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連載小説『テイク・ユア・マークス』

十七、インターハイ選手

「暑いな」
 駿は照り付ける日差しに目を細める。
 朝一番の便で空を移動した駿は新潟空港へ降り立った。北陸は雪国のイメージで、夏も涼しいかと思えば見事に期待を裏切られた。調べると盆地のために冬は寒くて夏は暑くなるらしい。
新潟県民は大変だなあ、と呑気なことを考えていると栞の両親ら敷夫婦が声をかけてきた。
「駿君ひさしぶり。おじさんのこと、覚えてるかな?」
 変わらず凛々しい顔立ちの栞の父親を忘れるわけがない。「ご無沙汰してます」と会釈をする。
「こんな遠いところまで御免なさいね。娘が無理言っちゃって」
 物腰柔らかそうな栞の母親が丁寧に頭を下げるので、「そんなそんな」とかぶりを振る。栞と少し似ている見た目だけれど、朗らかな雰囲気は栞からは思い浮かべられない。
 簡単に挨拶を交わすと栞の父親がジーンズのポケットから車のキーを取り出した。
「レンタカー借りているから、そろそろ会場へ向かおうか」
 そう言って駿たちは近くに停めていた車へ乗り込んだ。想像と打って変わって都会の新潟市を走行中、駿は二人から学校生活や父さんたちのことに着いて質問攻めにあっていた。密室な車内でどうしようと緊張していた駿にとってはありがたく、時間はすぐに過ぎていった。

 長岡市の長岡大学近くに会場はあった。
「おじさんたちは駐車場に止めてくるから、駿君は先にみんなのところへ向かいなさい」
 この十五分、隣で何人の歩行者に抜かされたか数えきれないほど車が渋滞していた。インターハイと言うこともあって全国から応援に来ているのだろう。
 お礼を言って駿は車を出た。会場の入り口付近まで行くと大勢の選手が一塊になっていた。どうやら会場はまだのようだ。
 でけえ。みんな速そう。いや、早いからここにいるのか。
 次元の違う、場違いな雰囲気の中をかき分けて駿は御原高校水泳部を探す。しばらく人混みをさまよって、ようやく見慣れた白いジャージを見つけた。
「おはようございまーす」
 駿が挨拶をすると、みんなが一斉にこちらを向いた。しまったと駿は悟った。先輩たちや栞も集中していただろうに、せっかく研ぎ澄まされていたメンタルを自分が壊してしまった。
 すぐさま謝ろうとする駿の肩を祐さんががっと掴んだ。怒られると咄嗟に駿は目を固く閉じた。
「やっと来た、救世主!」
 恐る恐る目を開けると、祐さんは心配しているようなやる気に満ち溢れているような、よく分からない表情をしていた。他の先輩やマネージャーで来ていた真由美も同じような顔をしていた。
 救世主? 一体何事かと首をかしげていると、栞が耳に着けていたイヤホンを取って駿の目の前で親指を立てた。
「駿、出番だよ!」
 栞の満ち満ちた笑顔に嫌な予感がした。

「尿路結石⁉」
 祐さんに事のあらましを聞いた駿は驚きすぎて声が裏返った。
「ああ。今朝、みんなで朝ごはん食べとったら急に拓海が腹押さえてうずくまってね。あまりの痛がり方に忠さんが病院に連れて行ったら結石やってさ。忠さんは拓海の親御さんとかに連絡してからこっちに向かうって」
 腎臓から尿道に欠ける尿路に石ができると聞くだけで鳥肌が立つ。そんなことよりもだ。駿にはまだ先ほどの言葉が理解できないでいた。
「拓海さんが結石になったことと、僕が救世主なのは関係あるんですか?」
「もちろん」と隣で栞が嬉しそうに頷く。
「今回、うちの高校からは私の個人二種目と男子の四継でしょ。んで拓海先輩が来られないってことは……」
 そう言って栞は「一」と祐さんを指さす。それから廉太郎さん、航平さんとカウントした。ここにいる男子は三年の先輩三人のみだった。駿の顔からさっと血の気が引いた。そんな駿に向かって栞が指さす。
「最後に、四!」
 堪らず口を開けたが、衝撃過ぎて言葉が続かない。それでも絞り出して声を張る。
「無理無理無理無理! 絶対、そんなことできないって」
「前にも言ったでしょう?」
 栞はそう言って手に持っていた紐を駿の首に通した。見下ろすとそこには入場用にと事前に撮った駿の顔写真と『Athlete』の文字が。
 ゆっくり顔を上げると、栞が口角を上げているが真剣なまなざしでこちらを見つめていた。
「無理なこと、絶対なんてこの世にないんだよ」
 この時、僕は補助要員からインターハイ選手へと無理やり昇格させられてしまった。

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