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追憶の果て~Sacco di Roma(ローマ劫掠)編~②

【本編】

セバスティアーノ 「皇帝軍が攻めてきたんだ!」

目を見開いて驚くジョバンニとルカ。

N  ―——1527年5月6日 早朝 神聖ローマ帝国の皇帝軍がローマを襲撃。
指揮官シャルル・ド・ブルボンが流れ弾に当たり戦死。軍の統制、秩序が保てなくなっていく……

セバスティアーノ 「ジョバンニ、早く支度を!」
ジョバンニ     「は、はい!」

修道服に着替えてるセバスティアーノに向かって、顔料の粉が入った布袋を、大きな荷袋に投げ入れながら叫ぶジョバンニ。
ジョバンニ    「この顔料、高価だから持っていくんですよね!あと昨日の絵、どうします~!?」

震えながら呆然とする寝間着姿のルカ。
ルカ       「ぼ、僕…」

ルカ       「帰ります!」(部屋の外に向かって走り出す)
セバスティアーノ 「ルカ!」

ルカを追いかけて腕をつかむセバスティアーノ。

セバスティアーノ 「ダメだ!わたしたちと一緒に避難するんだ」
ルカ        「で、でも母さんと姉さんと弟が!」

セバスティアーノ 「トラステヴェレの方はもう……!」(ルカの両肩をつかみながら)

目を見開き、不安と恐怖の表情でセバスティアーノを見るルカのアップ。
ルカ         「……」

セバスティアーノ  「……」(言葉に詰まる様)

(回想)
〇家の扉の前
セバスティアーノ  「…弟子の家族がいるんだ、助けに行かないと!」(弟子たちの部屋へ向かおうとする)
マルコ       「ダメだ!」

マルコ       「トラステヴェレの方はもう、やられてる!」
(回想終わり)

セバスティアーノ  「も、もう誰かに連れられて避難しているかもしれない」

泣きそうな顔でセバスティアーノを見るルカ。

セバスティアーノ  「そうじゃなくても、錠をかけて家の中にいたらきっと大丈夫だ。貧しい家なんて襲われたりしないよ」(涙ぐむルカの両肩に手を置き、ほほ笑みながら)

〇路上(時間経過)
N ―——その日は深い霧が立ち込め、霧雨が降っていた。

雨の降る中、家族連れ、荷物を抱えた者、多くの市民が一方に向かっている。その中に紛れ、急ぐ姿の3人。マントを付けた修道士姿のセバスティアーノは大きな荷袋を肩から腕にかけて縛り、同じ姿のジョバンニは、ショルダーバッグを肩に掛けている。普段着に戻ったルカは帽子をかぶっている。

ドーンという音。大砲から放たれる砲弾のイメージ。

不安な表情で音の方を見上げながら走る3人。

たくさんの大砲と、砲兵たちが撃とうと構えているサンタンジェロ城屋上のイメージ。

セバスティアーノM「…この霧じゃ、大砲も役立たずだ。きっと当てずっぽうに打ってるだけだ」

後方。突然数個の火縄銃からパン、パンと発砲される。

振り向き様の2人。
セバスティアーノ 「!!」
ジョバンニ     「!!」

近くの建物の壁にパーンと当たる銃弾。

周囲の人たちの驚く様と、キャアアアという悲鳴。

恐怖で立ち止まり、耳をふさぎ叫ぶルカと、ルカをかばうように抱きしめるセバスティアーノ。
ルカ        「…ひっ!」
セバスティアーノ 「ルカ!」

涙ぐむルカを抱きしめながら蒼い顔をするセバスティアーノと、同じ表情のジョバンニが、後方を見つめる。

走って来る民衆たちの向こうに、霧に包まれながらうっすら見える皇帝軍の騎兵、歩兵。

セバスティアーノ 「急ごう!」(ルカの手を取り走ろうとする姿)

汗をかくセバスティアーノのアップ。
セバスティアーノM「———軍に攻め込まれた経験は、初めてじゃない」
         「でも今回は違う…何かが」

〇路上の皇帝軍の兵士たち。先頭の二人が馬に乗り、一人は長銃を構える。

兵士1  「坊主どもが!」
兵士2  「やめとけ。子どもがいる」

兵士1  「…フンッ!」(銃を下ろす)

〇サンタンジェロ城の姿。手前に橋。そこに向かう群衆。
T  聖天使サンタンジェロ
セバスティアーノ 「…もう少しだ!」(走りながら)

後ろから走ってきた人にドンとぶつかるルカ。
はずみでセバスティアーノの手が離れる。

つまずくルカの足。
ルカ        「あっ!」

転び、帽子が脱げるルカ。

セバスティアーノ 「ルカ!」(振り向き様)

ルカ        「……」足を触り、痛そうな表情(くじいた)。

駆け込んでくる人に踏まれるルカ。
ルカ        「あうっ!」

地面に荷袋を放り捨てるセバスティアーノ。
荷袋から飛び出た板絵や布袋、顔料。

ルカを抱き上げるセバスティアーノ。

ジョバンニ   「先生!」(足を止めて振り向き様)

セバスティアーノ「先に行け!早く!」(汗をかきながら叫ぶアップ)

ジョバンニ    「……」(心配と不安の入り混じる表情)

踵を返し、走る後ろ姿のジョバンニ。

ルカを抱え、歯を食いしばり、立ち上がるセバスティアーノ。

(少し離れた後方 路上)
逃げて来るローマの兵士たち。当時の帽子をかぶり、鎧を付けている。頭や身体から血を流したり、抱えられている者もいる。
兵士たち    「た…助けてくれ!」(ハアハア息をしながら)

突進してくる人に次々ぶつかるセバスティアーノ。兵士もいる。
セバスティアーノ「…くっ!」

ルカを抱えながら橋の上を走るセバスティアーノ。
セバスティアーノ 「…もう少しだ!がんばれ!」(しがみつくルカに向かって)

〇サンタンジェロ城への入口前
上から閉まっていく城の鉄門。

セバスティアーノ 「なっ……⁉」

バンと閉まる城門。

〇城門の内側
ジョバンニ    「⁉」(振り向き様)

ジョバンニ    「先生!ルカ!門を開けろ!!」(人をかき分け、入口に向かう)

門に駆け寄るジョバンニや人々を槍で遮る衛兵たち
衛兵      「駄目だ!」

衛兵に掴みかかって叫ぶ様子
一般市民   「女房と子どもたちがまだ外なんだ!開けてくれ!!」

ジョバンニ  「……」(頬に汗)

〇門の外 路上
群衆の開けろ!開けろ!の声と門をたたく姿。

セバスティアーノ 「開けてくれ!!」

向こう岸にいるローマ兵を追ってきた皇帝軍の兵士たち。剣を持つ騎馬兵数名と、銃を構える多数の歩兵。

パンパンと撃たれるたくさんの銃。

うわああ、きゃあああと叫ぶ兵士や市民たち。

セバスティアーノ 「!!」
マルコをかばうように抱きしめ、目をギュッとつぶるセバスティアーノ。

〇(バチカン宮殿から)サンタンジェロ城に続く、渡り廊下

走って城に向かう白い衣装の教皇クレメンスと、従者の赤い衣装の枢機卿数名。
パンパンと鳴り響く銃の音。

足元の壁にパーンと打ち込まれる銃弾。

目の前を通った銃弾に驚き、「うわっ!」と立ち止まる一同。

蒼白した表情でざわざわ話す枢機卿たち。
枢機卿1     「…教皇様を狙っておるのか⁉」
枢機卿2     「なんと恐れ多い…‥」

枢機卿3(年配)  「教皇様、どうかこれをお召くださいませ」(震えながら自分の赤い上着を差し出す)

T  ローマ教皇クレメンス7世
クレメンス    「……」(頬に汗。アップ)

銃の音と悲鳴。
蒼い顔でその方向を見るクレメンス。
クレメンス   「!!」

〇門の外 路上
向かってくる群衆。その圧力で圧迫されるセバスティアーノとルカ。

セバスティアーノ「うっ…!」
ルカ       「く…苦し…」

ルカをかばうように抱きすくめ、汗だくで目をつぶるセバスティアーノ。
セバスティアーノM 「…わたしはここで死ぬのか?」

〇サンタンジェロ城内部(時間経過)
息を切りながら辿り着いた教皇一同に、取り巻く他の枢機卿、修道士、兜や鎧を身に着けた上層の兵士たち。
一同      「教皇様!」
        「よくぞご無事で……」

クレメンス   「何故門を閉じた⁉たくさんの市民が取り残され、標的にされておるのに!」

上層の衛兵   「…恐れながら城内は市民で溢れておりまして、これ以上は…それに今開けると、敵に侵入される恐れも」

銃声と、うわあああ、きゃあああと悲鳴をあげる女性、子供を含めた群衆。

クレメンス   「開けろ!教皇の命令だ!!」(怒って怒鳴るアップ)

〇外(城の屋上)
大砲から放たれる砲弾のアップ。

砲弾が皇帝軍のもとにバーンと直撃し、のけ反る兵士たち
皇帝軍兵士  「うわああ!」

音に驚き兵士たちの方を見るセバスティアーノ。頬に汗。

〇城の屋上。
数台の大砲。それを武器に構える様子の兵士たち。

がっちりした体格のベンヴェヌートが火縄を持ちながら、兵士たちに叫ぶ。
T  金銀細工師 ベンヴェヌート・チェッリーニ
ベンヴェヌート 「霧が晴れてきたぞ!どんどん打て!教皇様と市民たちを守るんだ!!」

大砲に向かい中腰で構えるラファエロ。慣れない手つきの様子。華奢気味で肩までの髪。ベレー帽をかぶっている。
T  彫刻家 ラファエロ・ダ・モンテルーポ②
ラファエロ   「お、おう!」
ラファエロM  「どうやりゃいいんだ!?大砲って…」

〇門の外 路上
開きかかる門。
群衆      「門が開くぞ!」(ワアアの歓声とともに)

門の方に顔を向けるセバスティアーノ。汗だくでハアハア息をしている。
セバスティアーノ 「……!」

門が半開きになり、中の敷地内にいる衛兵たちが、手招きしたり、駆け込む人の腕をつかんで叫ぶ。
衛兵       「早くしろ!」

ジョバンニ    「先生!早く!!」(人混みから身を乗り出すように叫ぶ)

ルカを抱きかかえ立ち上がり、必死で走りだそうとする放心状態のセバスティアーノ。

〇サンタンジェロ敷地内
半開きの門から敷地内にどっと流れ込む群衆。

その中に紛れ、後ろの人々に押されるように倒れ込むセバスティアーノとルカ。

ルカをかばうようにセバスティアーノが下になって倒れる。

駆け寄るジョバンニ。
ジョバンニ     「先生!」

顔が汚れ「ゴホッゴホッ」と苦しそうに咳をするルカ。髪も乱れている。

顔や服が汚れているセバスティアーノ。ルカを抱き上げながら、上半身を起こす。
セバスティアーノ 「…わたしは大丈夫だ。この子を頼む」

ルカ        「…うっ…」(涙を潤ませるアップ)

泣くルカを、膝をつきながら抱きしめる心配そうな表情のジョバンニ。
ルカ        「うっ…うう…」
ジョバンニ    「…もう大丈夫だ。よく頑張ったな。えらいぞ」

セバスティアーノ 「……」(息をついて二人を見つめる様)
N  ―——この時ローマの人口は、5万人以上だったと推定される。

ガシャーンと上から落とされ閉じた門。

城内にいるたくさんの老弱男女。大怪我をして血を流している者もいる。
N   サンタンジェロ城に逃げ込めたのはわずか3千人前後…

~時間経過
〇サンタンジェロ城屋上 夕刻
複数の大砲が置かれ、下方を見ている数名の砲兵たちの後ろ姿。

蒼い顔をしてローマの街を見つめる砲兵たち。その中にベンヴェヌートとラファエロがいる。
ベンヴェヌート  「…何てこった…」
ラファエロ    「……」

火災の炎と煙の中、川の向こう側の路上にたくさんの皇帝軍が埋め尽くしている街の姿(俯瞰)。

ラファエロN   「―——その光景をまるで祭りの見物をするかのように、目を凝らし眺めているしかなかった…」
(「回想録」より)

ベンヴェヌートN 「―——敵軍が市中に入ってしまったこの途方もない光景、火災…その時聖天使城カステロ・サンタンジェロにいた者でなければ、見ることはおろか想像さえできないだろう」
(「チェッリーニ自伝」より)

【注】
①トラステヴェレ地区は当時、貧困層の住居が多かったことをAIにて確認。

②ラファエロ・ダ・モンテルーポ(1504 - 1566)…本名ラファエレ・シニバルディ。彫刻家、建築家。
彼の作品で現在、サンタンジェロ城の中庭にある大理石の天使の像は、1536年に城の頂上に設置された。AIによると、それ以前は(サッコ・ディ・ローマの際も)どのような像が設置されていたのか不明。
またミケランジェロ・ブオナローテイが当初完成できず、訴訟にもなったユリウス2世の墓碑の中にある、彫像数体が彼の作品(現在サン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ教会在)。

*ストーリーの中で、具体的な攻撃や略奪の事例、経緯、時間帯などが、一般的な史実と相違する場合がありますことご容赦ください。

【主な参考文献】
イタリア史 Ⅸ (第18~20巻)  
著 F.グイッチャルディーニ  訳 川本英明   太陽出版
                
ローマ劫掠 1527年聖都の悲劇
著 アンドレ・シャステル  訳 越川倫明他  筑摩書房

ローマ ある都市の伝記
著 C.ヒバート  訳 横山徳爾  朝日新聞社

チェッリーニ自伝(上)
著 ベンヴェヌート・チェッリーニ  訳 古賀弘人  岩波書店
                  

【服装・街並み参考】

中世ヨーロッパの服装
著 オーギュスト・ラシネ  ㈱マール社

“THE BORGIAS” (ボルジア家~愛と欲望の教皇一族~)  Paramount Pictures

"The Agony And The Ecstasy"(華麗なる激情)  20世紀フォックスホームエンターテイメントジャパン㈱

プラート市主催「聖帯祭」での仮装

ローマ劫掠 1527年聖都の悲劇 P49, 323 (当時のサンタンジェロ城とサンタンジェロ橋の形状)


衛兵のイメージ


サンタンジェロの寄り集め兵たちのイメージ


ラファエロ・ダ・モンテルーポの作
ミケランジェロ作 ユリウス2世の墓碑より サン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ教会にて撮影


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