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『真夜中の五分前』                           第2回 お帰り、…

  ―深掘り考察記事です
  ―おもいきりネタバレしますのでご注意ください


戻ってきたのがルオランなら、良との仲が復活してくれたらいいなと思う。電動バイクにルオランを乗せ走る良のうれしそうな顔、ことばを教え合うふたりの楽しそうなやり取り、そんな姿をまた見ることができたらいいのに、と思う。
だが、そうはならないだろう。
ティエンルンとの関係が壊れたからといって、良と撚りを戻そうなどという考えはルオランの心の中にはないだろう。もしあったとしても、それは彼女自身が許さないと思う。良を騙していた自分がそんなことを望んでいいはずがない、と。
生き残ったのがルオランだとしても良の元へはもう戻れない。


証拠探しをやめて、姉妹の心の中から探ってみようと手段を変更したら、それまでの考えが変わってしまった。
生き残ったのはルオランではない。ルーメイだ。
でも証明することができない。証拠となるべきものがなにひとつ提示されていないのだから。
では、なぜルーメイだと思うのか。
それは、ルオランがルーメイのふりをして良を騙しているというのがイヤなのである。
プールで溺れたことやベッドの上での良とのやり取りが演技だと思いたくない。この物語がそういうものであってほしくない。愛のあふれる、明日の見える話だと思いたい。ただそれだけ。
イヤなのは嘘があるという一点。
観た人が結末を考えていいというなら私はそちらを選ぶ。彼女はルーメイだと。      

最初に観たとき、生き残ったのはルオランだとなぜあれほど確信したのだろう。
予告や記事でサスペンスだ、ミステリーだと吹き込まれ、なにかが起きるものとして観てしまったのではないだろうか。疑り深い自分自身の性格も関係しているだろう。
双子の姉妹が入れ代わる映像をなんども繰り返し見せられたせいもあるかもしれない。それによって、この2人は入れ代わったのだと脳に刷り込まれたのではないか。
そしてティエンルンのあのまなざしだ。
彼の冷たく射るような目が頭から離れない。ついその気持ちに同化してルーメイを疑いの目で見てしまう。すると確かにルオランに見えてくる。もの静かな話し方、落ち着いた雰囲気はやはりルオランだと。
しかし、ルオランはルーメイになりたいのだから、本当はルーメイっぽく見せるはずではないか。それなのに頭が混乱し、すっかり惑わされてしまったようだ。
私の考えは決まった。生き残ったのはルーメイだ。

ルオランの本当の気持ち

ルーメイになる決意をしたルオランは、ティエンルンにもらった服を着て良に会い、心の中で別れを告げた。けれどモーリシャスの明るい空の下でその考えは消えていった。双子に生まれてよかったという気持ちが心の底から湧いてきた。
そして腕時計を正しい時刻に合わせてみた。
すると新しい世界が開けたような、そんな気がした。それは良と別れたいという気持ちなのではなく、前の彼女のことは忘れて、生まれ変わった新しい私と今を一緒に生きて欲しいという願いだった。手紙に書いたことは嘘ではない。
教会でルーメイの幸せを真剣に祈ったルオランはロザリオを目にしたとき、これが必要になるのではないかと感じた。不吉な予感があったのかもしれない。
どうしても手に入れなければ、と強く思った。だから良からもらった大切な腕時計を代わりに置いた。戻ってきてまた取り替えればいいとそう思った。
だが、悲しいことに予感は当たってしまった。船に乗るとき首に掛けてあげたそのロザリオが、泳げない妹ルーメイの命を救った。
ルーメイになりたいなんて思ったからバチがあたった、とルオランは最後にそう思ったかもしれない。

ルーメイの本当の気持ち
ルーメイはルオランが興味を示したことに興味を持つ。そして対抗するように同じものを手に入れる。服も靴も仕事も、そして男性さえも。
それはルオランへの嫉妬だろう。劣等感の裏返しとも言えるかもしれない。
私が手に入れる、私のほうがずっとふさわしい。
ルオランから声をかけたと知って良に興味を持つ。ルーメイには職業も知らずに人を好きになる良が新鮮だった。そして、きれいな泳ぎに魅かれたという良のことばでルオランに嫉妬する。
2人ともカナヅチだったのに、泳げるようになっていたのも知らないし、良を見い出したことも悔しい。なんでもわかりあえていると思っていたのに、知らないことがあるのを初めて知った。
2人はお互いに嫉妬しているのだ。ルオランはルーメイの奔放さに。ルーメイはルオランの聡明さに。

ルーメイは良の5分遅れの時計の話をルオランから聞いて知っていた。
だから1年後、良が会いにきて置時計の時刻を確認するのを見たとき、良も自分を疑っているのかもしれないとそう感じたのだろう。
ひとり、部屋で悩むルーメイ。
だがルーメイは、自分がルオランなのかもしれないと悩んでいるのではない。自分はルーメイなのに、他人からルオランだと思われることに戸惑い、不安になっているのだ。
自分が自分であることを証明するのはとてもむずかしい。他人が認めない限り、自分は自分であることができない。
モーリシャスを再び訪れ、祭壇に置かれた腕時計を見てルオランの真実に気がついたルーメイは、腕時計を良のもとに返す。午前零時の鐘の音に振り返るルーメイ。その顔に不安の影はもう見えない。

ティエンルンという男
ティエンルンは、いったいなにに怒っているのだろう。
自分の知っているルーメイではないし、世間が思っているルーメイともちがう。それが許せない。
ましてや自分を騙しているかもしれない人物を許すことなどできない。それが一度は心も体も許したルオランであったとしてもだ。
順調に進んできた人生に傷がつくことを恐れているのかもしれない。
ティエンルンの愛は打算的。フリーライターのルオランではなく、世間受けの良いモデルで女優のルーメイを伴侶に選んだ。
「別人のよう」と監督に言われて疑念が生まれ、どんどん膨らみ抑えきれなくなる。他人に言われてそう思うようになる。他人の価値判断で人を見る。そしてそれが崩れたときに受け入れることができない。
一度湧き上がった疑いを拭い去るのはとてもむずかしい。疑惑を感じてしまうとその目で見てしまうから。すると、ますますそのように見えてくる。そしてそこから抜け出すことができなくなる。
ティエンルンには事故後のルーメイのありさまが理解できない。どれほどのショックを受けているかを思いやることができない。自分が疑うことでさらに苦しめていることに思いが至らない。
「最初からルーメイを愛してはいなかった」ということばは真実なのだろう。彼はルーメイという周囲が作り上げた人物像を愛していただけなのだから。

良の気持ち
またひとりになってしまった。
時計を修理しプールに通うだけの毎日。同じことを繰り返す異国での再びの日常。
1年後、ティエンルンに頼まれてルーメイを訪ねることになるが、ドアベルを押すのさえも気が重い。
ドアが開いて出てきた彼女を見てルオランかと思った。静かに話す様子もルオランのようだ。
だから置時計が鳴ったときは、思わず時刻を確認してしまった。
だがそんなはずはない。ルオランがルーメイのふりをしているはずがない。それを認めてしまったらルオランの愛を疑うことになる。自分だってみじめだ。彼女はルーメイだと自分に言い聞かせ、ティエンルンにも強くそう言い放った。
怒りが込み上げる。もうルオランのことを思い出させないでほしい。
ある日、プールで溺れそうになったルーメイを助けた。ティエンルンは出ていったという。
時計店に連れて帰ると、彼女はルオランと同じように老店主と朝食の準備をし、ルオランと同じように時計の音が好きだと話す。ブランコから落ちた傷あとを見せて落ちたのは私と言うけれど、それはルオランも言っていたことだ。
ティエンルンの言うように彼女はルオランなのだろうか。わからなくなってしまった…
それでも、寝顔を見ていると深い哀しみが伝わってくる。
「独りにしないで」と言う目の前の女性を愛おしく思い始めている。どちらなのかわからないけれど、湧いてきたその感情を抑えることができない。

どうしたらいいかわからなくなり、ティエンルンの仕事先まで相談に行くが、巻き込まないでくれと冷たくあしらわれてしまった。
帰るとルーメイがいない。出ていったという。どうしよう、自分が疑ったせいだ。
彼女がルーメイであろうとルオランであろうと、どちらでもかまわない。重要なのはそういうことではない。目の前にいるその人を、そのまままっすぐ受け入れればいいんだ。そう思うようになった。
だからお願いだ。帰ってきてほしい。
いつ戻ってきてもいいようにベッドを整え、店の入り口も鍵をかけずに開けてあるから。
僕はいつでも迎えに出られるよう、着替えずに靴も履いたままソファで眠るよ。
    ⏱

階下でかすかな音がする。降りていくと机の上に腕時計が置いてある。
ルオランに贈った時計じゃないか。やっぱり彼女はルオランだったんだ! 
ルオランが帰ってきた!
うれしさが込み上げ、その時計をつかんであわてて外に飛び出した。
歩いていく後ろ姿を見つけて「ルオラン!」と声をかけようとしたそのとき、午前零時を知らせる鐘がいっせいに鳴り響く。
思わず手にした腕時計を見ると、それは零時ちょうどを指している。
5分遅れていない! ならばルオランではないのか。
こちらを振り向いた彼女に僕は呼びかけた。
「お帰り、ル…」
                            〈つづく〉

<春馬くん応援宣言>
春馬くんのこれまでの旅路とこれからの長い旅を応援していこう
まだ会っていない人が春馬くんと出会えるよう
世の中が春馬くんを忘れてしまわぬよう
そのきっかけとなれるように祈りを込めて

@マンゴの“ちょいと深掘り”-三浦春馬出演作品を観る⑨
『真夜中の五分前』第2回 お帰り、…
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