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「今の私は何かがおかしい」って、 もう少し言わせてもらうことにした


どうやら、適応障害が再発したらしい。
深夜2:30、モンキー47のドライジンを片手に良い気持ちでこのエッセイを書いている。
(良い気持ちで書くトピックなのかというのは疑問だけれど)

別に気合を入れて書く必要はないのだけど、ここまで気合を入れずに書いたnoteは初めてかもしれない。

以前、適応障害と診断されたときの話を(真面目に)noteに書いた。

適応障害はうつ病等とは違って、ストレスの原因が明確な分、ストレスから離れたり、折り合いが付けられる(適応できる)ようになると回復しやすいらしい。

私も少し仕事でお休みをもらい、過活動的だったライフスタイルを見直し、大切な友人たちにも会うのをしばらく控えて、毎日穏やかに過ごしていたら、すっかり元気になった。

はずだった。


最初に気配が見え始めていたのは6月初旬。

何を食べても美味しいと思えず、食欲がなくなってしまったのが最初の自覚症状。

動悸が気になるようになり、ふとApple Watchの記録を見たら、ある朝の寝起き1時間の心拍数があまりにも高くて驚いてしまった。 

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寝起きとは思えない驚きの数値。

夜眠れなかったり、異様に日中眠くなったりを繰り返す頃には「これはおかしいぞ」と気付いて、念のため病院に行ってみることにした。

思い当たるふしはいくつかあった。
仕事も、勉強も、プライベートも思い悩むことが多い時期だった。

前回適応障害と診断されたときもいろんなことが積み重なっていたな、そのときとよく似ているなあ、なんて思っていたら、『適応障害が再発していますね。悪化しないうちに服薬し始めた方が良いと思いますよ。』と言われてしまった。

そう勧められた時点で大人しく薬を飲めば良かったのだけど、薬を飲む必要があるほど良くない方向に向かっているとは、そのときは思わなかった。
服薬を抵抗した私は、折衷案としてしばらく漢方を飲むことになる。

あとで大後悔するとも知らずに・・・


結局、数週間の間に症状はどんどん悪化し、バランスを保っていた何かがぷつりと切れて、酷く人を傷つける暴言を吐いてしまった。

本当に、またしても取り返しのつかないことを言ってしまった。




これは一刻も早く病院に行かなければ、と思い翌日病院へ行った。
さすがに2回目。動悸も、浮き沈みの激しい気持ちも、待っているだけでは治らないと学んでいたのだ。

『他人の言動にあまりにも過敏になっているね、辛いよね。過敏さを和らげる薬を出しましょうね。』

そう言って処方された薬を飲んで思うことは、「なぜ薬を飲むのを抵抗したのか」ということ。
服薬し始めてから、それくらい楽になったのだ。集中力も気分も睡眠も安定して、自分らしい自分を取り戻しはじめた。


今では体調不良のビックウェーブが訪れたときだけ頓服的に薬を使うようになったけれど、効果的な対処方法を知っているだけでも精神的に相当楽だと感じる。
お守りみたいなものかもしれない。



適応障害と診断されるのは今回で2回目だったので、医者だけでなく友人も頼りにしてみることにした。

もはや経験を活かしたレポ風の試みというか、試せるものは全部試す、ただでは起き上がらない、みたいな心境である。

何でも話せる唯一無二の友人にまずは話をしてみた。

『今の自分は、通常の自分と違って何かがおかしいってちゃんと認めた方がいい。それで本来の自分の姿に整えていった方がいいと思う。』

『一人で考え続けると思考が偏るから、他人に話をした方が楽になるんじゃないかな。』

『本当につらいときに頼って離れていく友達なら、それはそれで良いじゃないか。とりあえず通常の状態じゃないんだってことも含めて伝えてみたらどうかなと思う。』


フム、そうか。

そう思って、他に4人の友人たちに話を聞いてもらうことにした。

辛いときは薬を飲んでいる、と言ったら腫れ物に触れるような扱いになるんじゃないか、
人を傷つける暴言を吐いてしまったことを話したら絶句されるのではないか、
まとまりのない泣き言に辟易されてしまうんじゃないか。

そう思っていたけれど、友人たちは思っていた以上にどっしりと構えていて、薬の話も、泣き言にも、人格を疑うような暴言の話にも動じることはなかった。少なくとも私の目には動じていないように見えた。

それどころか、思ったよりも共感的な意見や、現実的に実践できそうなアドバイスをもらえて、驚いてしまった。


何だか私は人に頼ることに罪悪感や抵抗感を抱きすぎていたし、恥ずかしながら自分の経験や感情を特別扱いしすぎていた気がする。

それに、一時的に通常の自分と違う、いつもより見苦しい自分になってしまうというのは、程度の差こそあれ誰しも経験することかもしれない。

私は度が過ぎているけれど・・・

そう思ったら、気持ちがふわっと楽になってきた。



私はきっと、まだ “本来のわたし” ではない。

油断してもう大丈夫、回復したよ!と言いたくなるけれど、何かがまだ少しおかしい気もする。

だけど今の状態から一生治らないわけでも、自分の経験や感情が他の誰にも経験がなく理解されない、ということもきっとない。

大切な人たちがいて、大切にすべきものがあるから、ちゃんと回復したい。

ちゃんと回復したいから、今の私はまだ何かがおかしいって、もう少しだけ言わせてもらおう。




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