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思考を止める瞬間

扉を開ける。座る。立つ。扉を開ける。水を浴びる。
何人もの男たちが恍惚とした表情を浮かべる。

それは日常的な営みでもあり、現実とはかけ離れた世界でもある。

街から人が消えてから数ヵ月。世界の生活様式や世の中の常識は驚くべきスピードで変わった。
その少し前から僕の生活様式も少しずつ、ただ確実に変わっていった。

それは”サウナ”の存在が故である。

今までもサウナの存在自体はもちろん認識していたが、入浴施設に併設されている理由がよく分からず、料理に添えられるパセリのようなものだと思っていた。
温泉にはサウナなんてないじゃないか。やはり温泉が一番いい。暑いのは特じゃない。と豪語していた。

2019年2月、ハンガリーブダペスト。
1ヶ月を越える旅の最中だった僕は、ハンガリーはヨーロッパでは珍しい温泉大国であることを知った。向かった先にあるセーチェニ温泉の周りがとても広い公園だったことをよく覚えている。

しかし幼い頃から温泉に慣れ親しんだ僕からみれば、そこは温泉の名を借りたアミューズメントパークであった。
憩いの場である公園が温いお湯になり、シャツとデニムが水着になっただけである。
そこで類い稀なる活躍をみせたのがサウナだった。

温泉も体験としてはとても楽しいものであったし、ブダペストという都市も全体体に霞掛かったような雰囲気や、雄大なドナウ川を中心とした美しい街並みは今でも鮮明に思い出せる。
ただその中でも印象的だったのが、本当のサウナとの出逢いだった。
帰り道では足取りが軽くなり、その後に宿で飲んだコーラほど美味しい飲み物はなかった。

それから少し経って、社会人になり一人暮らしをはじめた。
毎日頭を使って経済活動をするようになり区切られた休息の時間を求めて、近所のサウナ通いは始まった。
同時期にサ道や昼のセント酒などのドラマを見ていたのもあったかもしれないが、サウナに通うことはとても自然なことのように思えた。

都会と銭湯は相性がよくないように思える。いつだって癒しを求めて温泉に行くときは都会を逃げ出すように田舎へ向かい、都心にいるといつでも時間を気にしてしまう。
ただ、東京の下町は例外である。

古くからの住宅街や商店街と、若者が個人経営している飲み屋が共存する。
一人暮らし世帯も多いため、若手社会人が多く住んでるのも特徴のひとつといえるかもしれない。

どの街にもひとつは銭湯があり、そこにはサウナがある。
僕が住む街にも、有名とはほど遠いが味のある銭湯があり、各々が日々の疲れを癒している。

そこからの快進撃は目を見張るものがあった。
友人も同じ時期に社会人になりサウナにはまり、紹介しあう、一緒に行くことが多くなった。
高校の授業が終わった後に、コンビニでジュースを買って教室でたむろっていた仲間と、大学に入り酒をあおるようになり、社会人になってサウナで汗を流して仕事の話をするようになっている。

サウナと水風呂を往復している時には、血管の収縮や自律神経の働きなどがたぶんにあると思う。その効果ももちろんあるのだけれど、個人の感覚として、タオル一枚もって1時間前後の何も考えない時間を意図的に作り出せていることにとても幸せを感じる。

それは自分だけが知っている秘密基地のような感覚であり、友人と様々なサウナを回る度に各地域の秘密基地を訪問している感覚に陥る。

まだまだ趣味がサウナと豪語できるほどの経験は積んでいないものの、整うための時間を増やしていきたいと思う。
何も考えずに自分と向き合う、友人と会話なしに濃密な時間を過ごす、そんな空間を楽しんでいきたいと思う。

ぜひ、みなさんのおすすめサウナを教えてください。


あとがき

たくさんの友人のおかげで、趣味がとても増えています。
・DIY
・ゴルフ
・お酒(ビール、ジン、日本酒、ウイスキー、ワインetc)
・旅
・ラジオ
今後も自分が好きなこと、考えたことについて気軽に文章を書いていきたい。
みなさんの趣味も教えてください。

息抜きの仕方、とても大切です。

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