「仕事への向き合い方を教えてください」 #センセイを捨ててみる。
彼が学校に来るなり、私は尋ねました。
「何時に帰りたい?」
彼は「11:30のバスに乗って帰りたいです」と答えました。
改めて、時計を確認します。
「よし。間に合わせるか。」
時刻は8:20。11:15までに学校を出られれば間に合います。
つまり、3時間で決着をつける、ということ。
夏休み大詰め。
私は、9月半ばから始まる高卒求人就職試験に向けて、朝から書類の準備をしていました。
その日は、ある生徒を学校へ呼んで、手つかずの履歴書を完成させる日。
彼は、8:15に職員室のドアを叩きました。自宅から学校までは50km。高速バスに乗って遠路はるばるやって来ます。この時間に顔を出すくらいですから、かなり早く自宅を出たんでしょう。
早速、教室で履歴書書きに取りかかります。ただ、それ以前に未提出の書類を完成させる必要がありました。
・保護者の同意書
・応募前職場見学先企業への礼状
この2つが先決です。ですが、なかなか書けません。ひな形を用意して、鉛筆で下書きをさせて、ペンで清書。その時点で間違ったら下書きからやり直し。
生徒は集中力との戦い。
私は準備と段取りと生徒を乗せる工夫。
それぞれが、自分のできることに全力投球します。
私は教室と職員室を何度も往復し、生徒にとって書きやすい材料を揃えるためのプリントを軌道修正しながら作りました。
そして履歴書は、13:00に完成しました。
彼は、やることがあったんでしょう。
13:15に学校を出て、ダッシュでバス停に向かいました。
結局、彼が履歴書を書くために学校にいた時間は、5時間。
想像以上の長さです。
この5時間の間、ずっと考えていたことがあります。
「彼が帰りたいといった時間に帰したい。それを叶えるにはどうすればいいか?」
私は以前から、学校に生徒を呼んで長時間拘束せずに済む方法はないかと考えていました。
いえ、「そもそも生徒が登校せずに済むには、どうしたらいいか」が、最優先事項です。
教師は、「締切に間に合わせる」ために、むやみに生徒を呼ぶ傾向があります。私が知る限り、この30年くらいずっとそうです。
日時を提案するのはだいたい教師で、生徒が難色を示すと「締切に間に合わないから」と返します。
それは確かにそうです。
しかし、生徒にそう言った瞬間、私たちには、こんな言葉が返ってきます。
「あなたは、それを叶えるためにどんな工夫をしましたか?」
いくらでも手立てはあったはずです。
教師は、
生徒の相手をしながら時間を過ごすことで、
アイデンティティを獲得します。
これはとても強力な手法であり、魅力です。
生徒に向き合っているという自負。
同僚からのねぎらいの言葉。
それが長時間にわたるほど、快い充実感が得られる。
では、失うものは?
私と生徒の時間
生徒の自律
最も大切な2つのものが、失われていく。
これは、教師が陥りがちな罠です。
正直、5時間という時間は私にとってショックでした。
つきっきりだったわけではありません。定期的に進捗状況を確認し、質問に応じ、「ダメだ」と思ったら軌道修正して新たな指示を出しただけです。
私は基本的に職員室にいて、校務の合間を見て教務室へ随時出向いていただけでした。
問題は、「彼の時間」です。
彼はずっと、たった一人で、自分と向き合っていたわけですから。
「生徒の自律」は、果たせたと思います。
しかし、「彼の時間」はむやみに奪われた。
彼の時間をコントロールできる立場にいたのは、私だけでした。
あなたはこんな私を不思議に思うかもしれませんが、
歳を取ると、時間の大切さがことのほか身にしみるようになります。
10代後半の「彼」にとって、人生はきっと「永遠に続くもの」でしょう。
私の時間感覚と彼のそれとは、決定的に違うはずです。
そんな彼も、卒業後は就職します。
社会人として考えてほしいことのひとつは、「持ち時間の大切さ」です。
「今日中に終わらせればいい」と考えるんじゃなく、「この時間までに終わらせる」と決めたら、その小さな決意を守れるように取り組んでほしい。
会社で後輩ができたら、同じように育ててほしい。
子どもができたら、やはり同じように。
そういうことを、よく考えます。
私が最初に「何時に帰りたい?」と彼に尋ねたのは、
大人の有言実行を彼に見せたかったからでした。
少なくとも、
猛暑の中、
往復3時間かけて登校し、
5時間学校にいなければならないような状況を
生徒に与えないために。
「仕事への向き合い方を教えてください」
そんなふうに生徒から聞かれたら、どうしますか?
私なら、”この日”のことを話します。
現役高校教師
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心理学修士(学校心理学)
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一般社団法人7つの習慣アカデミー協会主催
「7つの習慣®実践会ファシリテーター養成講座」修了
思いつきと勢いだけで書いている私ですが、 あなたが読んでくれて、とっても嬉しいです!