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《日常の気づき》火の鳥の諦観

皆さん、手塚治虫先生がライフワークにされていた漫画《火の鳥》をご存知でしょうか?

いつ、購入したかはもう覚えてないんですけれど。
あっ、そうそうやっぱり思い出してきました。(どっち!)

ちょうど、2004年にNHKで放送されたTVシリーズ版を観た後に、本を欲しくなって購入したんでした。
まんまと、お客さんになってしまうコボシです。

60年以上前になるのかなぁ、から描き始められた作品は今も色あせる事なく、わたしのバイブルになっとるわけです。

今日は、そんな漫画『火の鳥』について書いてみたいと思います☆彡

まずは、コチラをばっ。

長い間、多くの人々に愛され続けてきた手塚治虫の「火の鳥」には、わたしたちが深く考えるべき二つの大きなテーマが描かれています。
そのひとつは、「歴史」「宗教」「愛」「寿命」「生き様」といった人類に普遍的な「生」の問題です。
もうひとつは、科学や文明の発達にともない提起され始めた、「環境」「遺伝子操作」「クローン技術」「ロボットと人間の関わり」という、わたしたち現代人が今まさに直面している、新しい問題なのです。
50年も前に描き始められた作品にもかかわらず、「火の鳥」は21世紀を生きるわたしたちにとっても「人間とは、生命とは何か」を問い続けている物語です。
(NHKアニメワールドサイト引用)

どうでしょう、結構おもーいストーリーですよね。
わたしが初めて火の鳥を読んで思ったのは『生きるってなんだろう』っていう漠然とした自分への問いでした。

火の鳥は、いつも各主人公のそばで諦観してみているんですよね。そして、ヒントをポロポロっと与えては飛び去るみたいなバサバサ〜。

その、ヒントの言葉がいつもドーーーンってくるんですけど、読めば読むほど生きるってなんだろうってなるわけですよ。

そして読破した後も、結構考えたんですね思想家の如く(笑)
そんなある日、ふとこう気づいたわけです。
《生きるって、生きぬくことじゃないのかなぁ》って。

これは、貼り付けている画像のような少年が崖を登るシーンで、漫画火の鳥の中ででてくるんですけれど。高い崖を家族のため自分のために、必死に登るわけなんですが、超ウルトラ高い崖なので何度も落ちて、また登ってのトライアンドエラー。

諦めかけたその時に、火の鳥が飛んできて応援するんです。そうしたらその少年は『くそっ』とか言いながらやる気がでて登りきるんですよね。しかも、登りきるときの火事場の馬鹿力みたいな馬力が凄いのなんのって。

少年は見たこともない景色に向かって無我夢中で走って.....

そのシーンをみていたら、なぜか目頭が熱くなり(なぜか)私も生きぬこうと思ったわけです。諦めちゃダメなんだなって。(安西先生)

生きぬくって、結構理性うんぬんより動物的なことかもしれませんが、人の一生懸命な姿って胸を打ちますよね。(^^)とにかくそのシーンが今も頭にこびりついております。手塚先生に足向けて寝れません。

皆さんの「人間とは、生命とは何か」を聞いてみたいですよ。

結構熱くなってしまいましたが、それくらい好きっていうことを本日は、お伝えしとぅございました。


それではっまた☆彡


#火の鳥 #手塚治虫

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