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細かく『マドモアゼル・モーツァルト』の好きなところを語る 第三部 ひたすら作品の好きなところを語る編

【注意】本作品の盛大なネタバレを含みます。ここから先をお読みいただく際はご注意ください。

2021年東宝で製作された、『マドモアゼル・モーツァルト』の感想を今まで第一部、第二部で綴ってきた。これまでに書いた2本のnoteはいわば「外向き」の感想だ。作品を観ていない人にも、いつか再演がかかった時には興味を持って、できれば劇場に足を運んでもらいたい、という思いを込めて書いている。

だが、「三浦春馬と明日海りおを愛している」と公言している身としては、ぜんっぜん書き足りないのである。

書き足りないので、可能な限り覚えている範囲で好きなポイントをただただ列挙するだけのnoteをここに綴る。ただただ、贔屓と贔屓にやさしかったカンパニーの皆さんをほめちぎるだけのnoteなので、読んでも面白くないかもしれない。

ここから先は、東宝版『マドモアゼル・モーツァルト』をご覧になった、明日海りおさんのファンを読者として想定して書く。ご不快に思われ方は、遠慮なく離脱していただきたい。

第一部ストーリー編、第二部楽曲編はこちら。

少女エリーザのかわいさがヤバい

明日海さんは本作品で最初に登場するとき、少女の姿で登場する。

少女エリーザのかわいさがオカシイ。肌は子どもだと言っても納得してしまうほどツヤツヤだ。無邪気に羽ペンを時に竹トンボのようにしたり、時に視力検査の道具にしたり、鍋をかき回すかのようにぐるぐるしたり・・・もう本当にかわいい。家に連れて帰って、ご飯を食べさせたくなるレベルでかわいい。

何から何までかわいいので、精霊に促されピアノに座るも、楽譜をみてつまらなそうにポイっと、その楽譜を放り投げるふくれっ面まで、かわいい。

パパに「エリーザ!」と大きな声を出され、ビクッとしながら「ごめんなさい・・・」と消え入りそうに言う声もかわいい。姉ナンネールとセッションする姿も、スカートめくりをしあってふざけあう姿も・・・

是非明日海さんには、定期的にかわいい役をやっていただきたい。

時々にじみ出る男役みにキュンとする

時代の寵児として演奏会でもてはやされる、モテ男のヴォルフガング。「Hey, Let’s party time!!」のイケボさ加減、ダンスのキレ、そしてピアノを弾く姿に何故か小室哲哉氏を感じさせるそのセンス。どれも若干男役っぽくて、観ているこちらは楽しくなる。

ここのダンスについては、好きなところがたくさんある。けど言葉で表す自信が全くないので、「NaNaNa!」の歌詞で言うと「どんな人?天使のよう 優しくかわいいアイドルよ」のところの振付と、足高く上げて蹴り上げるところがツボとだけ言っておく。

イケボと言えば、コンスタンツェとの初夜を散々渋ったあげく、やけくそ気味に言い放つ「脱げよ!!」は外せない。「脱げよ…コンスタンツェ。僕が新しい遊びを教えてやる…」と言われているときのコンスタンツェがとても嬉しそうだ。

なぜか観客席に、コンスタンツェ化している人がたくさんいたに違いない。

イケメン度が増す瞬間はまだある。カテリーナがレッスンに来た際、「君のためにとっておきのアリアを作っておいたんだよ」という時の表情(ふっ…と小さめにドヤる感じ)。もう立っているのがやっとのはずなのに、「魔笛」を書き上げた後指揮をするときの真剣な表情。挙げたらきりがないけれど、お芝居の端々に男役時代に培ったスキルを活かしてくるあたりがまた、たまらない。

「グッド・バイブレーション」の精霊たちのコミカルダンス

基本的にかなりダンサーさんたち、キレキレなのだが私は、コンスタンツェの母がモーツァルトにコンスタンツェとの結婚を迫る場面で歌われる、「グッド・バイブレーション」の時の男性精霊のダンスが大好きなのだ。

ダンスの動きを説明するのがド下手なので、文章で説明はしない(できない)が、コンスタンツェの母が「キズモノ、ノケモノ、ハンパモノ!」と歌うところの動きなんてもう、おかしくてたまらない。

そのうえ、モーツァルトと一緒に舞台向かって右にあるピアノの下に潜り込み、こそこそと這い出して来るあのかわいさと言ったら・・・罪である。

また、この場面の冒頭、コンスタンツェの母が登場するところで華優希さんが見せる「邪魔者が来た・・・」というウンザリした表情が、私は大好きだ。

それまで「演奏会はどうだった?」「ばっちりだよ!」と愛するヴォルフガングと笑顔で話していたので、その落差に「いい雰囲気だったのに邪魔された」という不満がありありと見て取れた。心底嫌そうだったので、あの一瞬で、本当にヴォルフガングが大好きなんだなと感じられた。

明日海さん、体幹どーなってんの

11月3日にたまたま、『ナイツ・テイル』を観たとき、上白石萌音さんがリフトされているのを見て、鮮明に思い出した。

モーツァルトが作る音楽の軽やかさへのオマージュだと思うのだが、『マドモアゼル・モーツァルト』では、やたらと明日海さんがリフトされる。立ってる時もあれば、仰向けになるときもあるし、横向きになるときもある。男性精霊さん頑張って!な場面でもあるのだが、注目してしまうのはリフトされた明日海さんの姿勢である。

どんな風にリフトされていても、姿勢がとても美しいのだ。微動だにしない。あんなに美しく姿勢保てる人、なかなかいないんじゃ?と思ってしまうほどに。

明日海りおさんの体幹はいったいどうなっているのか?きっと腹筋が6つにわれているに違いない。背筋もバキバキに違いない。華奢に見えるけれど、きっと脱ぐとすごいんだよ・・・

と思ってたらコンスタンツェに真実を告白するシーンで、キレイなお背中を披露してくれた。すごく細かった。やっぱり体幹がどうなっているのかは、謎に包まれたままだ。

ちょいちょい挟まれる表情と動きの小ネタ

コンスタンツェが結婚を迫る曲「私じゃダメかしら」の中で、「胸も小さいわ」とコンスタンツェと精霊が歌うところで女の子の精霊たちに「それな」というポーズをしてみたり、カテリーナが「グッド・バイブレーション」のなかで「あなたに抱かれたい女は 山ほどいるけれど」と歌うところで、「まあね顔」をしてみたり、カテリーナの左手に必要以上に長いキスをしてみたり。コンスタンツェに怒られると、まるで母親に叱られたようにシュンとしてみたり。細かいところがいちいち「自由を愛するモーツァルト」で、しかもその自由度が公演回数を重ねるごとに増していく。

もはやモーツァルトの魅力なのか、明日海さんの魅力なのか、よく分からない。

愛し合う二人への思いに垣間見える気持ち

フランツとコンスタンツェの出会いの場面が、やがて演奏会に変わり、スクリーンの後ろでフランツとコンスタンツェが踊る姿が見える。

二人がスクリーン越しにキスを交わすところで、ピアノを弾くモーツァルトの手が止まる。ほんの少しの間。何事もなかったかのように再びピアノを弾き始めるが、あの瞬間、背中にあふれ出た思いが切なかった。

二人の逢瀬を目撃してしまった場面でも、そうだ。歌では二人が素直に愛し合えないことへの思いを表すものの、膝を抱えて座り込むモーツァルトの姿に、モーツァルトが言いようのない寂しさを感じていることが伝わってくる。

こういう、複雑な思いを複雑なままこちらに魅せてくれるお芝居が、たまらないのである。

コンスタンツェへの愛と「父」としての苦悩

演奏会の途中で「僕たちに、子供が出来ました」と報告する場面。姉ナンネールの敵意のこもった眼差しから、コンスタンツェを守るように肩を抱き寄せて浮かべる表情がたまらない。お願いだから、もうそれ以上言わないで。姉にそう語り掛けているように見える。

このあと、「永遠と名づけてデイドリーム」のメロディに載せて歌う「子供ができた」は、エリーザとしての心情で歌っている。自分に子供ができる奇跡を受け止めつつ、なると思っていなかった「父親」に自分はなれるのか?という戸惑いが感じられる。

モーツァルトにとって父親は、音楽という芸術を追い求める旅に同行し、自分の唯一の理解者でいてくれた存在。そんな風に僕はなれるのだろうか?という思いが感じられて、目の奥が熱くなる。

大人エリーザの絶妙な無邪気さ

第二幕冒頭から登場する、大人エリーザ。冒頭からドレスを着た自分の姿を眺めて少しうっとりしているかのように見える。客席には背中を向けているが、顔の右側(コンスタンツェが入ってくる方)に白いせんすを掲げている。いたずらっぽく「コンスタンツェ、びっくりするかな??」とワクワクしている感じが背中からも伝わってきて、まるで子どものようだ。そのうえ、コンスタンツェに「どちら様ですか?」と訊かれたときの反応がまた、いたずらっ子っぽくてキュートだ。


トゥルーン!


「ばあ!」でも「ジャジャーン!」でも、気取って「ごきげんよう」でもない。


トゥルーン!


「トゥルーン!」である。「トゥルーン!」。もう一回言う。「トゥルーン!」である。

なんだ。「トゥルーン!」って。もう反則ワードに認定してしまおう。「トゥルーン!」。だって、かわいすぎるではないか!

結論:大人エリーザの「トゥルーン!」は反則。

エリーザの反則技はもうひとつある。サリエリの演奏会で「(曲を)気に入っていただけましたか?」と訊かれ、「もち!!!・・・・・・・・ろん♡」と返すところだ。一瞬男が出てしまって、しまった!という感じで取り繕う、あの瞬間がたまらない。

サリエリに別れを告げに行くシーンでもそうなのだが、女性の格好をしてみたところで、中身はちっとも変わらない。天真爛漫で自由なモーツァルトそのものだ。役の本質を表す小ネタは、演出によるものか、明日海さんの案によるものか、どちらなのだろう。

口紅がついてるよ!

エリーザとして行ったサリエリの演奏会から帰ってきた後、モーツァルト邸にサリエリが花束を持って現れる場面。コンスタンツェに部屋の奥に押し込められ、あわてて着替えた後出てくる時、普段のモーツァルトとは唇の色が違う。口紅を落とすのを忘れているよ、と客席から教えてあげたくなった。

この時の、サリエリとコンスタンツェの表情を見逃していたのだが、どなたか記憶にある方はおられるだろうか。

「魔笛」作曲の場面で見せた役者魂

この場面でたった一度だけ、五線紙を取ってきてと頼むところで、コンスタンツェを「スタンツェ」と呼ぶ。
つい出てしまった普段の呼び方。パートナーとしての絆と愛を感じた。

ダンスも使いながら、「魔笛」作曲にかける思いの壮絶さを、全身全霊で表現する明日海りおさん。時にスライディングして楽譜を拾い、時に靴は脱げ、時にコンタクトレンズが落ちる。そして時々白目を剥く。

息をするのを忘れた。本当に明日海さんが死んでしまうんじゃないかとすら思った。

「圧巻」その一言に尽きる。

命がまさに尽きようとする瞬間…

シカネーダーの腕の中で、息絶える直前。「君は…誰なんだ?」と訊かれるあの場面。震える右手でシカネーダーの口に手を当てて、首を横に振った後の…

左手が大好きだ

シカネーダーの右太もものあたりに、「お願い…頼むよ…」とまるで言っているかのように、手を置くのだ。

震える右手を、シカネーダーの口に持っていくだけでも、身震いするシーンである。その上あの左手!もう涙腺崩壊必至だ。というか、この前の場面からすでに号泣してるんだけど。

終わりに 作品の魅力は書ききれたか・・・?

観た内容を、覚えている限り細かく書いたメモを頼りに『マドモアゼル・モーツァルト』の感想三部作を綴ってきた。おまけに第二部にはだいぶ妄想も入っている。

たぶん、メモを見直したら「あれもこれもあれも書き忘れてた!」ということがあるに違いない。だが、それでいいかもしれないと思っている。

現在のところ、Blu-Ray/DVDもCDも出るアテはないし、再演の予定も無い。要望は出し続けようと決めているが、ここに書いたnoteと手元のメモをもとに脳内再生し続けるしかないのである。

いつの日か、再演が叶ったらまた観に行きたい。そう思わせてくれる素晴らしい作品だった。

明日海りおさんがつないでくれた、音楽座ミュージカルとの縁に感謝したい。

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