【ダークファンタジー】 吸血鬼と月夜の旅 -第11話-

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とある博士の家にて

 奇妙な出会いというのは、何と会うのかはもちろんだが、それがいつ、どのようにして起こるのかもわからないものである。
 そしてその出会いがお互いに何をもたらし、どのような変化を与えてくれるのかも、その時が来るまで誰も知る由もない――

 雲一つない夜空に、立派な三日月が飾られているある夜の日——
 エルジェベドらはそんな日も、旅を続けていた。
 愛の教団と出会ったあの村からはもうずいぶんと遠く離れた地に来ており、このあたりに何があるのかは三人とも知らない。
 あたりを見渡せば、そこらにあるのは背の高い草木のみ。 ずっと先を見ても、後ろを振り返っても、そこには同じような景色が奥の方まで続いていた。

 「迷った」
 「迷ってるな」
 「完全に道に迷ってますね」

 当然のことだが、この周辺の地図を彼女らが持っているはずなどない。 近くやこの先を進んだところに何があるかなど知りようもなければ、どっちへ進むのが吉かの判断もつけようのない状況だった。

 「どうします? 一度引き返します?」
 「あの置手紙残したうえで帰るのはどうかと思うが……」
 「それはエルが勝手にやったことだろ。 ていうか肝心の帰り道もよく分かんねえし」

 そんな状況ではあるが、幸いにも一つだけ彼女らの助けとなってくれるものがここにはある。
 彼女らが今立っている場所。 その足元にある草だけは、他の場所とは違い何者かに何度も踏まれてきたのか極端に密度が薄く背も低い。 それはつまり、この場所は彼女ら以外の誰かも何度か通る道であるということを示している。
 この道をたどれば、元居た場所へと帰ることもこの先に進むこともできる。 重要な二択だが、そのどちらを選ぶかは一瞬だった。

 「とりあえず、向こうに進んでいけばこれ以上迷うことはなさそうだな」
 「ですね」

 彼女らは迷いなく、ここからさらに先、まだ見ぬ地へと歩を進めていった。

 しばらく歩いていると、彼女らはとある小屋を見つけた。
 草木の生い茂る自然の中に、ぽつんと建っている木造の小さな小屋。 それはまるで絵本に出てくるような、どこか場違いな雰囲気を醸し出していた。

 「なんでこんなところに小屋が」
 「そんなこと聞かれても……誰かがここに住んでんじゃねぇか?」
 「どうしてなんでしょうかね。 あの中の様子なんかも気になりますが」

 こういう時は、この三人の中でも一番場数を踏んでおり危機的状況に陥ったとしても容易に対処してくれそうなエルジェベドの出番。
 どういうわけか明かりの灯っているその小屋の調査は、彼女が買って出ることとなった。
 中にだれがいるのかもわからないその小屋に慎重に忍び寄り、近くの草むらの中に身をひそめつつも小屋の中の様子を探ろうとする。 が、そこからは誰の気配もしない。
 物音もしなければ、影が窓の隙間からちらつくこともない。 明かりがついているというのに、その中には誰もいないように思えた。
 もしかすると、出かけている最中なのか? それもこんな真夜中に?
 彼女がそんな疑問を胸に、一度この場を離れようとすると——

 「おっ」
 「ん?」

 ちょうどいいタイミングで、この小屋の主が帰ってきた。 その者とエルジェベドは、タイミングよく互いに顔を見合わせた。

 「な、な、なんじゃアンタは!? なぜわざわざわしの家の前でうろうろとしておる!?」
 「しかも、吸血鬼ときたか……どうしてあなたはこんなところに?」
 「簡単に言うと、住む場所を探して旅をしていたら、たまたまここに」

 この小屋の主は、ぱっと見たところかなりの年を取り長いひげを携えた少々変わった格好の老人だった。 そして、その隣には従者なのか、老人の倍ほどに背の高く線の細い病的なまでに色白の男が立っている。
 男は、その容姿から察するに彼女と同じ吸血鬼だろう――

 「ふうん……あまり納得はいかんが、悪さをしようとしていたわけじゃないのじゃな?」
 「ええ。 ああいや、この小屋が誰にも使われていないものなら、少し借りようとはしていましたが」
 「それぐらいなら構わんて。 まあなんじゃ、うちに入って話でもするか?」
 「……そこにいる彼女のお仲間さんたちも、よければどうぞ」

 吸血鬼の男がそういうと、彼の目線の先にある草むらが二、三度ほど大きく揺れた後、中からロボとルクシアが転がるようにして出てきた。 いつの間にそんなところに隠れていたのか。

 「ば……ばれてたか」
 「よく気付きましたね」
 「吸血鬼は、暗所ほど五感の優れるもの……このぐらい容易い」

 結局、ここにいる五人とも老人の住む小屋に入り、中で話をすることとなった……

 その小屋の中に入った途端、彼女ら三人は大小こそ違えどみな声を上げた。
 そこにあったのは、無数の棚。 そしてあらゆる動物や昆虫の標本がその棚の上に所狭しと並んでいた。
 蛇やトカゲなどの爬虫類は謎の半透明な薬液と共に大きな瓶の中に詰められている。 目の粗いかごの中では何匹かの大きな昆虫がごぞごぞとうごめき、中には謎の動物の骨がラベリングされた木箱の中からひょっこりと姿を現していたりもした。
 小さな虫が大の苦手であるルクシアの様子が気になってそちらを見ると、案の定というか彼女は真っ青な引きつった顔をしていた。

 「これは……ずいぶんと変わった内装ですね」
 「すまんな、わしの仕事柄こうなってしまうものなのじゃ」

 その老人の話によれば、彼はここで様々な生物についての研究をしているという。 隣にいる吸血鬼の男も、彼の助手としてここで共に暮らしながら働いているらしい。
 しかし、ならばなぜわざわざこんな所に住んでいるのか。 吸血鬼と共に暮らしているということを加味しても、もう少しまともな場所には住めないのだろうか。
 エルジェベドがそう疑問を口にすると、彼らはとたんに暗い顔になって語りだした。

 「そうじゃな……もともとわしはそれなりにいいところに住んでたんじゃ。 場所は——聖鐘の地と呼ばれていた」

 その言葉を聞いた瞬間、さっきまで死にそうになっていたルクシアの顔に魂が戻り、大きな目と声で反応した。

 「そこって、聖エルフ教会の本部があるところじゃないですか! 私も昔そこ住んでましたよ!」
 「そうだったのか」
 「それで、どうしてそこから追い出されたんだ? その様子から自主的なものじゃなさそうだし、変に目をつけられて追い出されたって感じか?」
 「そう、まさにそうなんじゃ! わしは昔、という階までもこんな研究を続けてきたんじゃが……」

 そう言って老人が後ろにある棚から取り出したのは、一冊の大きな本。 中を開くとそこには細かな文字と軽く添えるぐらいの挿絵がびっしりと全てのページを覆い隠すように埋め尽くされていた。
 一枚一枚ゆっくりとページをめくりつつ、老人は自身の研究について話をする。 丁寧ではあるが、とても長く難しい内容。 思わず眠気が溜まってくる感覚があった。
 その話の終わり際に吸血鬼の男が、要はこの世に生きる生物のルーツをたどっている、とまとめてくれたことには、エルジェベドら三人は心の中で盛大な感謝を述べた。

 「はあ、でもそれが何の問題に?」
 「自然の営みに人間がケチをつけるような真似をしてはいけないとか、なんとか……しかし、本当の理由はそこではないだろう。 ほれ」

 老人はさらに本のページを一枚めくる。
 そのページの左上、ここから書かれるであろう内容のタイトルともいえる一行を読み、三人は何故老人が追放されたのかを察した。
 書かれていたのは、『吸血鬼のルーツ』という短い文。

 「なるほど……」
 「あいつらは吸血鬼を目の敵にしてるんだっけ? だからそれに触れようとした奴も……って感じか」
 「これが明らかになるのを恐れているのか、それとも奴らはすでに知っていて必死に隠蔽しようとしているのか……どちらにせよ吸血鬼と関わろうとするものを排除しようとしたのは確かじゃ」
 「でも、よく生きてここまで来れましたね。 わたしは危険思想持ちってことであなたと同じように追われてるんですが、ここまで逃げてくるまでに相当な数の兵士さんたちに襲われましたよ?」
 「そのことについては、この僕がかかわってくる。 説明しよう」

 さっきまで老人の隣で静かにこちらを見守っていた吸血鬼の男が、一歩前に出てそう言った。
 彼の述べてくれた話によると——その老人もまた、自身の研究内容を追及された際、そこにいた多くの兵士たちに命を奪われようとしていた。 その逃亡先で、偶然にも二人は出会ったのだ。
 老人の話を聞いた彼はその研究の内容――老人が負われる原因となった吸血鬼のルーツの研究に強く興味をひかれ、二人は協力関係となる。
 彼が老人を守り、また助手として研究の手助けも行う。 その見返りとして、老人は研究の結果が出たら、真っ先に彼にその内容を教える、という契約。 一見両者の利が釣り合ってないようにも感じられるが、彼らはそれで互いに手を組んだとのことらしい。

 「こいつは、わしにとって命の恩人じゃ。 彼の望みなら、何でもかなえたい」
 「僕の望みは、あなたの研究の結果が出ることです。 あの時から、自分のルーツというものが気になって仕方がない」
 「あれ、でも吸血鬼のルーツってたしか、大昔にいた最悪の吸血鬼ディスゴルピオじゃなかったんでしたっけ? それが実在したこともすでに明らかになっているらしいと聞いたことが……」
 「問題はその『前』じゃ。 ディスゴルピオがなぜ誕生したのかは、いまだに明らかになっておらん。 わしはそれを追っているのじゃよ……ということで、そこの君!」

 老人が急に、エルジェベドに顔を向ける。 穴が開いてしまうほどの真剣な眼差し……彼女は思わず後ろにのけぞったが、老人はそんなことお構いなしに話を続ける。

 「名は? 君の名はなんという?」
 「え、ええと……私は、エルジェベドというものだが」
 「そうかそうか、エルジェベド君か。 君にちょっと頼みああるのだが、いいかね?」

 おそらくは彼の研究についてのことだ。 何か危害を加えようとしているのではないことは、容易に理解できる。
 エルジェベドは少しためらったが、彼の協力を拒む理由がなにかあるわけではない。 仕方がないと思いつつも、その申し出に乗ることにした。

 「おお! では今からすぐでなんだが、こっちに来てはくれぬか?」

 老人は自分の背後にある、他よりも物の入っていない棚の端に指をかけるとそのまま横に引っ張る。 その奥には少し薄暗いもう一つの部屋が隠されていた。

 「わざわざ隠す理由……」
 「いや、研究を続けるたびに増えていくものを整理するために棚を増やしたら、自然とこうなった」
 「ほんとだ。 向こうもいろんなものでぎっしり」

 エルジェベドは老人に連れられ、そのもう一つの部屋へと入っていった。
 そして残される三人。 何とも微妙な空気が漂っている。

 「……話す話題がないな」
 「初対面ですし、あの二人がいないと何か話題も入ってこないですし」
 「変に気を使わなくていい。 それより、お前たちも今日はここで休んでいけ。 今外に出るのは危ないからな」
 「だって。 俺は構わんが、ルクシアは? 虫苦手って前言ってたが」
 「耐えます。 頑張って耐えます」

 ——

 彼ら彼女らが小屋の中で各々ゆっくりとしている時——
 そこに一人、何者かが忍び寄ろうとしてきていた。
 その者は、少し襟元が泥で汚れた白黒のスーツを身にまとい、腰には一本の剣を携えている。

 「この近く……この小屋かな? 吸血鬼がいるという噂の場所は」

 敵は、すぐそこまで近づいていた。


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