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小さな寮の物語(9)

     9

 8月18日のことだった。寮生は、暇を持て余していた。千葉を除く5人で集まって、作戦会議をした。
「カラオケがいい」
 と言い出したのは、岩崎と摂津。
「ボーリングのほうがいいって」
 と反論するのは、亀井と本多。坂本はどっちつかず。
「カラオケなら、皆が楽しめるって」
「ボーリングは、誰でも上手くできるだろ。歌はそうとは限んねーじゃん」
「そんなことないよ。好きな歌、歌えば気持ちいいよ」
「でも……ボーリングの方がいい……」
「あのー」
 千葉が口を挟んだ。
「何でその2つなの? それ以外じゃダメなの?」
「……例えば?」
 亀井が聞き返した。
「ビリヤードとか」
「却下」
 亀井が即答した。
「いいですね」
 しかし、坂本がまさかの賛同。
「僕はビリヤードがいいな」
 話し合いは、まとまりそうになかった。
 しばらくして、千葉が提案した。
「じゃあさ、全部行けばいいんじゃない?」
 5人は顔を見合わせた。やがて、誰からともなく賛成の声が上がった。
「午前中に出かけて、まずボーリングして、お昼ご飯とって、カラオケ行って、最後にビリヤードでいいんじゃない」
 この日の千葉は、冴えてるな、と亀井は1人で思っていた。
 結局、千葉の言ったとおりに予定が決まった。8月19日は、ボーリングとカラオケとビリヤードに行く。
「私は学校のお偉いさん方に会わなきゃいけないから、楽しんで来てね」
 と言う千葉を除いた5人で。さてさて、どうなることやら。

 朝10時、5人は出発した。まず、ボーリング場へレッツゴー。
 ボーリング場は、夏休みなだけあって混んでいたが、1レーンしっかり確保できた。5人は、名前順で投げていくことにした。
 1人目は、カラオケに行きたがっていた岩崎。
「フミ、頑張ってー」
 摂津の応援を背中に受けて、1投目をピンへ。4本倒れた。
 結局、7本で終わった。
 2人目は、ボーリングに行きたがっていた亀井。実はおれ、ボーリングが得意なんだよね。悪いな、お前ら。と思いながら投げて、見事にストライク。
「すごーい、亀井君」
 摂津の賞賛を得た。
 3人目は、ビリヤードに行きたがっていた坂本。投げたが、フォームがぎこちない。ガーターにいってしまった。
「実は、あんまし得意じゃないんだ」
 と告白した。
 結局、0本に終わった。
 4人目は、摂津。意外と普通で、スペアだった。
 最後は、本多。カラオケも嫌だったけど、ボーリングも得意じゃないのに……。と、不安を抱いて投げた。1本だけ当たった。
 その後、亀井が絶好調で、ぶっちぎりの1位。2位は摂津。3位は、岩崎。ブービーは、本多。ビリは、坂本となった。
 時間があるから、もう1回りすることにした。
 2回目も亀井がぶっちぎりの優勝。ブーイングも浴びた。2位は、これもさっきと同じで摂津。3位は、慣れてきて強くなった本多。ブービーは、岩崎。ビリは、またもや坂本。しかも、スコアを大きく落とした。
「じゃあ、お昼にしよっか?」
 摂津が促すと、4人が頷いた。

 4人は、近くのファーストフード店に入って、思い思いの物を食べたり、飲んだりした。
 食べ終わると、次の目的地であるカラオケへと足を向けた。

「あーあ、あーなたの声が遠くなーる。遠く、遠く」
 早速、歌っているのは、元々行きたがっていた摂津と岩崎。2人ともうまい。
 坂本もたまに歌った。うまくはないが、下手でもない。知ってる曲が豊富だった。
 亀井と本多は、まだ1曲も歌っていない。亀井は、歌える歌がないから、ずっと不機嫌そうに座っていた。本多は、恥ずかしくて歌えない。
「亀井君、何も歌わないの?」
 岩崎が亀井に尋ねた。
「ああ……」
 亀井は無愛想に答えた。
「もう……マイも何か言ってやってよ」
 あきれた岩崎は、摂津にふった。
「う、うん……」
 摂津はちょっと照れた。夏祭りの日以来、2人の関係はちょっとぎこちない。
「歌える曲がないんだろ?」
 坂本が割って入った。
「まあ……」
「だったら、お前が歌える歌、知ってるぜ」
 坂本は、番号を打って、曲を選んだ。その曲は、GReeeeNの『キセキ』だった。
「あ、これ知ってる」
 坂本の読みどおり、亀井は知っていた。
「何で分かったの、坂本?」
 岩崎が尋ねた。
「だって、キセキって春の甲子園の行進曲だったし、テレビ中継も使ってたから、知ってるだろうと思って」
 亀井は感心すると同時に、自分ってそんなに分かりやすいのか、とも思った。
 亀井と坂本は、キセキを歌った。
 残るは、本多だったが、本多も皆で歌えば大丈夫、と歌い始めて、数曲を歌った。
 カラオケが終わると、坂本が楽しみにしていたビリヤードの時間が来た。坂本以外は、みんな初心者なため、ちょっと乗り気じゃない。
 ビリヤードの基本は、キューでボールを狙い通りに突くコントロールと次を見据えた判断力。とはいえ、坂本以外にそれを要求しても無理だから、まずは当てられるようにならなければいけない。しかし、時間がない上に、料金も加算されていくから、練習なしで始めることにした。
 坂本と岩崎チーム、亀井と摂津、本多チームに分かれてスタートした。

 坂本の1人舞台だった。ほとんどの球を坂本が入れ、他の4人は当てるのが精一杯という感じだった。本多にいたっては、届かない球が多くて、苦労した。
 それでも皆、始めたころより楽しそうにしていた。坂本は、ビリヤードに来て良かった、と安心した。
 寮生5人は、寮に揃って帰った。

 何がいいだろう。岩崎は悩んでいた。明日、マイの誕生日なんだよね。マイ、何なら喜ぶかな。フルートの新品とか。高すぎだし、買えるわけない。マイも気まずいだろうし。
 それより、マイだって女の子なんだから、かわいいものが欲しい、と思ってるかも。だとしたら、これがいいか……。

 困ったな。坂本も悩んでいた。女子にプレゼントとか、したことが少ないから、どれにしたらいいか分かんない。
 コースケ誘ったのに、おれは1人で行く、とか言って断られたし、相談できる人がいないじゃん。
 そうだ、これなら、摂津でも喜ぶだろう……。

 どうしようかな。本多も迷っていた。道にではなく、プレゼント選びに。
 そういえば、舞衣さんって、料理好きだなあ……だとしたら、何が欲しいだろう。フライパン? もうあるし。料理の本? 何か、作って、って強要してるみたいで嫌だな。うーん……待てよ、これなら……。

 亀井は坂本と行けば良かった、と後悔していた。結局、1人で福島駅周辺に来て、店を見て回っていたが、決められずにいた。
 疲れて、デパート内のベンチに腰掛けた。
「はあ……」
 亀井は、あの日以来、摂津のことが気になってしょうがなかった。気が付けば、摂津の振る舞いを目で追っていた。話しかけられると、ドキッとした。この感情は、もしかして――。
「亀井君って、好きな人いる?」
 あの言葉が今でも頭から離れない。おれの好きな人は――。
 そういえば、摂津の好きなアーティストって、誰だったけなあ。えーっと、サルみたいな名前だった気がする。サル……モンキー……モンキーマジック? 違うな。なんだっけ……。
 あ、もしかして――そうだ、思い出した。よし、そのCD買おう。

 千葉は、ケーキ屋にケーキを買いに来ていた。誕生日っていったら、イチゴのショートケーキでしょう。料理は、マイの好きなポテトサラダを中心に、あとはいつも作ってる物でいいかな。
 にしても、4人は朝からプレゼント買いに行くし、マイは人気者ね。私も何かあげたいのはやまやまなんだけど、食費で尽きちゃったから、買えないのよね。申し訳ない。まあ、4人が満足させてくれるでしょう。
 そういえば、マイは寮でのんびりしてたけど、自分が今日、誕生日って覚えてるかな。夏休みの予定決めした時、あの子、すっかり忘れてたからな。旅館で祝う習慣がなかったのかしら。まさかね、さすがにそれはないか。
 さ、帰って、料理の準備に取り掛からなくちゃ。
 千葉は、ケーキを片手に、寮へと歩いて帰っていった。

 摂津は、自分の誕生日のことを完全に忘れていた。その日も普通に部活で学校に出かけ、普通に部活していた。
 ところが、練習が終わってから、仲間たちに囲まれた。
「誕生日おめでとう」
 小野地が言った。皆が思い思いの誕生日プレゼントを差し出した。
「うそ……私、今日、誕生日だったんだ」
 摂津は正直に驚いた。
「忘れてたの? 人の誕生日は、ちゃんと覚えてるのに」
 小野地があきれた。
「ありがとう、皆。大切にするよ」
 摂津はとびきりの笑顔で応えた。
 その輪に鈴木と榎本も近づいてきた。
「今日、摂津の誕生日なの? じゃあ、何かあげる」
 と鈴木が言うと、金管楽器の中を磨くオイルを1つ摂津に渡した。
「誕生日おめでとう」
 すると、笑いが起こった。
「部長、それはちょっと……」
「何言ってんの? これも結構、高いのよ」
「そですけど」
「いえ、気持ちがこもってるから、嬉しいです」
 榎本も何か持ってきた。
「はい、私はこれ」
 ケータイのストラップだった。
「え、いいんですか?」
「うん。私、ストラップいっぱい持ってるから」
「ありがとうございます」
 摂津は幸せな気持ちになった。
 
 元々、家では旅館が忙しすぎて、誕生日を忘れられていることが多かった。だから私は、自然と自分の誕生日を忘れるようになった。期待して、それが裏切られるのは、つらいから。
 だから、皆の優しさがただひたすらに嬉しかった。誕生日の価値って、捨てたもんじゃない。これからは、しっかりと覚えておこう。期待もいっぱいしてやろう。
 寮に帰ると、5人がクラッカーを私に放ってきた。
「誕生日おめでとー!」
 皆が祝ってくれるから、私は期待し続ける。
「ありがとう」
 そして、裏切られることをもう恐れたりしない。だって、私にはこんなに暖かい仲間たちがいるから。

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