店先には「空気入れ無料」と「クリーニング無料」の看板。自転車の種類は少なめ。

そのお店から500mくらい離れた場所に、既に大きな自転車屋さんがあったので、できたばかりの頃は「すぐつぶれそう」と思っていた。(ごめんなさい……)

けれど、その店の前を通ると、たいてい誰かしらお客さんがいる。まさに地元密着型。いい感じにこの場所に溶け込んでいた。

***

ある日、自転車でATMの記帳しに出かけたとき、ふとタイヤがペコペコなのを思い出した。

ちょっと前に自分で空気を入れたんだけど、うまくできていなかったみたい。

外に出たついでに、空気入れをお願いしようか。無料だし……。

でも、迷う。だってその他に用がないから。お金を払わず空気だけ入れてもらうのは、何だか気が引ける。

たとえば、コンビニでトイレだけ借りるのが申し訳なくて、買う予定のないお菓子をレジに持って行っちゃうとか、そういう感じ。

だけど、小さなモヤモヤを引きずるのは精神衛生状よくないよね……。

よし!

申し訳なさそうな雰囲気を意識しながら、「すみませーん。タイヤの空気入れてもらっていいですかー?」と店の外から声をかける。

すると、店内にいたお兄さんは嫌な顔せず、「外で入れるので、そこにいてもらって大丈夫ですよー」と、何とも爽やか。ちょっと安心した。

***

地面の近くから「シューッ」という、勢いのよい音がかすかに聞こえる。

さすがプロ。一瞬でタイヤに空気が入った。まるで自転車が喜んでいるみたい。何だか私まで嬉しくなって、ついでに普段気になっている素朴な疑問を投げかけてみた。

「電動自転車の寿命って何年くらいですか?バッテリーは5年程度で劣化するから、そのタイミングで自転車も買い替えるのがいいって、聞いたんですけど……」と。

「寿命はあってないようなものですよ。チェーン店だと、営業目的で5年が買い替えの目安って言う場合もありますけど、実際はもっと長く使えます」という言葉を聞いて、

「このバッテリーって、あとどれくらい使えそうですかね?」と私がたずねると、

すぐに「バッテリーの寿命、今確認してみましょうか?」と言って、お兄さんはバッテリーを持って店の中に入って行った。

戻ってくると「うん。3分の1程度しか減ってないから、まだまだ乗れますよ」と、明るく教えてくれた。

「何て正直なんだろう。チェーン店のように寿命が5年って言えば、近い将来の売り上げになるかもしれないのに……」と、心の中でつぶやく。

すると「うちではお客さんに、本当のことしか伝えないようにしているんです」と言われてびっくり!え、まさか人の心の中読めるんですか?

もっとお金もらわなくていいの?
お兄さん、ちゃんと食べていける?大丈夫?

すべて余計なお世話なんだけど、そう思わずにはいられなかった。

何ともお客さん目線の自転車屋さん。少しでも貢献したくて「このチャイルドシート、今外せます?子供が大きくなって、もう乗らないので」と提案してみた。

「もちろん!300円かかるけど、いいですか?」とお兄さん。

(えええーー!!300円だけ!!?)

もう少し貢献できると思っていたので、予想外だった。でもせっかくなので、チャイルドシートを外してもらい、100円玉3枚を渡す。

「この自転車、ちゃんとしたメーカーさんのだし、タイヤにカバーもついているからまだまだ乗れますよ。ただ、ブレーキが効きにくくなっているから、交換をおすすめします。ちなみに料金は3800円で、時間は15分くらいあればできるので、またお時間あるときに、ぜひ」

なるほど。これが、このお店の営業かあ……。思わず感心してしまう。

***

しっかり空気が入ったタイヤ。チャイルドシートがなくなり、すっきりした車体。自転車屋さんからの帰り道、ペダルをこぐ足だけでなく、心も軽くなっていることに気付いた。

「何だかとてもいい時間だったなあ」と、すごく満たされている。

そして「今度から自転車に何かトラブルがあったら、あのお店にお願いしよう」と静かに誓う。

目先の利益ではなく、今目の前にいるお客さんを大切にする。その結果、いつか自分のもとへ返ってくる……これぞ「ギブ」の極み。

ギブを実際に体験してみて、ものすごく、しっくりきた。

そして

小さな自転車屋さんが教えてくれたマインドは、今日も仕事をする上で、私の軸になっている。

#この経験に学べ

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