見出し画像

退職したいと言ったのは自分なのにもやもやしている話。

以前メンタルが死にかけたけど仕事はやめなかった話。を書きましたが、ついに退職の意向を上長にお伝えしました。仕事を辞めない決意をしたわたしの話は↓から読めます。

元々、わたしはハウスメーカーでインテリアコーディネーターをしていた。今考えてみるととんでもない低賃金で、いいように使われていたのだなとわかるのだけれども、そのときは若かったし(同級生の新卒と同期)、再就職先が祖父の友達の紹介ということもあって、頑張ろうと思えていたのだと思う。最低賃金の契約社員、日給制、社会保険は一応完備、資格を取らなければ3年でクビ、という条件の元、社員登用されるまでの6年間目働いていた。2017年に社員登用され、それによってようやく職種の移動が可能となり、体調を崩した2019年の夏に内務へと異動した。
わたしの後任になってくれたのは同じ契約社員のつらさを味わった後輩だったのだ(給料は彼女の方が後輩なのになぜか上だった)が、彼女が7月末で辞めてしまうことが明らかになったことで、なんとなく打ち合わせ業務へ戻るように言い渡されるような気がしてはいた。そしてそうなったら辞める、と決めてもいた。
インテリアコーディネーターは専門職であり、資格がないとそれを名乗ることはできない。けれど資格がなくともその仕事はできるという、不思議な職種だ。資格試験の合格率は低めだが、受験するのに条件がないため、誰でも受けることができるし、勉強すれば受かる。いつしか国家資格ではなくなった。そして当支店は田舎であるがゆえなのか、待遇が悪いからゆえなのか、インテリアコーディネーターが常に不足していた。募集を掛けても集まらないし、折角採用しても一人前になる前に、みんな病気やなんらかの都合で辞めてしまう。呪われているんじゃないのか、とさえ思うくらいだ。ちなみに社員の待遇より給料が高い契約のICを募集していることも知り、契約のIC時代のわたしが、わたしたちがとてもかわいそうに思えた。
そんな中、遠方に住んでいる者の当支店でコーディネーターをやってくれる請負の方がふたり採用された(後々この方たちは上の人たちが必死に搔き集めた、打ち合わせ経験がほぼ0の人たちだと知る)。辞める後輩の穴を埋める人員が確保されたのだ。あ、戻らなくていいんだ!と思った。すっかり油断していたのである。しかし5月の末近く、課長と次長に呼び出された。弊社の異動時期は8月なので異動通知には早かった。ついに来たか!という気持ちだった。戻ってくれませんか、との打診だった。
明らかに人手が足りないことはわかっていたし、頑張っているベテランさんや先輩を助けたい気持ちはあった。しかしわたしはもう、その業務をすることによるストレスの量を知り、それによって体調がどう沈んでいくのか知ってるのだ。正直なところ絶対にやりたくなかったけれど、急展開過ぎて辞める踏ん切りがつかなかった。それを正直に伝えたうえで、一応やってみることにした。やりたくないと言ったらどうなるのか、を問うたとき、業務命令に従わないのであれば進退を考えていただいて、と言われたので。やらないのなら辞めてねということだ、と解釈した。
自分の担当物件が決まり打ち合わせ日が近づくにつれ、憂鬱感が物凄く、なぜあのとき辞めると言わなかったのかと強く後悔した。体調を崩した。もう辞めたくて辞めたくて仕方なかった。その気持ちはけして嘘ではなかったが、メンタルの状態が正常とは言い切れなかったこともまた事実だ。打ち合わせをやってみたら、案外大丈夫だったし、営業さんにもブランクとは?と言われるくらいにはできていたらしい。でもやりたいわけではないから、続いていくのはつらいなぁと思った。この気持ちを抱えながら、ウン千万のお家を作るお手伝いをし続けるのはお客様を裏切っている気がした。そしてわたしは打ち合わせ以外に、先輩とベテランさんと請負ICの打ち合わせ用のCGと内装をまとめた資料を作るという仕事が丸々課されている。一応パートさんがいるが、到底彼女ひとりがこなせる量ではない。打ち合わせしながら人の資料の面倒まで見るのは、例え月に1件(とはいえ数字上で、打ち合わせはどんどん入ってくるので)でも無理だ。迷惑が他人に掛かり過ぎる。
なので6月半ばのキャリア面談の際に、課長に退職を打診した。打ち合わせ業務が入ることで体調が崩れたこと、打ち合わせをしながら今まで通り仕事をこなすのは不可能であること、今の社員待遇が一般社員と同じ仕事内容なのに明らかに給料が少なく劣っており、出世もできないので将来性がない旨を伝え、12月末で辞めますと言った。そのときのわたしは、もう早く言わないとどんどん物件入ってきちゃう!つらい!という気持ちだったのだが、今思うとちょっと落ち着けよという感じだ。早まり過ぎた感が否めない。明らかに順番を間違えていた。相談すべきはまず課長ではなくベテランさんだったのである。
課長に退職を打診した後で、退職を打診したんですよとベテランさんと先輩にお伝えした。というのも、わたし辞める(つもり)のに新しい仕事が増えて行ったので、このときもとりあえず伝えないと!と思ったのだ。明らかに生き急ぎ過ぎである。このベテランさんはいちばん最初にリンクを張った話の中で、辞めないでいいんじゃないか?と言ってくれた方である。この方はわたしの能力をとても買ってくれている神様みたいな人だ。色々考えてくれていたようで、辞めるのではなく他の課へ移動したり、仕事内容を代えてもらうのはどう?と言われて、うちの会社そんなことできるの!?と目から鱗だった。きみは優秀だから他の課にも渡したくはないんだけどね!とまで言ってくれたので、とてもうれしかった。そんな優秀なわたし、上長から大して評価されてないんですよね~。
それなら辞めなくていいじゃないか?と思い、7月の面談で相談してみようと思っていたら、昨日の次長面談で後任が既に決まりましたのでと言われてしまった。展開が早すぎてついていけなかった。いや、早めに後任決めてくださいねって言ったのはわたしだけれども。
退職の意思が固かったのは本当だけれど、今それを後悔しているのも本当だ。ただ単純に逃げ出したかっただけなのかもしれない。でも物凄くたくさんのことを考えた。寒川神社で厄払いもしてもらった。12月末に辞めることに決まった、というわけではないが、今から撤回するのはなくない?と思っている。神社のおみくじの仕事運が“慎重に考えること”だったので、このことだったんですね!と思いながらの後の祭りです神様。
とりあえずベテランさんにこんなことを言われてそんなことができるのかと思ったこと、それができるのならそうしたい意思は伝えた。そうしたらいきなり、社内掲示板でそのことが炎上している、にちゃんねるみたいになってる、700いいねくらいついているので、会社が考え出したんだよねとか言われたので、それだと考えが変わるんですけどね!と口に出してしまった。結果的には、課の移動は人事が絡むので即答はできないけど、できそうであればお伝えするね。まぁできなかったら退社でよろしく!である。
というわけで、退職の意向を示したのは自分なのに、結果クビになったようなもやもやが残った。打ち合わせ業務を外してもらえたのは単純に、わたしが退職の意思をしめしたからだろう。そんなあっさりやらなくていいって言うなら話が違うわ!と思ったが、打ち合わせができない資格保持者は要らないんだろう。冷静に考えればそうだろう。そもそももうちょっと賃金が高くて、資格手当がついて、請け負う件数が少なかったら話が違うし我々がいないと出荷できないくせに、下に見過ぎなのが悪いんだけどね。
そしてわたしの後任はもちろん社員ではなく、派遣さんでもなく、パートだった。わたしの仕事がパートで賄えると思われていることも物凄くショックだった。そして引き継いだらもっと早く辞めていいけど?みたいな態度を示されたこともショックだった。もう少し必要とされている人材であるつもりだったのだが、お前の代わりは幾らでもいるけど?ってやつだこれ。
再び先輩とベテランさんのところへ結果報告をしに行き、なんか12月末で退社するっぽいですわたし、としか言えなかった。急展開についていけな過ぎてめっちゃ他人事だった。早まるのは早い!と言われたのだが、後任来ちゃうしなという結果だけが重苦しい。昨日は午後休だったので、早めに帰って原稿しよう!(わたしは趣味で小説を書いてる)と思っていたのだが、無職の未来が決定したことによりテンパって、転職サイトを永遠と見ていた。
退職の意向を示したときは半年くらいニートになろうと思っていた。その後は書くことで生計を立てられたらいいなと色々考えていたが、色々調べて行くうちに知恵袋で同じような考えの人の質問に辿り着き、回答を読み、全然生きていける自信がなくなったので更に気落ちした。あそこで回答している人たちが有識者なのか、一般的な常識に当てはめて正論振りかざしてる人たちなのかはわからないが、言っていることはど正論だった。
主観的な話なので明らかに退職の意思を示したのはお前だろ!という感じなのだけれども、こういうもやもやを抱えている転職者の皆さまって意外と多いのかもしれないなとも思う。
なのでたぶん来年には無職ですが、無職って二文字が物凄く怖いなと思うのはわたしだけではない。はず!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?