「ミケランジェロ〜追憶の果て〜」第三話
【第三話】
〇ニコラの部屋
ベッドに上半身を起こしているニコラと、傍に坐るミケランジェロ。
ニコラ 「…音楽家に画家、次は修道士か。いいね、やりたいことを何でもできるなんて…」
ミケランジェロ 「おまえだって何でもできるだろ。あいつよりずっと若いんだし」
ミケランジェロを見るニコラ。
ニコラ 「そうか。それじゃ、あなたの工房で下働きするか…この病気が治ってきたら」(苦笑)
ミケランジェロ 「行くとこがなかったら来るといい」
ニコラ 「いいの?もし多額の返済をすることになったら、人を雇うどころじゃなくなるだろ」
赤くなって困り顔のミケランジェロ。
ニコラ 「その時は、うちの店で雇ってもらえるか頼んでやろうか」
目が点になっているミケランジェロと、あははと笑うニコラ(コメディタッチ)
ニコラ 「冗談だよ。あなたが銀行の下働きなんてできるわけない」
ニコラ 「いざとなったら二人で、修道士になろうか。セバスティアーノさんに頼んで」
「仕事も金も名誉も、失ったっていいじゃないか。生きていれば何とでもなるだろ」
ミケランジェロM 「…世の中そんな単純なことで済むわけがない」
ミケランジェロ 「…そうだな、そうしようか」
ミケランジェロM 「―-そう、何もかも失ったっていい。お前を救えるなら」(涙ぐむ)
ニコラ 「どうしたの?」
ミケランジェロ 「…いや」(顔を隠して目をこすりながら)
ミケランジェロ 「今になって自分の無力さを思い知った」
ミケランジェロM「―-お前ひとり救うこともできないなんて」
ニコラ 「…墓碑のこと?」(微笑みながら)
ミケランジェロ 「そ、そうだ」(横を向き、目を合わせない様)
ニコラ 「あなたが無力だとしても。僕には有意義なことを教えてくれたから」
目を見開いてニコラを見るミケランジェロと、過去の作品たちのイメージ。
ニコラ 「あなたと会えただけで良かったよ…」
目を見開いてニコラを見るミケランジェロと、過去の作品たちのイメージ。
(回想)
セバスティアーノ 「――命を失うことと比べたら、ホント些細なことでも 」
「人生の中で、わたしたちはその些細なことにいつも悩まされますね」
ラザロの蘇生のデッサンのイメージ像⑫
「そんな時わたしは先生からいただいた作品(デッサン)やお手紙で、ずいぶん励まされました」(頭を描き、紅潮して苦笑)
セバスティアーノ 「わたしたちができることって、思いを作品にすることくらいですけど…」
「…彼も慕ってくれているんでしょう。先生の思いは十分伝わっていますよ。生意気言うようですが、わたしでもわかります」
(回想終了)
ミケランジェロM 「―--誰よりも救いを求めているのは俺自身かもな」
〇ニコラの部屋の窓(日数経過)
青ざめて頬がこけ、仰向けで寝ているニコラと、傍に付き添っているミケランジェロ。
ニコラ 「…もう来なくていい」
「こんな姿恥ずかしいから。アントニオにもそう言っておいて」
心配そうな顔のミケランジェロのアップ。頬に一筋の汗
ニコラ 「約束のデッサンは…治ったら…元気になったら僕の方から工房に持って行くよ」
ニコラの手を握るミケランジェロ。
ミケランジェロ 「…わかった。早く治せ」
〇ミケランジェロの工房 夜
坐りながら机で手紙を読むミケランジェロ。
ワインを載せたお盆を持ちながら近寄るアントニオ。
ミケランジェロ 「…セバスティアーノからだ。すぐにローマに来てくれと」
心配顔のアントニオ。
扉をトントン叩く音に振り向くミケランジェロ。
扉を開け、来訪者と話すミケランジェロの後ろ姿。
ミケランジェロ「……」
戻ってきたミケランジェロを見上げるアントニオ(ミケランジェロの顔は見せず)
ミケランジェロ 「ルイージ家の使用人が知らせに来た」
ミケランジェロ 「…先程息を引き取ったと」(顔は見せず)
涙ぐむアントニオ。
アントニオ 「……」
アントニオ 「…先生、葬儀には」
ミケランジェロ 「アントニオ。俺はすぐローマに発つ」(振り向きざま)
ミケランジェロ 「受注してる仕事や、幼い弟子たちの引き取り先のことを考えないとな。忙しくなるぞ」(扉に手をかけ、横を向きながら)
アントニオ 「先生…」(涙をぬぐう。パタンと閉まる扉の音)
扉を背にもたれかかるミケランジェロ。
(回想)
使用人の手から渡される折り重なっている布。
使用人(目は見せず)「―-ニコラ様が最期まで描いていました…」
布から出された二枚のスケッチ。一枚は髪を結い上げた女性の頭部(①の模写)。もう一枚は口を大きく開けた怒りの形相の男性の頭部⑬(実在する⑬と⑭を融合するイメージ)。
(回想)
〇ミケランジェロの工房
テーブルに向かって座るニコラ。ミケランジェロのデッサン画の束を一枚ずつ見ている。
描きかけの怒り形相の男性の頭部を持つミケランジェロのデッサン画(前の絵の表情を描きかけ)
ニコラ 「…これは?」
鑿を手に、ニコラの方を見るエプロン姿のミケランジェロ(仕事中の様)
彫刻の装飾のイメージ⑭
ミケランジェロ 「ああ、それは参考にならんだろ。装飾にでも使えるかと思って、描いた一つだ」
ニコラ 「今のあなたの心情かと思った」(苦笑)
ミケランジェロ 「…かもな」
ニコラ 「ねえ、これもらえる?」
ミケランジェロ 「ん?」
ニコラ 「練習だよ。デッサンを描くのに、いろんな練習が必要なんだろ」
ミケランジェロ 「好きにしろ」
(出だしのシーンの回想コマ)
ニコラ 「…僕だってホントは、笑顔でいられる気分じゃない」(苦笑)
(回想終り)
ミケランジェロM 「ニコラ…!」(涙を流しながら手で目を覆う)
〇ローマ ミケランジェロの工房
T 「9年後 1532年秋 ローマ」
鑿で作品に向かって作業中のミケランジェロの後ろ姿。その後方から話しかける修道士姿のセバスティアーノ。
セバスティアーノ 「先生、彼が是非先生に自分のデッサンを見ていただきたいと…」
ミケランジェロ 「…セバスティアーノ、悪いが今、忙しくてそれどころじゃ…」(顔の汗を拭きながら振り向きざま)
目を見開くミケランジェロのアップ。
ニコラと同じ顔。
トマソ 「はじめまして。トマソ・カヴァリエリと申します」
(完)
注
⑫「ラザロの蘇生」のラザロのためのデッサン ミケランジェロ・.ヴォナローティ ロンドン、大英博物館(「もっと知りたい ミケランジェロ」P.75)
⑬「破滅の心」 (デッサン) ミケランジェロ・.ヴォナローティ フィレンツェ、ウフィツィ美術館(MICHELANGELO P.59)
*実在の作品で、贈呈した相手が異なる
⑭「グロテスクな頭部の習作」(デッサン) ミケランジェロ・.ヴォナローティ ロンドン、大英博物館(MICHELANGELO P.59)
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