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⑤新卒女子決意

久山は会議室に入って、奥の席に深く座った。

「はあー。疲れた。しんどい。しんどい。」

俺は失礼します。と言って席につく。
ノートPCは持っていたが、久山が開いていなかったのでおいたままにした。

「はるた、そういえばさっきの会議でわからなかった内容調べたか?」
「あ、はい…」

俺は急いでPCを開いて見てもらおうとした。
しかし、久山はそれを制した。
俺を制す時に左腕をあげ、筋肉質なその腕にはオメガの腕時計が光った。

「デジタルは昨日の当たり前が、今日突然変わる。お前が今日調べたことが一番最新で一番正解だ」

俺は久山の言っていることがよくわからなかった。
自分の調べたことが正しいか、確認をとりたかった。

「はあ…」
「俺が言っている事がよくわからないって顔してんな」
「すみません。正直まだよくわかっていないかもしれません…」
「まあいつかわかる。大事なのは姿勢だ。分からないことはまず調べてみる。若い内は、調べたこと・知っていることがお前の付加価値だ。たくさんの知識がある奴=使えるやつになる。」
「そうなんですね…」
「まあとりあえず合格だよ」
「え?」
「不合格だったらテキトーにいじめて辞めさせようと思ってたぜ」
「めちゃくちゃだ」
「ハハ。冗談だよ。あと覚えとけよ。俺らデジタル部門の良いところは一つだけある。それは…」




「はるのさん?」
「え?」
「どうかしましたか?」

後輩ちゃんの言葉で我に返った。
後輩ちゃんは目をまん丸にして、心配そうにはるのを見ていた。

「すみません。私は何からすれば良いですかね…?仕事…」
「じゃあ会議の議事録から取ろうか」
「ぎじろく?」
「そう。会議のメモみたいなもの。大学生のとき何回か取ったことないかな?」
「そんな大層なものはなかったです…」

はるのはPCを開いて、自分が過去記載した議事録を見せた。
後輩ちゃんはそれを見ながら、口をあんぐり開けていた。

「すごい丁寧に会議の内容がまとまっていますね」
「まあ慣れるまでは沢山書いてみようか。俺もチェックするし」
「ありがとうございます。最低限、書かなくてはいけないことは会議の目的と参加者ですかね?」
「あーそうね。どちらかというと今後のタスクかな」
「なるほどです」

後輩ちゃんは自分のメモ帳にペンでせっせと記録している。

「たしかにはるのさんの議事録はタスク(誰が何をすべきか)と期限が丁寧に割り振られていますね」
「そうそう。ここを整理するのが重要。これがフワッとしている時は自分で会議を仕切って次のアクションを整理できるといいね」
「私そんなことできますかね…?」

後輩ちゃんはしっかりしているし、すぐにできるようになるだろうと思っていた。

「できるできる。そんでね。ポイントなんだけど」
「はい?」
「この議事録をメールとかで会議終わった後に、出席者に送るの。それで内容違うところあったら訂正をお願いします。って伝えるの」
「???それがポイント?」
「そう。そうすると次の会議で誰が何をやっていないのかわかる」
「なるほど…お互いに担当のタスクをやお見合いしないようにってことですね」
「そうそう。くだらないかもしれないけどマジで皆忙しいとき、やるって言ったのに別の部署の先輩が仕事やらなかったりするから。議事録ない時言った言わないで、結局こっちのせいにされたりするからね。いやここ議事録書いてますよ!送っていますよね?って言えるように。ちょっとずるいけど」

久山から教わった技だった。
何となくめんどくさそうなプロジェクトは、とにかくエビデンスを残して誰が何の担当か明確にしておけと言われていた。

「後輩ちゃん、明日から議事録からやってみよう。タイピングの練習にもなるね」
「はい! 頑張ります!」

前向きで良い子だなと、俺は素直に思っていた。
とにかくひたむきな姿勢がいい。

「今日はもう終わりにしようかと思うけど、あと何かある?」

後輩ちゃんは下を向いていた。何か言いたいことがありそうだ。

「何かあったら、なんでもいいよ。」
「はるのさん、すみません。私正直いうと営業配属希望でした…」
「まぁうち(マーケティング戦略局デジタル課)なんて志望する人はなかなかいないだろうね」
「正直不安です。キャリアとか、デジタルなんて全然分からないのに…みんな希望通り営業からキャリアスタートして、お客さんと商談したりするのに。私のキャリア大丈夫かなぁって。」

不安な気持ちもわかる。うちの会社はとにかく営業が花形だった。
営業部からキャリアをスタートし、マーケティングや企画に配属になるケースが多かった。
マーケティング部門から配属になる若手は珍しかった。
まぁ大体そういう子は賢いと人事が判断した子という意味なので逆にいうと期待されているという意味だが。

「そうだね。デジタルは市場が伸びているし、いくらでも面白いキャリア築けると思うけどな」

後輩ちゃんは不安そうだった。
俺は小さく息をはいた。
それから対面に座る後輩ちゃんにちゃんと向き合った。

「ごめん。正直にいうわ。俺もデジタルのキャリアはわからん。これからどうなるかもわからん。」

後輩ちゃんはまっすぐ俺の目を見た。

「ただ後輩ちゃん、一つだけ言えることはあるよ。」
「? なんですか?」
「デジタルに強くなれば、偉そうなおじさんを黙らせることができる」
「え?」
「まだ新しいテクノロジーだから、とにかく勉強すれば後輩ちゃんが専門家になる。知識が力になる。営業力もトーク力も体力もいらない。知識が全てだ」

後輩ちゃんの目が少しだけ明るくなった気がした。

「私、頑張ってみます」

不安そうだが、強い意志で後輩ちゃんは頷いた。

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