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注目度ゼロから「このミス」3位までの汗と涙の軌跡:ハーパーBOOKS6周年。その②

さて、ハーパーBOOKS創刊タイトルの目玉として刊行することが決まっていたダニエル・シルヴァといえば、前回の記事でお伝えしたように、アメリカでは新刊を出すたびに初登場でベストセラー1位を獲得する人気作家です。
通信社の海外特派員からCNNのエグゼクティブ・プロデューサーを経て1996年に作家デビューを果たしたシルヴァはスパイ小説の書き手で、デビュー作のThe Unlikely Spyは『マルベリー作戦』の邦題で早川書房から刊行されています。
その後、文春文庫から刊行された『暗殺者の烙印』『顔のないテロリスト』の2作を経て、2000年から書き始めたのが、イスラエルの諜報機関モサドの凄腕スパイ/暗殺者を主人公の〈ガブリエル・アロン・シリーズ〉。

われわれがハーパーコリンズ本社のリストから出版できる作品は、そのシリーズ14作目The Heistでした。
14作目。14作目? 14作目……?!
(13作目まではワールドライツがないという大人の事情です)

実はこのシリーズ、1作目から4作目まで論創社さんから2005~2006年に邦訳が出ています。ということは、シリーズ邦訳がストップして10年、10作分を飛ばしていきなり14作目を華々しくお目見えさせなければなりません。
翻訳ミステリーに携わるなかシルヴァの名前はベストセラーリストでたびたび目にしていましたが、正直、邦訳が続かなった=日本の読者にはあまり合わないのかなという印象でした。
そんな状況で、果たして創刊タイトルとしてシルヴァを大きく打ち出すことが可能なのだろうか――

その懸念は翻訳原稿を読んだ瞬間に消え去りました。
クリスティーやピーター・ラヴゼイらの作品で知られる山本やよいさんの翻訳の力もさることながら、とにかくめちゃくちゃ面白いのです。
主人公のガブリエル・アロンはモサドに所属する凄腕のスパイ/暗殺者でありながら、世界屈指の美術修復士という2つの顔を持っています。

亡者のゲーム』と邦題を名付けたシリーズ14作目ではヴェネツィアの小さな教会で絵画を修復している彼のもとにイタリアの将軍が訪れ、“ある”仕事を秘密裏に依頼するところから始まります。
カラバッジョの幻の名画をめぐる騙し騙されの頭脳戦、血沸き肉躍るアクション! なぜこんな面白いシリーズが10作も止まっていたのか!!そう思わずにいられませんでした。
もっとも、未邦訳作品に絡んだキャラクターが出てくる際はさりげなくその背景が語られるので、途中作が抜けているストレスはそれほどありません。

作品はよし。
となると次のハードルは、ハーレクインというイメージからの脱却です。
ハーパーコリンズ・ジャパン/ハーパーBOOKSが今年でようやく6周年を迎えたのに対し、ハーレクインは日本上陸から2019年で40周年を迎えたご長寿ブランドです。
ロマンス小説を読んだことがない方でも、その名前を耳にしたことはあるのではないでしょうか。

新書サイズのシリーズロマンスと呼ばれる作品群のほかに、ハーレクインではMIRA文庫という文庫ロマンスのレーベルを展開していました。
このため、書店さんでの棚取りがMIRAと分け合うかたちでスムーズに進んだことはハーパーBOOKSにとってひじょうにラッキーでした。また、営業部がハーレクイン時代から書店さんや取次各社、流通についてコネクションやノウハウを積み重ねていたのも、新しい出版社をゼロから立ち上げると考えたら雲泥の差で有利だったと思います。

一方で、海外ミステリーを本格的に送り出していくにあたり、ロマンス小説のイメージは必ずしもプラスには働きませんでした。
さすがに恋愛一辺倒のストーリーとは思わないとしても、女性に特化したロマンティック・サスペンスなんでしょ、という印象がついて回るのです。
しかし、『亡者のゲーム』の主人公ガブリエル・アロンは中年男性です。しかもゴルゴ13のような眼力鋭いおじさんです。愛する妻にワーカホリックな自分でごめんと内心気にしているようなシーンはあれど、恋愛要素は出てきません。そこでわれわれがとった作戦が、本の顔であるカバーのデザインを思いきりかっこよく仕上げること。数々のベストセラーを手掛ける気鋭のブックデザイン事務所、アルビレオさんに装丁をお願いすることにしたのです。

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さらにその顔を掲載した試し読みの小冊子を作製し、販促活動に励みました(現在も電子版で見られますので、未読の方はぜひチェックしてみてください)
おかげさまで『亡者のゲーム』は好評を博し、毎年シリーズを追うごとにアロン・ファンも増加、今年出た最新刊『教皇のスパイ』はスピード重版を果たしています。

そうはいっても、シルヴァのような華やかな作家が本社のワールドライツリストにザクザクいるわけではありません。
また当初は刊行点数の目標もあったため、邦訳歴がないうえ、無冠無名の作家によるチャレンジングな作品もラインアップに含まざるを得ず、初年度はなかなか苦戦を強いられたのが現実でした。
編集者としてはノーマークの思わぬ良作や、突き抜けたB級アクションものなど、自分では選ばなかっただろう掘り出し作品に出合えたのはすごく楽しかったものの、多くの読者に届けきれなかったことが心残り。
そんなこともあり、この機会に、下記に挙げたようなハーパーBOOKS初期の作品にも興味を持っていただけたら大変うれしく思います。

・現役の医師が、監察医を主人公に小さな町で起きた連続殺人事件を描いた『仮面の町

・NYで起きた猟奇殺人を皮切りに正体不明の怪盗を元スパイのバディが追うB級アクションの金字塔『ジョニー&ルー 掟破りの男たち
※なぜか2作目『絶海のミッション』の原書The Tomorrow Heistのカバーにはレインボーブリッジらしきものが使われている(東京は別に話に出てこない)。

・CWA受賞の実力派作家によるスコットランド・ノワールにして、ピートが効いたスコッチ並みに癖があり読む人を選ぶ『獣狩り
※日本版カバーを著者マクブライドさんがいたく気に入り、ポスターにして送ってほしいと頼まれました。今年、新作も刊行予定です。

こうした作品を含め、私がハーパーに加わった段階で、ほぼ1年分の刊行タイトルが決まっていたのですが、創刊から間もなく、このままではヤバいという焦燥感に突き動かされるようになりました。
日本の翻訳小説市場はものすごく成熟していて、目利きの編集者や書評家、素晴らしい翻訳家さんが面白い作品をどんどん紹介していきます。
そんななか、限られたリストから刊行作品を選ぶだけでは絶対に成功できない――そんな焦りのなか、2016年に入ると転機が訪れます。


ハーパーコリンズ以外の作家の版権を日本オフィス独自に獲得して刊行できるようになったのです。
ようやく競合他社さんと同じ土俵で戦えることになりました。

長くなりましたので続きはで。


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