見出し画像

短編小説:十六円の問題

予告していたので短編小説掲載しようと思います。
絵師さんが練習がてらスケッチするような感じで軽く書いたものや、
実験的に書いてみたものも載せてしまおうかなと思っています。

今回書いたものは、同じシチュエーションで年齢の異なる登場人物が
それぞれどう反応するかを練習がてら書いたものです。
総文字数約2500字。

-------------------------------------------------------------

Pattern A:心咲(16)の場合

 午後六時前、近所のスーパーマーケットのレジコーナーでのことだった。

 彼は、レジ台の上に駄菓子とみたらし団子のパック、そして百円玉を二枚置いた。

 小学二、三年生と思しきその少年は、こんがり焼けた肌にオレンジ色のタンクトップを着、くりんとした坊主頭をしていた。こんがりした肌の中で眼球の白目がよく動き、レジを打つバイトの女性の背中や空っぽのレジカゴを見、前述のものを載せたレジ台に自分の半身も載せてゴム靴を履いた細い足をぶらぶらとさせている。ご機嫌な犬のしっぽみたいだ。

 たくさんのアイスをカゴに突っ込んでいた私は、その少年の後ろに並びつつ、こんな風にピュアだったあの頃を遠い目で眺めるような気持ちになる。たった二百円でこんなにわくわくドキドキできるんだから、なんて幸せなんだろう。失恋の腹いせに、バイト代をアイスクリームに溶かそうとしている私のなんと汚れてしまったことか。

 レジが進んで少年の順番が回ってきた。駄菓子とみたらし団子のバーコードが読み取られるピッという音が響く。

 だが、事件はそこで起こった。

 表示された金額を見て、すでに会計皿に二百円を置いていた少年は目を丸くする。

 お会計金額の合計は二一六円。あぁ、消費税を計算してなかったのね。

 レジの女性が何を言ったのかははっきり聞き取れなかったけど、「お金が足りません」とかそんなところだろう。かわいそうに、少年からはさっきまでのご機嫌な様子は消え失せ、まるで罪でも犯してしまったかのような強ばった顔になっている。

 私は自分の財布から十円玉、五円玉、一円玉を一枚ずつ取り出して会計皿に置いた。

「どうぞ」

 たった十六円で少年が幸せになれるのなら出してあげようじゃないか。好きだった先輩が実は親友と付き合ってた、なんてベタだけどどうしようもなく心がささくれ立ってしまう失恋をした私に、その幸せを一ミリくらい分けてくれればそれで十分だ。

 なのに、少年は私をひと睨みするとレジ台から背を向けて駆け出した。

「二百円!」

 レジの女性が追いかけて百円玉二枚を返すと、少年は今度こそ走り去った。レジに戻ってきた女性は少年が置いていった駄菓子とみたらし団子をカゴに入れてレジの足もとに避け、私はきまり悪い思いで肩をすくめて十六円を財布に戻す。

 たった十六円、されど十六円。時給九〇〇円のアルバイトをしている私と少年では十六円の重みが違う、そのことに遅れて気がついた。私にも私の事情があるように、少年にも少年の事情もプライドもある。

「お待たせしましたー」

 アイスクリームでいっぱいのカゴを引き寄せ、女性は何事もなかったかのように私に声をかける。すっかりアイスクリームの気分じゃなくなってしまったけれど、やっぱりいりませんとは言えず、ピ、ピ、と音を立ててバーコードを読まれていくアイスを黙って目で追った。

 幸せを分けてもらおうなんて二度と思うもんか。


Pattern B:有佳子(32)の場合

 午後六時前、近所のスーパーマーケットのレジコーナーでのことだった。

 彼は、レジ台の上に駄菓子とみたらし団子のパック、そして百円玉を二枚置いた。

 小学二、三年生くらいのその少年は、よく日焼けした小麦色の肌に橙色のタンクトップを着ていて、お味噌のCMに出られそうな坊主頭だった。丸い目を左右に落ち着きなく動かし、レジを打つ大学生であろう女性の背中や空っぽのレジカゴを見つつ、レジ台に上半身を乗せて待ちきれませんと言わんばかりに細い足をぶらぶらとさせている。握りしめた二百円の小遣いで、ここぞとばかりに甘いものを手に入れてやろうという算段だろう。

 欲望の赴くままにたくさんのアイスをカゴに突っ込んでいた私は、その少年の後ろに並びつつ、自分にも遠い昔にこんな時代があったなぁなどと思い起こす。小学生の頃といえば、お小遣いが五百円にも満たなかったこともあった。駄菓子屋で売っている十円のキャンディーを一つ買うのにだって周到な計画と計算が必要だ。二百円分の買いものとなれば、さぞかしドキドキすることだろう。

 レジが進み、いよいよ少年の順番が回ってくる。駄菓子とみたらし団子のバーコードが読み取られ、少年が心の中で万歳したのが目に見えるようだった。

 だが、事件はそこで起こった。

 少年は目を丸くした。表示されたお会計は二一六円だが、少年が会計皿に載せた小銭は二百円ぽっきりだ。少年はどうやら消費税の計算ができていなかったらしい。このスーパーの値札は基本的に大きく書かれているのは税抜き価格で、買いものに慣れていない少年が間違えるのも無理ない。

 レジの女性が少年に何か言ったが私には聞こえなかった。さっきまでのご機嫌な様子は消え失せ、少年は絶望で表情がなくなっている。

 十六円くらいこのお姉さんが出してあげようじゃないかと思ったが、ハタと思い止まる。

 本当に十六円くらいなのだろうか、と。

 一円を笑うなとはよくいったものだが、ソーシャルゲームでほいほい課金してしまう私にとって十六円など些細な金額だ。塵も積もればとか思うことは色々あれど、でもやはりたかが十六円である。

 けど、少年にとって十六円は些細な額ではない。なんたって、お小遣いが千円にも満たないかもしれないのだから。

 そして少年にとって、私はお姉さんどころかそもそも知らないオバサンでしかないのではないか。そんな知らないオバサンから十六円をもらうなんて、きっとお金が払えないこと以上に怖いことに違いない。知らない人からものをもらったらいけません、と学校や家で教育されているかもしれない。不審者だ。十六円を渡したら最後、知らないオバサンの私は不審者になる。

 などと考えていたら、少年はレジに背を向けて駆け出した。

「二百円!」

 女性店員が追いかけて二百円を返すと、少年は走り去った。嵐が去ったあとのような空気の中、女性店員は少年の楽しみだった駄菓子とみたらし団子をカゴに入れてレジの足もとに避けると、「いらっしゃいませ」と何事もなかったかのように私に声をかけた。

 ……少年よ、これが世の中というものだ。

 次々にバーコードを読み取られていく百数十円のアイスクリームを眺めつつ、私は少年の次なるチャレンジを心から祈った。

END

基本的に記事は無料公開ですが、応援は大歓迎です!