Summer
夏至の暁、遮光カーテンの縁が発光して徐々に部屋の輪郭を浮かび上がらせていくのを感じていた。羽毛布団を顎の下まできっちりと引き寄せて全身で柔らかさと暖かさと絹の心地いい肌触りを堪能していたけれど、眠りにつくことは出来なかった。白んでいく寝室の壁と天井、後光さすカーテン。光がだんだんと強くなる。
昨日のことを思い出していた。
「右の卵巣に癌があります。かなり大きくて、すぐにでも手術をしないといけません。それに加えて、この大きさだと転移している可能性もあるので全身の検査が必要です。ご家族に連絡して、入院の手続きをしてください。ただ今はベッドに空きがないので、用意出来次第ご連絡いたします」
あんまりだと思ったが、何がと言われれば説明できる気もしない。そういうものなのかもしれないと納得しようともした。納得するというよりは、諦観と言った方が近いかも。災害にあったときと同じ気持ちだ。どうしようもない、起こってしまったことは受け入れるしかない。他に何が出来るというんだろう。
医者は私の目を見なかった。
帰り道やたらと景色が克明に映った。うるさいくらいの情報量が網膜細胞を突き抜けて脳へ送られいちいち情緒を震わせた。青々と背丈を伸ばす稲が風にはためくベルベットの絨毯みたいに優雅に光を移動させるのを見ながら、夏のモンゴルの大草原を思った。国語の教科書に載っていた、スーホの白い馬の挿絵でしか見たことがない風景を。死刑判決を言い渡す時の裁判官は被告人の目を見るのだろうかなどと考えていた。
家族には連絡できなかった。家族は両親しかいない。誰にも言えないまま、夜が明けた。誰かに打ち明けるにはあまりに私は若すぎた。きっとみんな思うに違いない。こんなのあんまりだと。
今日は、梅雨の晴れ間だった。昨日も天気予報に反してそうなった。私は晴れ女だから、私が出歩く時はだいたい晴れる。昔からそうだ。すっかり明るくなった空にまだら雲がたなびいているのを窓から見上げて、私はいつも通り出勤するために、朝の支度を始めた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?