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横浜聡子監督の他作品を観たくなる 映画『いとみち』舞台挨拶レポート

2021年、劇場通いを増やしたせいで困ったことがある。
映画をタイミングよく観に行けなくなったのだ。

舞台鑑賞は、観客側も相当体力を使う。
じっと座っているだけではあるのだけど、
生の舞台で演じる俳優さんたちのエネルギーを
ダイレクトに受け取り、心をぐわんぐわん
揺さぶられ、時に笑い、時に涙する。
カーテンコールで、全力のありがとうを返す。
観ているこちらにとっても、ハードなのである。

続けて舞台を観てヘロヘロになった身体で、映画を観に行くのはキツい。
なぜなら、私にとってはどちらも心を震わせに行くものだから。

映画は、公開されたと思ったら1か月以内に観に行かないと、どうなってしまうか分からない。興行成績が良くなければ、あっという間に上映回数は減り、打ち切られてしまう。観たかったけど観られなかった、という映画が増えていた。いまは配信されるまでの期間が短いので、そう待たずとも一応観られることは観られる。

だがやはり、映画は映画館で観たいではないか。

観るタイミングを逃して、ちょっとずつストレスがたまっていった。
そこで頻繁にチェックするようになったのが、キネマ旬報シアターさんの上映スケジュールだ。

千葉県柏市にあるキネマ旬報シアターでは、映画誌「キネマ旬報」が選んだ作品を上映している。ミニシアター系の作品もあれば、かなりメジャーどころだが、すでにシネコン系では上映が終わっている作品もある。
ライトなミニシアター、と言っても良いかもしれない。

その日も上映スケジュールを眺めながら、いつ『ドライブ・マイ・カー』を観ようかなとぼんやり考えて、何気なくトップページを表示してみた。飛び込んできた文字に目を奪われた。

【『いとみち』舞台挨拶&サイン会決定!!】
■1/8(土)『いとみち』13:00~の回上映終了後、舞台挨拶(45分程度)&パンフレットへのサイン会実施。
■ご登壇者:横浜聡子監督、駒井蓮さん

キネマ旬報シアターホームページより

『いとみち』はぜひ観ておきたいと思っていた映画で、上映されたのが夏ごろ。コロナ禍で感染状況が厳しく、なかなか映画館へ行くにも家族の目が厳しいころだった。どうしようか逡巡しているうちに上映が終わってしまい、残念に思っていたところだった。

『いとみち』の詳細についてはこちら

映画館で『いとみち』が観られる。おまけに横浜聡子監督と主演の駒井蓮さんもおいでになるという。そして、予定もぽっかり空いている。

行く、という選択肢以外に何があるというのだろう。

1月8日朝

Amazonプライムですでに配信が始まっていたので、前日までに観るかどうか迷ったが、映画館で観るのを最初にしようと、思いとどまった。

きっと、早く行かないと席が埋まってしまう。そう考えて、13:00上映開始だが朝から出かけることにした。

6日に関東地方に降り積もった雪は、私の家の近くからほぼなくなっていた。だが道の端には凍結してカチンコチンになった、氷だか雪だか分からない物体がへばりついてる。危なくて、急ぎたくても急げない。

到着したのは9:10ぐらいだった。すでに並んでいる人が大勢いた。訊いてみるとまだ空席はあるという。席を選んで料金を払い、パンフレットを無事入手した。

パンフレット内容の充実ぶりに驚く

まだ上映までだいぶ時間があるので、ゆっくりパンフレットのページをめくってみる。

驚いたのは、内容の充実ぶりだ。
ストーリー、出演者のインタビューはもちろん、監督のコメントがたっぷり記載されている。プロダクションノートにロケ地マップも。
ぜひ、いつかロケ地にも行ってみようという気にさせられる。

そしてなんと。
完成台本が載っているのだ。

こ、これ・・・載せていいの??
これで880円?? お値段これで大丈夫ですかと申し訳ない気持ちになる。

映像を何度も観なくても、この完成台本を最初から最後まで読めば、いつでも脳内再生ができる。舞台鑑賞に慣れた身としては、こんなにありがたいことはない。台本だけで脳内再生するのには、慣れているのだ。

『いとみち』感想:「いま」といとの成長

全編青森で撮影された映画『いとみち』。原作は越谷オサムさんが書いた小説である。端的に言ってしまえば、強い津軽訛りの女子高生である主人公・相馬いとの成長物語だ。

いとの暮らす町・板柳の風景はどこか懐かしい。りんご園、雄大な岩木山。岩木山の別名は確か「津軽富士」だったなと、ふと思い出す。青森に暮らす人にとっての岩木山が、どういう存在なのか思いを巡らせる。

「いま」を様々な形で散りばめて、いとの成長を描いている。メイドカフェで働くいとの尻を触る客、いとの父のメイドカフェに対する偏見。だが私が最も「いま」っぽいなと思ったのは、いとが板柳での暮らしを否定的にとらえていないことだ。

父に東京へ出たいのかと訊かれたいとは、「わがんね」と返す。バイト先のメイドカフェは、青森市。いとにとって「都会」は弘前市や青森市どまりなのだろう。メイドカフェをバイト先に選んだのは、時給が高いから。可愛い制服を着たいから。テレビの中のキラキラした都会への憧れから、という訳ではなさそうだ。

強い訛りを直そうと頑張ってみる様子もない。「おかえりなさいませ、ご主人様」は、いとの口から「おげえりなさいまし、ごすずんさま」になって出てくる。

少し前の作品なら、田舎の高校生はキラキラした都会に憧れていただろう。田舎の生活を否定的にとらえていただろう。嫌悪していたかもしれない。
だが、いとからはそういう空気がまったく感じられないのだ。

嫌悪は、自分を取り巻く環境ではなく、自らの内側に向かっている。
バイト先のメイドカフェで働く人たちや、電車のなかで「へばね」と口パクで言ってくれた同級生との関係が、いとの内側を変えていく。

物語終盤、メイドカフェで三味線を弾くいとが、何とも言えずのびやかで、たおやかだった。

娘にも、観てもらいたくなる。

『いとみち』感想:父・耕一の示すもの

物語全体を通して、異邦人としての父・耕一(豊川悦司さん)が印象的だった。

板柳で暮らす東京出身の民俗学者である耕一は、何というか、生まれた時から板柳にいるいとの対極にいる人物だ。話す言葉が違う。聞こえた言葉を理解はするが、話せない。なんだか、アメリカで暮らす英語ができる日本人のようだ。父でありながら、いとは祖母よりも心理的に距離を感じているように見える。

環境の面だけではない。価値観という内面においても、対極にある。メイドカフェに対する認識についてもそうだが、東京へ行きたいなら行けと言う父との会話で、特に強く感じた。

いとは、自分がいなくなったら父と祖母が二人きりになってしまうことを心配する。血のつながりが二人にないことを心配しているのだ。だが父は「それがどうした」と返す。

地縁とか血縁とか言うものに対する意識が、いとと父ではかなり異なる。いとは無意識に、自分は「当事者」で父は「よそ者」と思っている部分があったのではないだろうか。

耕一が終始津軽弁を話さないので、かえって彼の放つ津軽弁が強く印象に残った。津軽弁で話しかけ、歩み寄りどころを一生懸命考える父・耕一が、なんだかほほえましく思えた。

トークイベント

上映終了後、横浜聡子監督と主演の駒井蓮さんがトークイベントに登壇してくれた。お話の中で印象に残ったことは以下の通りである。
なお、箇条書きのメモをもとにしているので、言葉の細かいニュアンスはだいぶ異なることを最初に申し上げておく。

登壇してくださった横浜聡子監督(左)と駒井蓮さん

質問:作品の始まりは、どのような形だったのか?
監督:2017年、18年ぐらいに映画化の話をいただいた。青春ものが自分に出来るかという不安があったが、いとはナイーブで社会と上手くやれない不器用さを抱えた女の子。いとを描くなら、自分にもできるのでは?と思って話を受けた。

質問:駒井蓮さんの起用について
監督:いとの訛りはかなり強いので、津軽弁ネイティブでないとむずかしいだろうと考えていた。青森出身でお芝居の出来る人を探していたところ、駒井さんの存在を知った。
駒井さん:小中学生のころから原作を知っていて、もしこれが作品になるなら、「いとをやってみたい」と思っていた。原作は小柄な設定なので、背の高い自分は無理かと思っていた(駒井さんの身長は168cm)。お話をもらった時驚いた。

質問:津軽三味線について
監督:やってみないと分からないところが大きかった。早いうちに練習を始めてもらわないと、と思っていたが基本的には先生と駒井さんにお任せだった。上達しなかったらしなかったで、いとの三味線上達の過程と重ねることも考えた。
駒井さん:音楽はやっていたので大丈夫かと思っていたが、ギターなどと違って三味線は難しかった。これは、ヤバいぞと思っていた。師匠がとても優しく、ほめちぎる人なのでこれで良いのか逆に不安になった。毎日事務所に自主練しに行っていた。

質問:メイド喫茶をどう描くかについて
監督:豊川さんのセリフに、世間一般の「メイドカフェ」の見え方を入れた。今どき「ご主人様」でもないだろう、と。
だけど実際に行く人やそこで働く人を見て、非日常空間を楽しむまっすぐさのようなものが描けたら良いなと思うようになった。

観客からの質問:岩木山に登るのは大変じゃなかったか?
監督:岩木山からの眺めが取れたらさぞ素敵だろうと、ロケハンに行ったが後悔した(岩木山は1,625 m。日本百名山の1つでもある。この高さの山に登るには岩場を登ることになるので大変だという認識は監督になかったらしい)。
駒井さん:山に登る前に撮影したのが、メイドカフェでのライブシーンだったので一山超えた感があった。登山についてはあまり頭になかったが、大変だった。

1/8 キネマ旬報シアター『いとみち』トークイベントにて

お話を聴きながら、横浜聡子監督に不思議と惹かれていく自分を感じた。青春ものは無理と言いながら、いとの不器用さや生きづらさは描けるという。耕一のセリフに託した「世間一般」は、メイドカフェで働く人たちやそこに集う人たちを知る前の監督自身ではなかったか。

邪推かもしれないが、「かなり内面に生きている」人に見えた。映像化するにあたって調べて違ったことは、柔軟に改められる人にも見えた。

他の作品も、観てみたくなる。
そして、これからどんな作品を見せてくれるかとても楽しみになった。

サイン会における失敗

パンフレットにサインをもらうためにできた、長蛇の列の最後尾にいそいそと向かう。順番が近づくにつれて、前の人が何を話しているのか聴こえてくる。

ある人は、他のトークイベントにも参加したという。
ある人は、青森出身だという。
ある人は、今度青森に行くつもりだという。

順番が来て私が、駒井さんに放ったひとこと。

『お耳に合いましたら』が大好きなんです。
らっきょう子ちゃん、すごく良かったです!!

もちろん、『お耳』の前にいとが素晴らしかったです、とは伝えた。
だが映画を観に来て、テレビドラマの話をするど変人だと思われたに違いない。そばにいたマネージャーさんらしき人も「へええ」と言っていた。

しまった。井浦新さん作品を観てる最中なんだから、『朝が来る』を観てから来ればよかったと思ったが、あとの祭りである。

それより、ひどかったのは横浜聡子監督に対してだ。

「次回作も楽しみにしています」としか言えず、ここに書いたような気持ちを、1ミリも伝えられずサイン会の場を後にしたのだ。

今度、横浜聡子監督の舞台挨拶を聴く機会があったら、ちゃんと伝えたい。
絶対にこの時のことを覚えてはいないと思うけれど。

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