1/4の奇跡 病気について

大好きな人がオススメしていたので
映画「1/4の奇跡」を観ました

その中に出てくる多発性硬化症の
(時間が経つにつれ、目が見えなくなったり、体が動かなくなる病気です。)
雪絵ちゃんの言葉が響いた。

目が見えなくなったり
足が歩けなくなったら
「ありがとう。もういいよ。やすもうね。」そう言ってあげると決めている。

今まで自分を喜ばせるために
がんばってくれたのに
見えなくなったり歩けなくなって
「なんでよー」というのはあんまりだと思う

彼女は、多発性硬化症に生まれて
私は私に生まれて本当によかった
そう何度も話されていた



病気と聞くと
悪いものだから治そうという思考が
すぐ出てきて
病気になった原因を探して
それを正そうとする思考にやられる

私は娘が病気になった時
心と身体はつながっている
そして自分が世界を創り出している
という概念があったから

娘が病気を創り出している
それに私も影響を与えてしまっている
病気にならない思考をしようと
努力しても
病気がなかなかよくならないことで
とても苦しんだ

病気になった娘をそのまま受け入れず
娘の病気に注目していた

健康であることが正解だと思っていた

苦しんだのは
病気を悪ととらえていた事で
それを創り出した自分や娘を
責めていたからだと
気づかせてもらえた

ある(病気)ものは
必要だからあったのだ

手術で治った今だから言えるのだと思う

娘のお陰で西洋医学に対しての不信が
ひっくりかえった

生きることは
自分の悪と思うものをひっくり返し
統合させることなのかも知れない

その私の統合に
命を使って役割を引き受けてくれた娘は
勇敢な魂だと思う

ただ生きてくれているだけで
幸せを日々感じられるのは
病気と向き合った数年があるからだと思う


今回雪絵ちゃんの存在を知り
もし私が雪絵ちゃんの立場になった時
そんな風に言えるのだろうかと考えた

正直、難しいと思う

そう思うと雪絵ちゃんは
いのちというものの価値は
みんな一緒

そしてみんな唯一無二な
自分にあるものを表現しようと

人間の視点でもわかるように
魂の伝える役割として
病気を持つという
チャレンジをしてくれているのだと
思った

病気とは間違いではなく
ましてや誰かや自分を
責める道具ではなく
愛を伝えるモノなのだと
改めて教えてもらった気がした


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