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第九幕:試練の秋1 ミュージカル研究会の頃-汗と涙の青春ストーリー-

猫のバーは閉店、猫のマスターのお役は終了である。
あとは、そでから見守るのが僕のできる唯一のことだった。
猫の中人たちは最後のシーンをうたいあげると、辺りはとても暗くなる。
そして、猫たちにうながされ、腹をすかした主人公は泣きながら”ねずみ”を口にするのである。

ここで猫のシーンは終了だ。
再び謎の男が現れる。そして、いよいよ最後の象の世界に導くのだ。

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季節は暑い夏から、夜が少しずつ長くなっていく秋にうつりかわっていた。
一方、本公演の練習の真っただ中にいるミュー研のメンバーだったが、日に日に一体感がある舞台とはほど遠い状況に陥っていた。特に猫は深刻で、空中分解寸前というところにさしかかっていた。そして、そんな雰囲気は伝染するもので、ミュー研は全体的に士気がさがっていった。

だから、みんなで話し合いの場も何度も設けたのだが、なかなか解決の糸口は見つからなかった。ミュー研は人数が多いという事もあり、建前は民主主義なのだが、現実にはトップダウンや一部のメンバーの意向が反映される傾向が強かった。一言でいえば、風通しがあまり良くないのだ。

ここに役者としての不満も加わったことで、雰囲気が悪くなってしまった。ただ、先輩も含め全員が集まる夜のミーティングで発言できる人は限られていた。幹事長や3役(演劇部長、音楽部長、ダンス部長)などの幹部、時の脚本・演出家、脚本経験者、実力ある時子さんなどが、毎回発言する常連だった。
”実力もないのに、いっぱしに口だけは一人前だな”的な無言の圧力が存在していたから、僕などは新人時代に一度も発言する機会はなかった。友人の岩尾は舞台はともかく人前では目が泳いだ上に意味もなく笑ってしどろもどろになってしまうし、気立ての良い優有などは当たり障りのないことを言おうとするあまり、逆に意味がわからなくなる、なんてこともあった。

ということ、新人で本音に近いことを言えるのは役者で認められている彦一、作曲家の冴子、物怖じしない鉄郎くらいしかいなかった。
しかし、新人の声は、癖の強い中人たちによって(時に感情的になることもしばしばあり)かき消されてしまい、解決しないままうやむやになることが常だった。

そんなおりに、美也子さんがこのままではまずいと状況を打開するために、1人1人と面接を行うことになった。
僕は不平をいうよりも、春公演で熱心に取り組まなかったことの反省を口にして、美也子さんはそれを静かに聞いていた。
僕は美也子さんとほとんど話したことがなかったのだが、彼女は思慮深く、芯が強い印象を受けた。加えてもともとは物静かなのだ。我と主張が強い中人たちの中でこういう物静かなタイプの人は、珍しかった。

しかし、個性と癖があふれる40人の演出は相当大変なようで、やつれていたし、疲れや暗さを感じさせる表情になっていた。脚本を選ばれた時や、合宿でみんなの中心となり「Rentをみんなで歌おう!」と自信に満ち溢れ、明るく振舞っていた頃のはつらつさは、失われていたのだ。

つづく…(続きを見たい方は、ハルカナル屋根裏部屋へ!)

第一幕:未知なる舞台へ!
https://rekishi-tanbo.com/musical-story/第一幕:未知なる舞台へ!

第二幕:衝撃! 初役はみんなが大嫌いなあれ!?
https://rekishi-tanbo.com/musical-story/act2

第三幕:最初の公演
https://rekishi-tanbo.com/musical-story/act3

第四幕:夏の発表会
https://rekishi-tanbo.com/musical-story/act4

第五幕:脚本会議、夏の陣
https://rekishi-tanbo.com/musical-story/act5

第六幕:夏休みも大変!? 音響スタッフで出陣!
https://rekishi-tanbo.com/musical-story/act6

第七幕:夏合宿
https://rekishi-tanbo.com/musical-story/act7

第八幕:猫たちが大騒ぎ!?
https://rekishi-tanbo.com/musical-story/act8

第九幕:試練の秋
https://rekishi-tanbo.com/musical-story/act9

第十幕:冬の本公演

https://rekishi-tanbo.com/musical-story/act10

登場人物

-新人-
僕:元帰宅部。歌、ダンス、芝居、3拍子そろわない珍しい新人。しかも、入部したのが2年生の時だったため、振り返るとかなり浮いた存在だった。
岩尾…親友。2浪しているフリーターながら、ミュージカル研究会に入る。
鉄郎:某都内に通う高校時代、伝説となった男。野性的で、繊細で、躍動的で、とても頭がよく、次元の違う存在感を放っていた。どこを行くのも裸足で歩いていた。
冴子(NEW)…高校時代は声楽をやっており、作曲ができた。才能にあふれており、同期で最初に頭角を現した存在だった。彼女の作る曲は作品にしっかり寄り添いながらも、さらに作品を高めるような、素晴らしい曲が多かった。のちにNHKのみんなの歌に曲を提供した。
優有:歌と芝居が大好きで他の女子大学からミュー研に通っている。穏やかで性格が良く、みんなから好かれており、脚本家の坂上さん、美也子さんらに気に入られ、たびたび彼らの作品に主役で出演することになる。
芽衣…大阪出身でのりやよく、ダンスが好きだった。若くして亡くなってしまい、この作品を書くきっかけになった存在の1人。

-中人(2年目)-
美也子さん:容姿は少しボーイッシュで、性格は物静かで控えめ。宮沢賢治を愛しており、彼女が生み出す脚本は、独特で素晴らしい世界観だった。
江夏さん:新人の時はぺけをつけられていた僕や岩尾とかなり距離があり、あまり話す機会はなかった。坂上さんとおなじ愛知出身で、師匠と弟子のような間柄だった。普段はちゃらんぽらん、三枚目だが、ミュー研への思い入れが人一倍強く、男子では歌、ダンス、芝居が一番うまかった。とても個性があり、 後に百萬男 – フジテレビに出演した。
時子さん: 歌・ダンス・芝居、すべてのレベルがトップクラスの先輩だが、怒ると鬼より怖く、男子全員に恐れられていた。
松田さん:初対面の時に「俺、次の舞台で主役とっちゃうよ!」と言ってのけた自信家。実際は繊細で神経質な一面もある。一方でできの悪い後輩を気にかけ、面倒見の良い一面もあった。
夕実さん:松田さんの彼女。小柄でかわいらしく、親切な先輩。

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