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【短編小説】宅配の彼、淡い再会

※小説「恋しい彼の忘れ方」番外編※

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「あおい……?」

顔を上げると、段ボール箱を手にした配達員の男性が、
私の名を口にしていた。

背筋に緊張が走る。

目の前の人は、帽子を被り、白いマスクをつけている。顔の大部分を覆われ、目だけが判断材料である──からしても、

分からなかった。

男性の名前も、どこで会った事があるのかの記憶も。

そして、分からない理由が分かった。


──「ほら、俺、木村勇太」

──「あっ!!えっ?!」


中学時代の同級生だった。

なにせ、20年ぶりの再会。

──「やっぱり!そうだと思った」

声色が弾んでいる。
マスクの下で、笑っているであろうその顔が、妙な悪戯っぽさを称え、眩しく反射して見えた。

──「え?久しぶり、この近くなの?」

咄嗟の事で、上手く言葉が紡げない。

──「うん、そう。」

──「この辺回ってるの?今まで気づかなかった」  

──「時々ね」

私が受け取りのサインをすると、
「ありがとうございました!」と元気よくトラックに駆け戻る彼。

お互いの近況報告なんてゆっくりしている暇もなく、ビジネスライクなやり取りに少し心が汗を掻く。

あれ?今、ちゃんと普通のやり取りできてたかな?と、自分の発した言葉に、時間差で違和感を抱く。ゲシュタルト崩壊──。

中学生の頃、
背が高く大人びた彼は、誰とでも気さくに話ができる人であった。
野球部で、サウスポーで。
年中肌が焼けていた。

何の話をよくしていたのか忘れちゃったけれど、
よく話をしていた気がする。

給食の時、よくデザートをせがまれて。
しょうがないなーと言いながらも、子犬のように潤んだ瞳と喜ぶ顔が見たくて、いつもあげていた。

放課後、部活終わりの駐輪場で、彼に偶然会えるのを楽しみにしていた。
わざと友達を巻き込んで、彼の来る時間まで待っていたこともある。

野球部の練習が終わって、あのユニフォーム姿が目に映ると、自然に鼓動が速さを増した。
「神崎」そう名前を呼ばれると、それだけで顔がほころんだ。

そんな記憶。

──でも……

なんだっけ……。

いつからか、私達は話さなくなった。

ある日の、学校の廊下の場面が、記憶のスクリーンに浮かぶ。

廊下で、彼が若い女性の先生に絡んでいる。

私は、二人がこっちに向かって歩って来てるのに気付いたんだ……そして……

彼が私に「よ!神崎!」と声をかけ。

私は……無視したんだ。
そして、まるで先生しか見えてないよって、風に

「先生、さようなら」
って言ったんだっけ──。

その時の貴方、
あれ?って顔してたな、たぶん。

なんであんな態度とったんだろう──。
そっか。

彼がちょっと変わっちゃったように感じたんだね。
寂しかったんだね。

その後も、
無視しちゃった自分が、恥ずかしかったんだね。
貴方に、どんな顔して会えばいいか分からなかったんだね。

そうそう、
きっと貴方のことが。

そんな、かわいい思い出。

きっと貴方は覚えてないだろうな……

くすっ。


◇ 

♪ピンポーン

「こんにちはー。ヤマト運輸でーす」

──「はーい」

彼だ。
インターホン越しに、日焼けした顔が白いマスクとのコントラストを助長させている。

ドッドッ……。
心臓が鼓動を強める。
髪の毛変じゃないかな?
洋服は大丈夫かな?
玄関の姿見で、チラッと全身を写してから、
靴に足を入れる。

ガチャッ
重厚なドアを身体の左半分をつかって押し開ける。

「荷物、大きいから中にいれますか?」
4メートルほどほど先で、少し大きめに発せられた、張りのある声。
丁寧な言葉に歯痒さと甘酸っぱさを感じながら、「お願いします」と応えた。

荷物を運びこんでくれた後、
狭い玄関先で感じる微妙な距離感。

判子をもって、受取表に押そうと準備をする。
すると、指をさしながら
「ここさ」
と、伏し目がちに呟く彼。

その瞬間、私の中を閃光が貫いた。

──ちょっと!方言出てるよ!

今までのビジネスライクな態度は?
他の人にも方言使っちゃうの?

もし、いまのを方言だと思ってないのだとしたら……
そんなの
めっちゃくちゃ、かわいすぎる!

「ありがとうございました」
私の目は、去りゆく彼を捕らえて離さなかった。


三ヶ月ほど経った、寒い日のこと。

その日は日曜日で、特にすることもなく、
1日パジャマデーを決め込んでいた日。

トップスには、毛足の長い、もこもこの茶色のフリースを着ていた。ズボンは、ボーダー柄の、これまたフワフワ素材のパジャマ。
上下でシリーズが合っていなくても、温かさ重視の装備だ。

──それが、仇となった。
ジェラートピケとかなんとかいう、かわいい女の子モノのパジャマを着ていればよかったのに──と思っても、時すでに遅し。

♪ピンポーン
「こんにちはー。ヤマト運輸でーす」
「はーい」

と、ここまでのインターホン越しのルーティンは済んでいるのだ。

まだ働かない頭が訴える。
──彼に、この姿を見せていいの?
  どう見ても「クマ」だよ?
  しかも、すっぴん。
  顔も……あらってない。

──だって、もう、無理じゃない?
  時間ないよ、着替えて待たせたら、
  仕事の妨害になっちゃうよ……

私は、せめてもの、という思いで、
姿見の前で髪を整え、玄関を開けた。

その時の彼の顔ったら──、
まるで本物の「クマ」に会ったかのように、目を見開き、
音ではない「えっ」が、玄関に響いていた。


私は、
次会う時の、パフォーマンス力の向上を
心に誓った。






♪ピンポーン
 
「はーい」
──あれ?誰も映ってない。

ピッピッピッ……ピッピッピッピッピッ
ガチャッ。
電子キーロックを解除し、ドアを開けて入ってきたのは
お母さんだった。

「なんだ、お母さんか」

「ん?なんだとはなんだ」

「べつに〜」

最近、インターホンが鳴ると、
彼かな?とドキッと胸が高鳴る。

最近はちゃんと、身なりを整えるようにしてるんだけどな。

私の分析によると、
小さな荷物の配達には、彼は来ない。
たぶん、若くて力がある男の人だから、
大きな荷物を運ぶ大型トラックを任されているんだろうな。


すごいなー。
お仕事頑張ってるんだね。
また会えたらいいなー。
お茶の一本でも渡せたらいいのに。

まあ、そんなのは──口実。





その日は突然に。

♪ピンポーン

「こんにちはー。ヤマト運輸でーす」

彼だ!

「はーい」

姿見で自分のチェック。
今日は、パジャマじゃない! 合格!
寝癖は、ない! 合格!

なぜか誠くんが、私と共に玄関に向かい、サンダルに足を通した。

ガチャッ、
扉を開け、数歩歩み出ると、トラックの後方で、荷物を出そうとしている彼。

「荷物、玄関いれっちゃーか?あおい」
大きな声が飛んできた。

──ん??
  ビジネスライク、どこいった??

「う、うん!宜しくお願いします」

こちらはまだ、敬語の世界。

──「お母さん、だあれ?」

言葉の雰囲気から、親しさを感じとったのか、
首を傾げて、私に問う息子。

「ママの、お友達だよ」

笑って応える。

──「おれ、知らないなあ?」

「あはは。そりゃそうだよ。ママが中学生の頃の、友達だもん」

その会話を聞いて、彼がだよなーと笑いながら荷物を運ぶ。

逞しい肢体からは、微塵も重さを感じない。


「ありがとう、ございます」

まだ敬語を使わせるこの口が疎ましく思う。

でも、感謝の気持ちをしっかり伝えたい、そんな思いもあったのは確かで。


よいしょっと、彼が玄関に荷物を置き、トラックに戻るまでの間、息子はじぃっと彼を観ている。

「じゃあね」

彼が息子に手を振り、笑いかけた。


こんな光景が、
中学生の時に描けるはずもなかった。

でも確かに、あの頃から空いた、空白の記憶が
今現在の小さな交わりの点に

繋がっている。


 
──貴方は、今、どんな思いで仕事をしているの?

──貴方は、今、家庭をもっているの?
  子どもはいるの?同じくらい?

──貴方の、この20年は、どんなだった?

私が感じられる「今」

もっと知りたい、貴方の「今」。
そして、「あの時からの間」。

実際に問いは、しない。
ただ、考えるだけで、楽しい──。

貴方の見境なく人懐っこいエネルギーが
「点」となって
きっと色んな人の毎日を支えている。



ヤマトのトラックを見る度、
「がんばってるね」
「ありがとう」
そう呟いて、

時の間を、埋めていく。


次あなたに会えたら、
「ありがとう」って
言ってみよう。




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