寒中
夜が長い。夜明けは遠く、誰も私を追いかけて来ない。じっとしていると体温がどんどん奪われていく。足の指先は感覚を失い、凍った靴の中で縮こまっている。手先は可哀想ほど赤くなり腫れている。既に自分の指とは思えない。とてつもなく眠くて、指一本動かせなかった。身体が重い。このまま眠って二度と目覚めなければいいのに。
なんて簡単なんだ。初めて冬を好きだと思った。ただ眠りにつくだけで良かったんだ。真下に横たわる自分の身体が小さくなっていく。浮遊する自分に実感も湧かないうちに風船以上の速度で上昇し気がつけば白い町はさらに白い山々と区別がつかなくなった。そのうち雲も通り抜け、町どころか県の境目も国の境目も分からなくなる。そろそろ天国に到着するかと思いきや、大気圏を通り抜け地球からはじき出されてしまった。確かに地球は青く、美しかった。
消滅したかった。もっと本当のことを言えば生まれたくなかった。目を開けるとやはり私は地球にいた。どうにもならない現実が相変わらずの重さで圧し掛かりしっかりと私を雪の上に押さえつけている。押しつぶされて立ち上がることが出来ない。
置かれている状況や抱えている困難をいくら挙げてみてもきっと世界から見たら私は恵まれているに違いなかった。迫害され命の危険があるわけでも、地球温暖化の影響で住居を失うわけでも、暴力に脅されて強制労働を強いられているわけでもない。でも、だからって何?
投げ出した身体を受け止めた柔い新雪が私の形に窪んで重さの分だけ押し固まり圧縮される。春が来て地面がようやく顔を出す時、私の重さに潰された雪は最後まで残るだろう。殺人現場のチョーク・アウトラインのように浮かび上がる人型を想像して、ようやく立ち上がった。
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