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 自分の人生の半分が失われた気がするってあの時君そう言ったんだっけ。詩的で大袈裟な物言いだと思ったけど今なら分かる気がするよ。人生にはそうとしか言い表せないことがあるもんだ。
 君の人生の半分は一体何だったのか。聞けばよかった。
 取り返しがつかない大切なものを失うことで得るものがあるとするならそれは残りの人生に他ならない。僕は何度も失って再びそれに気づいた。些末なことも大事なこともすぐに忘れてしまうから痛みが必要なんだな。書いて消してまた同じ言葉をそこに置く。そういった一見何の痕跡も残さない手順を踏まずして完成しえないもの、それが作品なんだと、何度も確かめ確かめナメクジほどの速度で進んでいる。
 キルケゴールが言ったって。人生は後ろ向きにしか理解できないが、前を向いてしか生きられないってさ。「後悔先に立たず」という意味ですだなんてまとめられてて嫌になっちゃうなコンサルの仕事。「人生は後ろ向きにしか理解できない」ってミネルヴァの梟は黄昏に飛び立つってことだよな? 乱暴な扱いはしないでくれよ、言葉は繊細なんだから。言葉を気遣うことと人間に配慮することは同じことなんだってそろそろ分かってもいい頃だ。
 あまりに鈍感で楽観的な人間が多いから嫌気がさすよ。一体いつまで生きる気でいるんだろうね。歳を重ねるごとに残りの時間が少なくなっていくのは事実なのに皆生きれば生きるほど生きているのが当たり前だと思うようになってくる。アメリカの住宅市場が上がり続けると信じて疑わなかったぼんくらどもたちと同じさ。今までその状態だったということはこれからもそうだということの根拠にはならない。論理的に考えることが出来る人間になら分かるはずだ。いつか限界がくるって。需要は飽和するしバブルは弾ける。信用経済の性質だ。命にだって終わりが来る。臓器も骨も皮膚も摩耗し消耗していつかその機能を全うできなくなる。可能性の話をしているんじゃない。絶対に避けられない今後の話をしている。それが生物の性質だ。
 常々意識しているはずなのに失ってショックを受けるってことは分かってなかったってことだろう。僕も同じ、平和ボケ病患者の仲間さ。お気楽な思考回路、不都合な真実には目を瞑る主義者たち。君はどうだ? 覚悟は出来ていたか? リスクを引き受けるつもりだったのか?
 僕たちは可哀想だ。何の説明も無く合意もないまま無秩序に生み落とされて不条理を飲み込まねば生きていけない。想像力を獲得した憐れな知的生命体。自らが得た力に苦しんでいる。
 それが無ければ生存は容易になるが、しかしそれが無ければ生きている意味がない、そんな矛盾を常に抱える羽目になった、僕が人間であるゆえに。
 

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