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友達とは……ルッキズム(外見至上主義)への執着と、単なるこだわり

コロナ禍直前とコロナ禍終焉直後に縁が切れた人がいる。
両名の共通点は外見への執着心の強さだった。

どちらも第一印象から人当たりの良い人で、おそらく誰とでも無難に付き合おうと思えたら付き合えるタイプ。

コロナ禍直前で縁が切れたのは、お互いに相容れない部分があり、それが限界を迎えたのがコロナ禍直前のタイミングだった。
そして、その頃その人は整形をしたばかりだった。
顔が変わると気持ちも変わるのだろう。

とにかく外見を気にしていたその人は、無料モニターに応募して当選したのだった。
運も強いが決意も強かったのだろう。


コロナ禍終焉直後に縁が切れた人は、パッと見、50代後半くらいに見えた。
ファンデーションが濃くて素肌の色は分からないくらいだった。
そして、下がりきって、もはや窪んでしまっている瞼は年相応の要望を現していた。

ただ、本人は40代の気持ちだったようだ。
一緒にランチした人(共通の知り合い)から年上に見られた、と嘆いていた。
ランチした人より自分は年下だと思っているらしかったが、たぶんランチの相手の方がだいぶ年下であることは事実。
とにかく若見えすることにこだわりがあるようだった。


数少ない友人だったが、いつからか縁が切れてしまった。
そもそも、友人が少ないので増やしたいなーという単純な欲望が短期間の縁を作ったのだろう。
結局、最後は自分が必要としている人しか残らないのだと思う。
必要ではないのに買った洋服はほとんど着ないのと同じ現象だと思う。
洋服に例えるのは失礼かもしれないが、私にはそう思える。

洋服も家の中もなるべくスッキリシンプルな方が良い、と思っているので、装飾品はほとんどないし持っていても使っていない(ちょっとした宝物として保管していたりはある。アンバーが好きなので。)。
家の中もほぼ飾りはない(掃除が大変だし、猫もいるし)。

友達も身だしなみへのこだわりもシンプルなのだな、と思う。
納得。

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