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所有する喜び

今から二十年ほど前のこと。
当時中学生だった私は、流行りの音楽に耳を貸す程度で、自分でCDを買ってまで音楽を聴きたいとは思っていなかった。


当時の流行りと言えば…ケミストリー、オレンジレンジ、B'z、大塚愛などだったように思う。
校舎内、お昼時に流れるBGMは上記のアーティストたちが席巻していたように思う。


みんなが聴いているから聴くというような程度の関心しかなく、帰り道、友達と一緒に口ずさむことができる程度の興味だった。


そんな少年時代の私の楽しみは父の車の中だった。
母ではない。母の運転する車の中は学校でよく聴く音楽が多く、いつもと変わらなかった。


父は昔、趣味でギターをやっていてバンドもやっていたそうな。
その名残からなのか、あまり聴き慣れない音楽を父の車の中では聴くことができた。
ZARD、クラプトン、ビートルズ、カーペンターズ、アース・ウィンド・アンド・ファイアなどなど。
今思えば有名どころばかりではあるが、当時の私にとってはすごく新鮮に感じたことを今でも覚えている。


その中でも、スピッツは私にとって衝撃だった。
「なんじゃこの歌声は?!」とその歌声に聞き惚れた。


私の家は裕福な家庭ではないので、お小遣いなど無いに等しかった。
お手伝いをした御駄賃や、お年玉(これも大部分は親に取られる)を貯めて貯めてやっとCD一枚買えるような懐事情だった。


母に連れられて入ったCDショップは、近所の少し大きめのスーパーの中に入っているこじんまりとしたCDショップだった。


そこで私が生まれて初めて購入したCDが、スピッツの『空の飛び方』。

何を隠そうこのCD。父も持っている。


母から、「あんた!それお父さん持ってるCDやないの?!せっかくのお金おんなじ物買ってどうするの!!」と激しく怒られたのを今でも覚えている。
当時はなんの反論もできず黙って無視することしかできなかったが、今思うと「自分のCD」が欲しかったんだと思う。


父の車の中で聴いた曲しか収録されていないことは重々わかってはいたけれど、「父のCD」ではなく「自分のCD」を所有したかったんだと思う。


時が経ち、大学時代。
バイトで稼いだお金の大部分は、CDを買うことに費やされていたように思う。
原付に乗って、近所の中古レコード屋さんに行っては、掘り出し物を漁る大学生になっていた。
一人暮らしの自分の部屋には壁いっぱいにCDを並べて悦に入っていた。
中には、レコードもあり、まさに趣味の域である。


勝手気ままに生きていた大学時代。
多感な時期で、いろんな音楽に影響され救われてもきた。
少しアンニュイな気分になった時、いつも聴きたくなっていたのが、スピッツの『スパイダー』。

だからもっと遠くまで君を奪って逃げる
力尽きたときは そのときで笑いとばしてよ


スピッツ 『スパイダー』より




昨今はどんどん音楽の聴き方が多様化してきている。
ストリーミングやダウンロードという、デジタルで音楽を聴く時代になってきた。かくいう私も今となっては手元にCDはほとんど無く、iPhoneやパソコンで聴くばかりになってきている。


デジタルで所有する音源は、手軽さという重要な利点がある。
しかし、初めてCDを購入した時のような、「自分のCD」いわゆる「自分が所有している音楽」という意識は、デジタルではあまり感じられなくなっているということも実感としてある。


どちらが良いのかは人それぞれだし、好きにしたらいいと思うけど、あの頃感じていた「所有している」という実感を得るために、久しぶりに母と行ったこじんまりとしたCDショップに行こうと思う夏の日でした。

君の青い車で海へ行こう
おいてきた何かを見に行こう
もう何も恐れないよ

つまらない宝物を眺めよう
偽物のカケラにキスしよう
今 変わっていくよ


スピッツ 『青い車』より

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