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彼女の言い分

 心臓がどくんどくんと鳴っている。本当はこのまま楽しいデートを続けていたい。由紀を問い詰めたくなんて無い。友達が送ってくれた写真なんて見なかったことにしたい。でも、今切り出さなかったら、後で後悔するような気もする。密かに緊張している俺とは対照的に、流行りのフラペチーノを頬張る由紀はいつも通りに見えた。
「あの・・・さ。」
からからの口からしぼり出した音は少し震えていた。
「何?そのフラペチーノ、もしかしてあんまり好きじゃなかった?全然減ってないじゃん。」
由紀は小動物のようにちょこんと首を傾げて聞いた。
「えっと・・・これはおいしいんだけど・・・。」
俺は由紀のペースに飲まれてたじろいだ。
「なら良かった。で、どうしたの?」
由紀は微笑みながら聞いた。
「その・・・もしかして由紀、浮気・・・してる?」
「浮気?何で?」
由紀が動揺した様子は全く感じなかったけれど、その答えはNoではなかった。
「友達が送ってくれたんだけど、これって由紀だよね?」
俺が、由紀と知らない男が写ったその写真を見せると、
「これは確かに私だけど、盗撮とか気持ち悪い・・・。」
と、由紀は悪びれもせず言った。その様子を見て、俺の中の何かがぱちんと弾けたような気がした。
「これは、由紀が他の男と歩いてたって目撃証言を、俺が全く信じないからって、友達が気を利かせて撮って送ってくれた写真だよ。お前のこと、信じてたのに。」
俺は抑えきれなくなって捲し立てるように言った。
「ねぇ、ひろはどこからが浮気だと思う?」
少し考えるような間があって、由紀が口を開いた。
「どこからって・・・、普通、異性と二人でご飯に行くとか?ってか、用事もないのに、ずっと連絡取り合ってる時点で俺は嫌だな。由紀が最近、ずっと誰かとLINEしてるの、気づいてないと思った?」
俺がさらに問い詰めるように聞くと、
「ひろって思ったより嫉妬深いんだね。」
と、由紀は話を微妙にずらすような受け答えをした。
「何だよその言い方。」
由紀の言い方を聞いていると、なんだか俺の方が悪い事を言っていると責められているような気がしていらいらした。
「ひろは俺だけ見てろって言うけどさ、自分だけで私のことを満足させられるって本気で思ってるの?」
由紀は俺に動じずいつも通りの声で聞いた。
「そりゃあ、まだまだ至らないところはあるかもしれないけど・・・満足させようって努力してるし・・・。ほら、足りない部分はお互いに埋めていくとか、お互い歩み寄ろうみたいな・・・、普通のカップルってそういうものだろう?」
俺はたどたどしくそう答えた。いつの間にか由紀が会話の主導権を握っていた。
「うーん、なんかそうじゃないんだよね。私の感覚と違うっていうか。私はひろの真面目なところは尊敬してるし、普段のデートで私がリードするのも嫌じゃないけど、一緒にいるとたまに疲れるなって思うことがあるし、そういう時は、もっと甘えられる人やリードしてくれる人に相手して欲しいなって思う。別に頑張って努力しなくても、その時の気分に合った相手と過ごせば良いじゃん。そしたら無理して相手に合わせようとする必要もなくなるし。」
由紀は少し言葉を選ぶような仕草をしながら言ったけれど、俺には到底理解が及ぶ次元の話じゃなかった。
「えっと・・・、それはつまり?」
やっとのことで聞き返すと、由紀はぱっとひらめいたような顔で言った。
「そんなに堅苦しく相手を縛らなくても、適材適所でいいじゃんって話。ほら、餅は餅屋って言うじゃん?」

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