見出し画像

自分の言葉をごみ箱行きにするな

個人で仕事をしている人
またはやろうとしている人は特に
ブログやインスタ、facebook等の発信は必須。

でもよく聞くのが

「何を書いていいのかわからない」

「私なんかがこんなことを書いても(言っても)仕方ない」

「たいした事考えてないから発信なんて」

そうですよね、そうでしたね。

私、今でもそう思います。
でも最近少しそんな状態から抜けたのです。

何故か?

抜けたてホヤホヤのうちに記します。

本当に書くことがないのか?

いや、あるんですよ。誰にでも。
掘れば掘るほどある。

ただ自分が自分の経験、考えたことに価値があると思っていないから
たいしたことじゃないと思って
ごみ箱にポンポン捨ててきたわけです。

まあ豪気に次から次へと捨てまくり、そして空っぽになった部屋を見て

「ああ、私語るべき言葉なんて何もないわ」となっている。

まるで黒々とした賽の河原のよう

画像1

ごみ箱の中身はきっと
誰からも何からも見向きもされず、

放置され続けた思念の石が
黒々と横たわっている賽の河原のよう。
その石達を拾いあげて

「おお、味がある形じゃないか」

「案外綺麗だね」と

見出す作業をしてはどうか。

アウトプットはリハビリ

自分が考えたこと、学んだことを発信という形でアウトプットする過程は
私に価値を見出されず、
捨てられていた言葉に、価値を見出す作業にほかならない。

価値を見出す。

自分で、自分の言葉に。

こんな考えつまらないことだ、と切り捨てずに。

切り捨てていく日常は
私の考えていることなど無価値ですと毎日言っているようなもの。

だからアウトプットはリハビリだ。

ごみ認定されたものを、私が見出し、拾い集め、磨いて届ける作業。

個人で仕事として発信していなくても
これからの人生を豊かにするヒントになるのかもしれない。







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?