ブラジル出身者から聞いた、現代食文化に多大な影響を与えたブラジルという国
以前からの投稿、ベネズエラ、リビアに続く3国目について書きます。
・ベネズエラ
・リビア
・ブラジル ←今日ここ
・日本
・中国
・ハンガリー
・イラン
まず、これを書いている経緯を、軽く記しておきます。
今年に入ってから、様々な国籍の友人同士で、自国の紹介をし合う機会がありました。そこで、その人なりの母国のとらえ方を聞きながら、各自のアイデンティティ形成の背景へ想いを馳せることができました。
この集まりを通して感じたことを、備忘録としてNoteにメモしています。
ここでいう友人の集まりとは、アイルランド生活の中で通っている英会話教室です。というと語学学習かと思われるかも知れませんが、実態は、移民(移住)女性同士のおしゃべりクラブです。でも、お気楽チャットではなく、それなりに真面目なトピックスを話す集まりです。行政からの支援も受け、移民への理解が深いネイティブがチューターを務めてくれていたりしますし。
(Immigration=「移民」という言葉が持つ意味合いが、日本語での使われ方と違うと思いますが、適切な日本語訳が思いつかなかったので、このまま使います。「移住」の方が近いかなぁ。)
この集まりは、英語が流暢ではないレベルの人を対象としているため、私としては気が楽です。ただし英語が流暢ではないとはいっても、教育レベルが高い人ばかりです(私はさておき(-_-;))。英語の会話は不得手でも、各自の母国語では深い議論が可能なバックグラウンドを持つ人ばかり。皆、配偶者の転職に伴いアイルランドへ引越したため、自身のキャリアを中断したという背景を持っています。
アイルランドはIT系の国際企業の誘致に積極的で、世界中からIT技術者が集まります。この国で就職した高度技能職の資格をもつ彼ら彼女らが、家族で引越してくるという流れが出来上がっています。
とはいえアイルランドでは、EU圏外から来た労働者の配偶者が、無条件で労働できるわけではありません。各種の制限があります。で、すぐに働けない私のような配偶者集団が、アイルランドの時事や地域社会について話し合ったり学んだりする場があるということです。本当に幸いなことに。
このグループに巡り合えなかったら、私のアイルランド生活は味気ないものになっていたことでしょう。出会いに感謝です。
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さて、前置きが長くなりました。
ブラジルの話に戻します。この英会話の集まりで、参加者同士が自国の紹介をしあう機会に恵まれた、という話でした。各自がパワポを作り、1時間以上かけて紹介する、和気あいあいとしつつも本格的な発表会です。
友人の発表を聞くまでは、私がブラジルについて知っていることといえば、「アマゾン熱帯雨林、リオのカーニバルとサンバ、BRICs、日本からの移民」、、、程度でした。
友人の発表の後の感想は、
「過去のヨーロッパからの移民、アフリカからの奴隷、近代では全世界からの移民が構成する巨大国家。各ルーツの住民が住み分けした絶妙のバランスの上に構成される、巨大な生態系(biome)を内包し現代の食生活の元となる国。」
上記のように、かなり、ブラジルに対する見方が変わりました。
南米の国々は、ヨーロッパの支配を受け、歴史が断絶していますが、それでも国家としての価値観や通念を作り出しています。そこには、想像を超える価値観の醸造育成の過程があったものと推察されます。
翻って日本を考えてみると。島国で隔離され、紀元前から続く国の国家観は世界からみると少数派なのでしょうね。日本にいた頃は、こんなことを考えたこともありませんでしたが。一般的な日本人が、南アメリカの国々の背景を推察しにくいのと同様に、日本の国家観や価値観は他者から理解しにくいものなのだろうと、実感します。
ブラジルについて話を戻して。
【知識として新しく知ったこと】
・ブラジルという国名は、現地に生えていたpau brasil(赤い木という意)をもとに、ポルトガル人が命名。彼らは当時すでにヨーロッパで使われていたアジア由来の蘇芳と同種の植物だと思っていたらしい(という間抜けなエピソードあり)。
・1500~1815年の約300年間は植民地時代。アフリカから多くの奴隷が入ってきた。初期は、pau brasil、砂糖精製、最終的には、金とダイヤモンドの輸出経済を支えるための労働力として。金は内陸から2~3か月かけて沿岸まで運び、ポルトガルには公称800トンの金が送られた。
・1822~1889年 Prince Pedroが皇帝となりブラジル帝国樹立。ポルトガルからの独立時に「独立か死か」という有名な言葉がスローガンに。地理的に離れたヨーロッパと南アメリカで、壮大なやり取りが繰り返されていますね。歴史が苦手な私の理解の範疇を超えています。。。
・現代の食生活に欠かせない野菜フルーツの多くは、15,16世紀に南北アメリカ大陸とヨーロッパ間の交差によって広がった
(アメリカ大陸→ヨーロッパ:じゃがいも、トマト、とうもろこし、豆類、バニラ、タバコ、冬かぼちゃ、夏かぼちゃ、キニーネ、ターキー、さつまいも、アボカド、パイナップル、カカオ豆、ペッパー、キャッサバ、ピーナッツ)
(ヨーロッパ→アメリカ大陸:コーヒー豆、もも、なし、オリーブ、シトラス、バナナ、さとうきび、ミツバチ、玉ねぎ、ターニップ、ぶどう、穀物(小麦・米・大麦・オーツ)、家畜(牛・羊・豚・馬)+様々な病気)
・異なる国からの移民が地方都市に相当するコミュニティを形成し、住民の住み分けがされている
(ヨーロッパ系の街が多い印象。住民比率により景観がもとの国のものに近くなっているのが興味深い。ブラジルだと知らずに写真を見せられたら、ヨーロッパのどこか?と思うような景観になっている。ドイツ系住民は河の周りに都市を作りたがるんだよねー、なんで?というのは友人談。)
・教会の内装は、ヨーロッパに比べて装飾が多い。建築様式には詳しくないので感覚的な感想ですが、圧倒的で恐さも感じる。
・州間の格差は大きい。経済状態の良い州では、大学まで無料(うらやましい!)
・先住民は、2000以上の部族に分かれていた。1500年代には10million人いたが現代では保護地区に800千人まで減少。ペルー・クスコとブラジル沿岸部を繋ぐ3000kmを超える交易路 Peabiru Path (grass pathの意)も過去にはあった。今は一部が現存するのみ。
【現代の課題】
・2014年から国内の経済格差拡大。現在では、10.3million の人が、食事に困っている。
・アマゾン環境破壊と環境保全活動の対立。アマゾン問題に限らず、世界中で環境活動家が危険に冒されている現代です。友人お勧めのドキュメンタリ「Amazonia」と、今年の8月に起きた大規模な抗議活動の記事へのリンクを貼っておきます。
以上、友人から聞いたブラジルの話でした。
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若い頃に社会科の歴史は大嫌いでした。
しかし、実際に生身の友人から聞く話は容易に心に刻まれます。国を超えた友人が少ない私ですら実感することは多々あります。国家や世代を超えた友人が多い人は、見て感じる世界そのものが違うのだろうなぁ、と、50歳も近くになったこの年になってしみじみと思います。
若い方々には、どんどん世界に飛び出ていってほしい。その結果、行った先で根を下ろすもよし、日本へ戻り外からの新しい価値観を運んでくるもよし。そのためには日本の事を知り、世界のことを知り、考察し、語り合える広い世界の友人との交友を深め合って欲しいと切に思います。
(なんて、偉そうな事を言えるほどの経験をしている訳ではないので、書いていて自分で笑ってしまいますが!!)
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。
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