見出し画像

【恋愛小説】 恋しい彼の忘れ方⑭【創作大賞2024・応募作品】

「恋しい彼の忘れ方」 第14話 -創造-

             (最終話)


向暑の候、ある日の夕方、お母さんが家に来た。

「ほら、子供らーの服持ってきたから見てみなよ。」

「はいよー。ありがとう。」

ゆるく返事をする。私は夕食に向けて机の上の荷物をどかしながら、息子にミルクをあげていた。

お母さんがいつもの口調で言う。
「そんな何かやりながらミルクあげててー。オレは、目みながら、話しかけながら、やってたっていうのに。」

「──えっ?葵たちのこと?」

「そうよー。いつもいっぱい話しかけながら。情熱を注いでいたんだよ。ねー。美味しいねー、ってねー?」

愛おしそうに、私の息子に話しかける。

──私達に、優しく、いっぱい話しかけていた──?
 私の子どもたちを可愛がっているのは、私達に与えられなかった愛を、与えたいと思っていた、"後悔"からじゃないの──?



その夜、布団に入って、お母さんの言葉を思い返す──。

──そうか。私は、本当に小さな時に、お母さんの愛を受け取っていたんだ。今まで、お母さんに抱きしめられたことはない、と思っていたけれど……。
その情景は思い出せなくても、じんわり温かい気持ちは、なぜか思い出せる。眠る時、お腹をトントンたたいて貰った記憶も……。
私達のことを愛情深く、いつも見守ってくれていたんだ。
お母さんこそ、慈愛深い人だ。

心にポッと小さな明かりが灯り、静かに、温かな涙がこめかみに流れた。

学生の頃、お母さんが、「バイトなんかしなくていいよ。」って言った時、なんて自由がないんだろう、って思っていたけれど、それこそ、お母さんの愛だったんだね。
前に、おばあちゃんから聞いたことがある。
お母さんが小さかった頃、「アイスキャンディー食べたい」とねだった時、おじいちゃんとおばあちゃんは近所に落ちている瓶を集めて、洗って、買い取って貰ってお金を作ったんだ、って。
でもそれで出来たお金は、ほんの少しで、買えたのは、色のついた砂糖水を固めた氷だったんだ、って。

それほど、経済的に苦しくてわがままも言えない時代だったから、大学進学も叶わず、お母さんは教師になる夢を諦めた。

だからこそ、私達には、自分で道を選べるように、と教育してくれていたんだ。それが、お母さんの「愛」だったんだ。学びの大切さを教えてくれていたんだ。
三姉妹全員を大学に入れる、その一心で、自分のことを顧みず、働いてくれていたんだ。

お母さん、あなたには、たくさん与えてもらっていました。それを私は、自分で苦しみに変えていました。
許してください。そして、愛を与えてくれて、本当にありがとうございます。

あなたのお陰で、私は今、子育てを本当に楽しんでいます。

お母さん、
最高の反面教師を演じてくれて、私に幸せな子育てをさせてくれてありがとう。

あなたのお陰で、私は、違う道を選べました。
あなたのお陰で、姉妹は一致団結して、とっても仲良しになりました。

たくさんの人と繋がらせてくれて、ありがとう。

お母さんのあの姿が、
私の最高の人生の伏線だったんだ。

お母さんを選んで、お母さんを愛したくて、私はこの世に産まれてきたんだ。



私は、寝ている芯くんの頭を優しく撫でながら、こんな子守唄を歌った。

「芯くんが 生まれて来てくれて
 それだけでママ 幸せなんだよ
 芯くんが 生まれて来てくれて
 それだけでママ 幸せなんだよ
 ミルクもね いっぱい飲んでくれて
 それだけでママ 幸せなんだよ
 元気にね 笑って見せてくれて
 それだけでママ 幸せなんだよ」



ある日の昼、出張帰りの賢人を車で迎えに行く。会うのは2週間ぶり。駅近のカフェにいる賢人が、電話越しに私に問う。

「迎えありがとう。あと……なにか欲しいものある?」

「え?いいの?」

「うん。」

「じゃあ、甘い飲み物!」

何かあったのかな?と思いながらも、顔がほころぶ。駅につくと、賢人が助手席のドアを開けて乗り込んだ。

「はーい、ありがとね。」

「お疲れ様。賢人、優しいね?」

「だって、買ってかないと怒るでしょ。」

「え、今まで怒ったことあった??」

「んー、ん?」

賢人の冗談交じりのそれは、照れ隠しだってわかってる。私は笑って、「ふふ、ありがとう。」と伝えた。


家につくと、賢人は出張の荷物を解き、服を洗濯機の中に入れた。暑いと言いながら、先程のカフェで買ったアイスコーヒーを口に含む。

少しして落ち着いた頃、私は賢人の目の前に立った。
賢人の高い目線が、私に落ちて来るのを感じ、寄り添う。

「どうしたの?」

賢人が私の顔を両手で包み、顔を近づけた。
優しい声。
分かってる、賢人も同じ気持ちだ──。

私は、何も言わず、賢人の腰に手を回す。

「待ってたの?」

私はコクンと頷き、賢人の目を見つめる。
賢人の顔が近づき、唇が触れた──。

明るい陽が射し込む中、柔らかくカーテンを引いて、私達は、自然に、引き合う様に、肌を重ね合わせた──。

「葵、可愛い。──いつも可愛いよ。」

この時にしか聞けない言葉。
滅多に言ってくれないけれど、これがきっと、彼の本音だと分かっている。

不器用だけど、愛おしい。 
家族を守るために、家計を管理すること、お家を綺麗に整えること、子どもたちを外に連れて行って冒険させてくれること、好きなことに夢中になること。これが、あなたの愛の表現方法。「家族のための行動」に、あなたの温かさが詰まっている。


「大好き──。」


私の心の温かな水が、賢人のそれと合わさり、どちらも満たされるようなエネルギーの循環を感じた。
貴方の生きてきた人生と、私の生きてきた人生が交じり合い、新たな生命が個性を放ち始め、周囲を照らす。
壮大さと繊細さが織り成すハーモニーが、この"家庭"なんだ。


──ねえ、賢人。
8年前、結婚式で水合わせの儀をしたときに、シャンパンタワーの一番上のグラスを2人で満たしたね。
あのグラスは、私であって、そして、貴方だったんだね。
結婚前は、お互いが乾いたグラスをもっていて、潤したい、潤し合いたいと思いながら、結局水をこぼしながら移し替えていただけだった──。あの頃は、求め合う欲求で満たしあえているような錯覚を感じていた。早く1つになりたいと言ってくれていたね。
そして、貴方と私が、「1つ」のグラスを2人で持とうと決めた時、そこで違和感を感じ始めた。
大切にしたいのに、大切にできない。
大切にされたいのに、大切にされない。
お互いの「大切なもの」を無下にされた悲しさから、お互いのことを見れなくなっていったね。
貴方は、傷ついたよね。
私も、貴方も、苦しかったね。
でも、もう大丈夫。大丈夫だよ。
私は、私のことが大好きで、大切にできている。だから、貴方も、貴方の生き方を心から楽しんで。
私と貴方は、同じだから。
一緒になってくれてありがとう。
幸せだよ──。

その想いは、「私の淋しさから、相手を欲する」方向性ではなかった。
自然に、自然に、私の内から湧きいづるもの。

一定のリズムで呼吸を繰り返す賢人の大きな背中に、ぴったりくっつきながら、グラスの統合と、そこに満ちる温もりのある水、溢れ出て子どもたちのグラスに注がれ、またそれが溢れて私達のグラスに循環する情景をイメージした。



次の日の朝、娘の愛ちゃんが一人で起きてきて、私にこう言った。

「よるね、ママのユメみたの。ママが、『だいすきだよ』っていってくれたの。だから、あいちゃんも、ママに『だいすきだよ』っていったら、またママが『だいすきだよ』ってギューしてくれたの。ありがとう!」



その日、私はふと、鞄からメモ帳を取り出し、広げた。
漫画を書き始める前に、小説としてストーリーを纏めておこうと思い立ったのだ。
開いたページには、あの日──愛ちゃんが泣いていた朝、急いで書いたものが記されていた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

[ヘルメスからの言葉]
見よ、この広大な海を。民の声を。 
そなたとは、大きな話ができるとワクワクしていたぞ。

ケリューケイオンの杖は、「欲なき純粋な目」、羅針盤の象徴だ。

賢人は、典型的な男だ。男らしさに惹かれた。真っ直ぐな瞳を持っている。
いつも、そなたを愛している。何事も表在化させてくれる。曖昧にせず、課題解決をするパートナーだ。
今世、子育てを通して「愛」を世に広めるために、まずは「夫」と味わい、伝えていく。

君は勘違いしているようだ。どうでもいい人に、どうでもいいとは言わない。気付いて欲しいんだよ。天邪鬼だが。言葉をそのまま受け取る、その純粋さも、そなたの魅力だが。
関わっていこうとしているのも、彼の愛だ。

大輝は、過去世で悲しい別れをしているのも引き合う1つ。何もしなくてよい。そばにいるだけでも愛。
自分の想いが、「どこから出ているか」を確認するとよい。自分を見て欲しいからなのか、相手を応援したいからなのか。

そなたが道を示す、ケリューケイオンの杖になる時が来ている。

恋はときめき、一時、一瞬。
愛はじんわりと、いつでも思い出せる。

愛は、踏みしめ、噛み締め、感謝をし、そして返していくもの。
身体ではない方法で、返す方法を学びなさい。
言葉や表情、相手を思いやった行動。
賢人をよく観察する。彼が教えてくれている。

「愛を伝える、表現する方法」を学ぶ。

「愛の伝え方」は、何百、何千とある。
しかし、体系化し、それを表現している人はいないに等しい。

皆、"愛の奪い方"は、説いているのにな。

「愛の求道者であり、伝道者となれ」   

我はそなたを愛している。迷える姿も愛おしい。
子どもたちこそ、愛の証明だ。子どもたちから愛を学べ。

自分への愛とは、自分らしさの探究である。

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−-------

この文章は、書いたけれど、内容を噛み砕かず忘れていた。

だからか……。
私はこの期間、「愛の形」を探究していたんだ。
「大輝への愛」、「小さな毎日の愛」、「子どもへの愛」、「友への愛」、「賢人への愛」、「母への愛」、「自分への愛」──。

「子育ては愛」だと感じたのも、子育てが、愛を与えるだけでなく、子どもから愛を教えてもらい気付かされるという「愛の循環」だったからだ──。
それは、永久機関のように、途中で止まることを知らない、無限の愛の大河の循環。

私は、様々な「愛の形」を、体験させていただいた──。
大いなるものへ、感謝の念を手向けた。




私が、大輝に教えてもらったこと──。


揺らぎの中に生まれるもの

未知の世界への探究

魂の繋がり、魂の引力

産み出しへの加速

素直な気持ちを感じる、蓋をしないこと

自分を責めなくていいこと

相手を愛おしむ気持ち

私の信念"誰も傷つけたくない"

自分軸をもつこと

夢をもって、自分の足で歩むこと

人生の表現方法「漫画」

人生の表現者となること

人生をアップで見たり引きで見たりし、面白がること

自分に"ある"ものにフォーカスし、その時の最高を出し切ること

「自分を愛する」こと

素敵な人生脚本

沢山の、大切な人達との出会い──。


──大輝、あなたに再会して、恋に落ちた私は、自分の尻尾を、追い求めても追い求めても捕まえられず、苦しむ子猫みたいだった。
でも、幸せの尻尾は、本当はいつも私と一体だった。幸せは、自分の中にあったんだ。

私は、貴方のことを忘れない。
こんなに素敵な感情を感じさせてくれた人だから。
涙が溢れても、それでいい──。
この感情は、私の宝物にする。
時々、私の中の宝物をそっと取り出し眺めて、「ありがとう」って想う。そして、またそっとしまっておくの。大切に。
それで、いいんだ。
忘れなくて、いい──。
この感情を、味あわせてくれて、ありがとう。
私は、私形(わたしなり)の愛──言葉、絵──で、人の心の美しさを表現していくよ。
「夢」に気付かせてくれて、ありがとう。




全てはギフトだった──。

「"障がい"こそが、リソースだ。」

「陰と陽」

「ノージャッジメント」──。

全ての点と点が、線で繋がった。
まるで、パズルのピースが、カチッとはまるように──。


「全てが必然で、全てが正解、か──。」

そんなこと、学校では習わなかったなあ……。

でも、今の私なら、
生徒たちに──。






6月、深緑香る爽やかな日。
窓の冊子から、そよいでくる柔らかな風を感じながら、自分のブログを見返していた。


「あれから1年と4ヶ月かぁ。はやいなあ。」

大輝との再会をしたあの日を辿ろうと、自分のブログを開く。

ずっと見返していなかった記事。
今日は何となく、見てみようと思った。
「どんなこと書いてたっけ……。」


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


中学校の同級生に再開した。実に十数年ぶり。


空いた空白の時間を埋めるように、語りだしたらとまらない。


友の口から飛び出すすべてのことが、新鮮で、味わい深いものだった。


当たり前かもしれないけれど、会えていなかった期間も、それぞれが自分の人生を生きていたんだな、と実感し、感動を覚えた。


帰り際、友が伝えてくれた言葉。


「変わったよね。きれいになったね。なんというか……オーラが。」

「いい出会いをしてきたんだね。」


最高に嬉しい誉め言葉だった。


そう、私は中学生の時、自分が、一番、自分のことが嫌いだった。


自分の名前も、女であるということも、感情があるということさえも。


自分のことが嫌いな自分が、


相手に何か与えてあげられることもなく。


私はいつも心が乾いていた。


(自分には足りない・・・足りない・・・ もっと欲しい・・・ もっとやらなければ)


飲んでも飲んでものどが渇く塩水を、必死に求め、流し込んでいた。


自分の周りの人に対しては、


「どうせわかってくれないんだ・・・」 といつも思っていた。


でも、それが


仲間との出会いによって変わっていった。


「ありのままの自分でいいんだよ。」


「あなたが居てくれてよかった。ありがとう。」


これまでは、社交辞令の建前としてだけに存在すると思っていた言葉が、


本当に、生まれてはじめて、自分の中に、じんわりとしみ込んでいった。


こんなに泣いたことはないだろう・・・ そのくらい、泣いた。


その間も、仲間の目は温かで、ぎゅっと抱きしめられている感覚があった。


私はつらかったんだ。


頑張っていたんだ。


認めてほしかったんだ。


人とつながりたかったんだ。


自分の思いを、はじめて自分で認めてあげられた。


この時から、自分との「出会い直し」の旅がはじまった。


砂に埋もれた砂金を、


一つ一つ、手ですくいながら、仲間と共に拾い上げていった。


すると、自分には“何もない”と思っていたのがウソのように、


自分に“ある”ものを次々に発見していった。


私が、こうして涙を流し、仲間に支えられ、嘆きを希望に変えた道を、


絶対に忘れない。


しっかりと心に刻んでいく。


いつか、過去の私に出会った際に、スッと手を差し伸べられるように──。


その想いが、今の私を突き動かしている。


私は、人と出会い、人に救われ、生かされた。


私は、これからも、人と出会い、つながっていく。


自分を知り、自分の人生を味わった分だけ、


出会う人に、想いを届けることができると信じながら。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


ここまで読んで、
ハッと気がつき、思わず口にする。
「あ、この通りになってる──。
 自分への言葉だったんだ──。」





──1年後──。

ある日曜日の朝。

〜〜♪
スマホの着信音が鳴る。

「はい、あ、そうです。神崎です。」
「はい、はい、私の小説、『恋しい彼の忘れ方』が……、はい。
──ええっ?!映画化っ?!
え!あの、メイちゃんが主演?!
えっ!?!?!
はいっ!ありがとうございますっ!ありがとうございます!嬉しいです!」


「ちょっとー!賢人ー!ちょっとちょっと、来てー!すごいよ!!聞いてー!!」





−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

☆あとがき
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

P.S. 現在、この作品の【漫画化】に向けて動いております。
お楽しみに♪

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

サポート頂けると幸せです♡ 頂いたサポートは、この小説の【漫画化】に向け、大切に使わせていただきます!